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通学路

 桜がまだ咲かない。


 咲いているには咲いている。だが、開花というのは五輪咲いて開花だ。少年……丹羽咲夜が見上げている桜の木には、一輪しか咲いていない。



(東京のほうは開花したらしいけど)



 ここは東京より南の位置にある。こちらのほうが暖かいはずなのに、どうしてこの木は咲かないのだろう。他の桜は咲いているというのに。


 ぼんやりと桜の木を見上げていると、後ろから声を掛けられた。



「咲夜、おはよう」



 聞き慣れた声に、咲夜は振り返る。


 そこにいたのは、幼馴染みの木ノ下暦だった。肩まである、さらさらした黒髪を耳に掻き上げ、にっこりと笑っている。



「ああ、おはよう」



 返事をすると、暦も桜の木を見上げた。



「桜、咲いている?」


「一輪だけ」


「他の桜はいっぱい咲いているのにね。お年寄りなのかな」



 よく見ると、この桜には老木ならではの白い苔が、びっしりと蔓延っている。白い皮に似ているそれが生えてきたらもう長くない、と母が呟いていたのを思い出した。



「そうかも」



 素っ気なく返事をしても、暦は嫌な顔をしない。長年一緒にいたから慣れているのか、彼女の懐が大きいからなのか。おそらく両方だろうな、と咲夜は思う。


 小学四年生からの付き合いだが、人見知りで無愛想だった咲夜のことをなにかと気にかけ、根気よく構い続けた彼女は未だに自分と付き合ってくれている。



「そろそろ行かないと。入学式、始まっちゃうよ」


「そうだな」



 桜から視線を外し、これから通学路になる道に戻った。


 咲夜も暦も、今日から高校生になる。絶対に言わないが、学校が同じなのは心強い。暦は違うが、咲夜には暦しか友達がいないから尚更だ。



「ふふふ」


「なんだよ」



 暦が咲夜を見て不気味に笑うので、半眼で暦を見据える。



「別に? ただ、咲夜はブレザーのほうが似合うなぁって、見ていただけ」


「まあ、たしかに自分でも学ランは合わないなって思っていたけど」



 中学は学ランだった。三年間学ラン姿の自分を見てきたが、結局違和感がなくなることはなかった。それくらい、学ラン姿の自分は浮いていたし、似合わなかった。



「ていうかそのヘッドホン、まだ使うの?」



 今は自分の首に下ろしているヘッドホンを指しながら、暦が首を傾げる。


 中学から愛用しているヘッドホンは、デザインがシンプルで機能性があり、さらにノイズキャンセル機能が付いてあるという、咲夜にとっては最高のヘッドホンだ。



「周りの声なんて、煩わしいからな」


「まあ、そうだね」



 事情を知っている暦が苦笑する。



「咲夜」


「なんだよ」


「わたし以外の友達、できるといいね」



 咲夜は横で歩いている暦の横顔を一瞥する。


 優しい笑みを浮かべている。その笑みが言葉の奥にある言葉を語っていた。



(……くだらないな)



 自分の首に巻いている、鍵付きのチョーカーに触れながら心の中で嘆息する。


 暦はこう言いたいのだ。咲夜を理解してくれる人が増えたらいいね、と。



(そんな奴、滅多にいない)



 暦のような人間なんて、そんなにいるわけがないのだ。



「必要だったら考える」


「もう、咲夜ったら。それじゃ駄目だよ」



 答えは予想していたのか、口では注意するものの強くは言ってこなかった。


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