19話 きまずさ
会長たちと一緒に銀を連れてマンションに入ると、ロビーにいた何人かがこちらに気づき歩いてきた。
「あ、あの会長…この犬はいったい…?」
「え?ああ、飼うことにしたわ」
「はい?」
そりゃ当然の反応だ。俺もそっちの立場だったらこの会長頭おかしいのかと思うもん。
「そんな余裕あるのか?」「噛まれたらどうするつもりだ」「こんな時に何を考えてるんだ?」「また片柳くんと言い合いになるんじゃ…」
ざわざわとし始めたが、その中に賛成の声はないようだ。ここにいる人たちは片柳派じゃなさそうなのにこの反応じゃ先が思いやられる。
「まあまあ、みんなに迷惑はかからないから!ちゃんと意思疎通もできるし、ほら銀くん挨拶して」
「いやいや、意思疎通って―――」
「ご主人の味方には噛みつかない。よろしく頼む」
銀は会長に促され一歩前に出ると、挨拶を済ませた。いや、普通に話したらみんな驚いちゃうだろ。
「「「「…しゃ、しゃべった…?」」」」
ほらね?誰しも犬が喋ったらそりゃ驚くよ。俺も少しだけ驚いたもん。
※彼はみんなの数倍驚いてました
驚いたのが見れて満足したのか、会長が話し始める。
「ふふふ、みんな驚くのもしかたないわ…私も少しだけ驚いたもの、少しだけね」
※彼女も数倍驚いてました
「で、でも会長、片柳がなんて言うか…」
「ここのリーダーは私よ。それに、銀くんは貴重な戦力になるわ。強くなれるなら彼も異論ないでしょ?」
「はあ…なるほど、わかりました」
ロビーにいた人たちと別れ、俺たちも今日は解散となった。
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どうやら銀は俺の部屋で寝るらしい。会長曰く「飼い主が面倒見て」だそうだ。
そういえばレイって犬大丈夫なのか?アレルギーとかの心配もあるし、もしダメだったら…どっかに捨ててくるか。
「…ご主人?なにか我を捨てようとしてないか?」
「何言ってんだお前は俺の家族だ。さて入るか」
部屋の玄関を開けると、音が聞こえたのかレイがとてとてと走って来た。うんかわいい。
「けいじっ、おかえり」
「ただいまー、レイ」
レイが足に抱きついてきて、今日生きた意味を噛みしめていると、部屋の方から足音が聞こえてきた。
俺がいない間は誰かがレイの面倒を見てくれてるから、ハツメとかだろ…う?
「…神崎」
「け、ケイ。ごめんね、今日は私が面倒見る日だったからお邪魔してた」
「いや、世話になった。すまん」
「…うん」
数日前まで自分が使っていた部屋に対し、邪魔をするという認識がどうにも悲しい。しかし、もう俺の役目は終わったんだ。あとは神崎の自由に生きればいい、そうすれば俺の重荷も減る。
「しのちゃんかえっちゃうの?」
「うん、また遊ぼうねレイちゃん!」
「…お前、部屋あんのか?」
「え?あ、うん。大丈夫だよ、他の女の子と2人部屋で仲良くやってる」
「そうか、じゃあな」
「…ケイ、私は――」
「またレイと遊んでくれ、男の俺じゃ教えらんないこともあるから」
何も聞きたくない。言おうとした言葉が俺にとって、良いことでも悪いことでもこれ以上感情が動くのは毒だ。なんと言われようとも俺は逃げる。だからそんな泣きそうな顔をして俺に期待させるな。疲れる。
「う、うん。また来るね、レイちゃんもまたね!」
「ばいばい」
扉が閉まり、少し気持ちが軽くなる。勝手に期待して、勝手に裏切られただけなのに辛い。どこぞの過激なファンかよ俺は…。
「完全に我空気だった」
「あ、すまん忘れてた」
「…わんちゃん?」
喉元過ぎればとでもいうか、いや違うな。先ほどの空気と一気に変わって銀が喋った。飼い主が喧嘩している時に、静かにしている犬とギャンギャン吠える犬がいると聞いたことがあるが、どうやら銀は空気の読める犬のようだ。見直したぞ。
そんなことより、銀に気づいたレイは心なしか目を輝かせているように見える。かわいいな。
「レイ、こいつは銀って言うんだ。今日から俺たちと一緒に暮らすから仲良くな」
「ぎんちゃん…」
レイが名前を呼びながら銀を撫でようとすると、銀は避けて喋り出した。おい犬っころ何してんだ俺だってレイに撫でられたことねぇんだぞ?
「ふん、気安く撫でるな小娘。自分の立場をわきま――」
「おい…」
「む?なんだご主人。今我は立場ぐむっ!?」
「レイは俺より立場上だ。やっちまうぞ?」
銀の口を鷲掴みにして、少し、ほんの少しだけ殺気を交えて睨みつける。すると銀が少し震え出したところでレイが俺の腕を掴んだ。レイを見ると俺を少し睨んでいるようだ。え?死ぬ。
「けいじ、ぎんちゃんはかぞくなんだからなかよくしなきゃだめ」
「ごめんなさい」
「…うん、ぎんちゃんだいじょうぶ?」
「プハァ!た、助かった。殺されるところでした。ありがとうございますレイ様」
「れいでいいよ、ぎんちゃん」
「む、しかしそれでは立場が」
「わたしたちはかぞく」
「そうだぞ銀、遠慮すんな」
「遠慮なしに殺されかけたんだが…わかった。よろしく頼むレイ」
「うん」
危なかった。レイにまで嫌われたら本格的に死ぬところだった。まぁ、レイと銀も上手くやっていけそうだし、後は片柳のクソ野郎がどうかってだけか…それが一番面倒くさそうだけどな。
「まあいいか、会長がなんとかしてくれんべ」
俺は明日は明日の風が吹く派の人間なのだ。器は小さいから根に持ったら一生忘れんがな。考え事は俺の仕事じゃなくて頭のいい人の仕事だ。さて、明日に備えて風呂入って寝るとするか。
「よしレイ、風呂入るか」
「…?なんで?」
「え?寝る前に体綺麗にした方がいいだろ?」
「おふろはしのちゃんとはいったよ?」
「そうか、し、神崎と入ったならいいよな」
「うん」
この世界は俺から全てを奪うつもりなのか…?現実から目を逸らしていると、また別の現実が目に入る。
「じゃあ銀、おまえと入るか」
「なぜだご主人?我にその趣味はないぞ」
「俺もねぇよ?ハイレベルすぎだろ。お前もここに住むなら汚れ落とさないと話になんねえから、行くぞ」
「む、なるほどな」
「レイ、俺たち風呂入ってくるから先に寝ててもいいぞ」
「まってる」
はいかわいい。待たせるわけにいかないからもう風呂には入らなくていいのでは?あ、でも農作業で臭いから入るか。俺は癒されつつ風呂に向かった。
余談だが、銀は汚れを落としたらめっちゃ綺麗な犬になった。売ったら高そうだな。
「なあご主人、我を売ろうとしてないか?」
「何言ってんだ銀、お前は家族だろ」




