図書室で久留島類と①
放課後になり、咲夜は重い足を引きずりながら図書室に行った。
自習部屋という自習専用の教室が数カ所あるにはあるが、そこは満席で人が多いから咲夜は苦手だ。
だから、人が少ない図書室にしか放課後の行き場がない。
そう、仕方なく行っているだけだ。たとえ、頭痛の原因がそこにいたとしても。行きたくないけれど行く場所が他にないのなら致し方ない。決して、久留島類と交流を深めようとは、一ミリも考えていない。
図書室に入る。図書室には数人しかいなかった。見覚えのある生徒はいない。一年二組と四組の生徒はいないようだ。
(五組のやつがいるかもしれないけど……そこはうん、祈るしかないな)
適当な席について、参考書とノートを広げる。
すると、前の席から椅子を引く音が聞こえた。今日もか、と内心嘆息して前胃を一瞥する。
案の定、久留島類がにっこりと笑いかけてきた。
「やあ、咲夜くん。遅かったね」
「……お前が早すぎるんだよ」
痛み出した頭を押さえつつ、軽く睨めつける。
咲夜が教室から出た時点で、既に久留島類の姿がなかった。ホームルームが終わった直後にとっとと教室から逃走しているのが、丸分かりだ。
余程、取り巻きに絡まれたくないのだろう。どちらにせよ、今頃三人とも仲良く補習なのだが。
「お互い、今回も補習なしでよかったね」
「補習のほうがマシだ」
「と、言っているわりには手加減はしないんだ」
「当たり前だろ。成績になるんだから」
大学に進学したい咲夜にとっては、成績は大事だ。今から地道にコツコツと良い成績を収めたほうが後々楽だろう。小テストも成績に響くので、手を抜けない。
「真面目だなぁ」
「そういうお前は、勉強しなくてもいいのか。もうすぐテストだぞ」
「別に勉強していなくても、八十点以上は取れるし」
「自慢か」
「えー。すごいって言ってよ」
「言うわけがないだろ、すっとこどっこい」
こっちは勉強してやっとその点数だというのに、馬鹿にしているとしか思えない。女子はおだてるかもしれないが、同じ反応を求めないでほしい。きっと、そんなの望んでいないだろうけれど。
「いつも思うんだけど、咲夜くん、勉強道具がノートと参考書だけなんだ。タブレットは使わないの?」
咲夜たちが通っている進学校は、授業はタブレットとノートを併用している。
「中学の頃はタブレットを使わなかったから、こっちのほうがしっくりくるんだよ」
「へぇ。そういうものなんだ」
「人によってはやりやすい勉強方法が違うから、どうともいえない」
筆記用具を取り出して、勉強に取りかかる。
久留島類のせいで起こる頭痛には、慣れてきた。多少の頭痛でも、集中できるようになった。嫌な慣れである。
「今日はなんの勉強?」
「……数学」
「数学かぁ。けっこう勉強しているけど、咲夜くんって数学苦手なの?」
「だったらなんだよ」
「別に。あ、今日やったところ?」
ノートを覗き込む久留島類に、溜め息をつく。止めても聞いた試しがないので、なにも言わなかった。
「ああ。ここが分からないんだ」
久留島類が示したのは、まさに咲夜が躓いていた問題だった。
「咲夜くんって、着目点はいいけどその先がなかなか進めないんだね。ちなみにここは」
と、久留島類は間違っている箇所を指摘した後に解説をして、傍観する。咲夜は彼が傍観している間に指摘された箇所を直していく。
これがあるから、邪魔だ、と言って追い返せない。久留島類が数学を分かりやすく教えてくれたおかげで、数学の小テストの点数が上がった。
その事実が気に食わないが、将来のためにも我慢せねば。
「はい、正解。よく出来ました」
答えに辿り着いた瞬間、久留島類が軽く拍手した。
「咲夜くんは要領が良いなぁ。教え甲斐があるね」
「それはどうも」
軽く返事をして、次の問題を解いていく。久留島類は黙したまま見守っている。最初は視線が邪魔で落ち着かなかったが、今は慣れたので邪魔だとは思わない。だが、未だにむず痒くて落ち着かなし、頭痛がする。
久留島類を意識しなければ、頭痛は一時的に治まるので、意識しないように集中しなければ。
視線を振り払うため、目の前の問題に集中した。先程解いた問題の応用だが、今度は少し手間取ったが正解に辿り着いた。
「咲夜くんって、大学に行きたいからこの学校に進学したんだよね?」
問題を解いたタイミングで、久留島類が唐突に訊いてきた。
「そうだけど」
「なにかやりたいことでもあるの?」
「とくに」
「もしかして、やりたいことを探すために大学に行くっていうクチ?」
「そうじゃない。大学卒業したほうが、就職の幅が広がるだろ」
「最近は大学卒のほうが就職率が低いんじゃなかったっけ?」
「だけど、大学卒が条件の所があるから」
「ああ、なるほどね」
久留島類が得心したように頷く。
「そういうお前も、大学に行きたいのか?」
「そこまでじゃないよ。先生に薦められたからここにしただけ。家からまあまあ近いしいいかなって。まあ、やりたいこともないしのんびりと適当な大学に入学しようかなって思っているよ。αは飛び級制度が適用されているけど、別に急いで飛び級する必要がないしね」
「そうか」
やりたいことがないのなら、それでもいいだろう。やりたいことが見つからなかったら、大学院に行けばいいだけのことだ。
「なんで就職に対して、そんなに必死なの?」
「関係ないだろ」
「でも興味があるなぁ」
にこにこと笑う久留島類に、咲夜は盛大な溜め息をついた。
このまま無視して勉強をしても、邪魔されそうだ。
「結婚するかも分からないからな。一人でも生きられるように、条件が良いところに就職したほうがいいだろ」
「結婚する予定ないんだ」
「まあな」
「あの子は? いつも一緒にいる女の子」
「暦とはそういう関係じゃない」
眉間に皺を寄せて、言い捨てた。




