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創作怪談三題噺

赤坂の洋館の話

作者: 高野 真

【お題】猫、韓国、文豪

 とある文豪、と呼ばれた作家の、ご子息から聴いた話なんですがね。


 いまのガーデンテラス紀尾井町、これが赤坂プリンスホテルだった頃の話です。

 40年ぐらい前のことだそうですよ。丹下健三によるあのカクカクした有名な新館が建つよりも前の話。


 その日彼は、お父さんの新作発表会だか受賞記念パーティだか、なんだかの用事で赤坂へ行っていたそうです。

 夏の盛りだと言うのにエンブレムのついたジャケット着て、真っ赤な蝶ネクタイつけて、足許はピカピカのエナメルの靴履いて。

 なんだけど、やっぱり暇な訳ですよ。することがない。大人は大人たちでもって、めいめいに酒のんだり、しゃべったりしてる。誰も相手してくれない。


 彼は庭に出たんですね。今でも弁慶濠のところに石垣が残ってますけど、その石垣の上が芝生だった。走り回ったりして。でも、暑いんだ。夏だから。

 お堀からはなーんだか生臭いにおいもするし、やだなー、することないなー、なんて思いながら柳の下に座っている。風がないから、ゆらりともしない木の下で。


 そうこうしてるうち、ふと、誰かに呼ばれた気がした。周りを見ると、誰もいない。ひとりぼっち。

 でも、なんだか呼ばれた気がしたって言うんですね。で、よーくよーく見ると、黒猫が居たらしいんです。真っ黒い猫が。

 彼、やることがないもんだから、その猫と遊ぼうと思った。猫を追いかける。猫は、逃げる。

 パッタパッタパッタパッタ、追い掛けていくと、目の前に洋館が建っている。そのドアが、イイイーーーーっと音を立てて開く。猫はそこに入っていく。彼は追い掛けて中に入る。


 ここから先の記憶は曖昧なんですがね、と彼は前置きをしてから話してくれました。

 猫はどんどん奥へ入っていく。彼もそれを追っていく。ながーい廊下があって、赤じゅうたんが敷いてある。左右には真っ白い塗り壁と真っ黒い重々しい木の扉が交互に現れて、オレンジ色のあかりがぽつん、ぽつんと点っている。

 右へ左へ、左へ右へ。ととととと、と猫が行く。スッタスッタスッタスッタ、と彼が行く。


 で、彼が猫をとっ捕まえて抱き上げるのと、突き当たりのドアが開くのが同時だった、って言うんです。彼、猫を抱いたまま大広間に出た。

 シャンデリアがいくつも灯っていて、いかにも偉そうな、勲章いっぱいぶら下げた人が何人も並んでいる。その前に飛んで出ちゃった。みんながこっちをじっと睨んでいる。


 腕の中で猫が暴れたそうです。しっ、静かに、怒られちゃう。彼はそう猫に言い聞かせようとするんですが、言うことを聞かない。なーおなーお鳴きやまない。

 静かにしなきゃダメだよ、と何度も言うんだけど、なーおなーおとやかましい。


 そうこうしているうちに、並んでいる中でもいちばん偉そうなおじさんが目の前にやってきた。真ん丸い眼鏡をかけて、七三分けの髪形をして、ちょっと気の短そうな目付きをしたおじさんが。

 そのおじさんは彼の襟首を掴むと、ぐぐぐーっとねじあげていく。いくら足をじたばたさせても、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいと言っても、ものすごい力で引き上げていく。


 やがて彼の顔がおじさんの顔の位置まで来たときに…おじさんが一言二言、よくわからない言葉を彼に吐き捨てるように言ったそうです。なんて言ったのかはわからない。でも何となく、「猫一匹満足にしつけられない奴は要らない」というような、そんなニュアンスは感じた、と彼は言ってました。


 で、猫を広間の奥へ向かってぽいっと投げると、彼を廊下に向かってえいやっと投げ飛ばした。彼はぽーんと宙を舞って、赤じゅうたんにばさっ、と叩きつけられた…と思ったときに目が覚めた。


 彼、目の前に弁慶濠が横たわる、石垣の上の芝生に居たそうです。迎えにきたお父さんが、なんだお前、こんなところに居たのか、服を毛だらけ埃だらけにして母さんに叱られるぞ、なんて言ってる。


 だからね、この話、幽霊とか何にも出てこないんですよ、怖くないでしょう、って彼は笑うんです。単なる夢かもしれない。

 でも…あのままあの広間に居て、猫やおじさんに囲まれてたらどうなってたんでしょうねって私に訊くもんだから、「だってあなた、どうせ言葉通じないじゃない。どのみち無理だよ」って言ってあげたんです。


 だって、赤プリの洋館って言ったら、李王朝の末裔が住んでた屋敷でしょう?

 日韓併合で皇族扱いになって日本に住んでたとは言え、彼ら、やっぱり韓国語を話してたんじゃないかしら。そりゃ、猫に日本語で話しかけても、通じない訳ですよね。


(平成30年8月17日脱稿)

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