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あふれる想いを、花に託して

作者: はるか

ストーリー上、途中で不思議なセリフが出てきますが作品最下部にて答え合わせができます。ぜひ想像しながら読み進めてみてください。

 広大な国の一角、秘境と呼ばれる山の麓には大きな森が広がっていて、その森の奥深くには美しい色とりどりの花が咲き乱れる庭をもつ小さな家が建っていた。


 そこには魔女と呼ばれた一人の老婆と美しい年ごろの美女が住んでいた。

 老婆が亡くなり美女が一人になると魔女の力を得ようと我こそは!と、何人もの男性が深い森をかき分け美女に求婚しに行ったが、帰ってきた者は一様に「美しいが話の通じない者だった」と首を傾げて帰ってきた。




 ◇◇◇◇◇




「くそっ、霧が濃くなる一方だな」


 ある日、森の中で脚を怪我した漆黒の青毛をもつ立派な馬を引き一人の騎士がさ迷っていた。


 辺りには真っ白な霧が立ち込め一メートル先も見えない。間もなく日も暮れる。どうしようかと途方に暮れているとふと、花の香りが彼を呼んだ。

 香りを追いかけるように歩きたどり着いた先には小さな家が建っていた。


 煙突からは煙が立ち込め、窓からは明かりが漏れていた。一晩の宿をと扉を叩くと若葉色のドレスを着た一人の若い女性が顔をだした。蜂蜜色の長い髪の毛、色白でシルクのように艶やかな肌、大きな目には鮮やかな瑠璃色の瞳がはめ込まれていて正に絵に描いたような美女であった。

 女性に免疫のない騎士にはちらりと目を向けられただけで息をするのを忘れてしまうほどの衝撃だった。


「どちら様ですか?」

「突然申し訳ない。城に勤める騎士団の者ですが、この濃い霧のせいで城へ帰れなくなってしまい困っています。どうか一晩ご厄介になれませんでしょうか?」


 美女は騎士を頭のてっぺんからつま先まで一瞥すると少し悩んでいた。


「確かにこの霧で帰れとは言えませんね…しかし、この家に住んでいるのは私一人きりなのです」

「そうでしたか、いきなり私のような者が押し掛けて心配になるのも無理はない。納屋でも構いませんので屋根のあるところをお借りできたらと思うのですが…」


 騎士は美女よりも身長も体格も大きく、髪は馬と同じ漆黒で瞳は怪しげと言われる紫色をし、顔には騎士であれば勲章と言われる大きな傷まであったのだ。警戒するのも無理はない。


「では、右隣の納屋を使ってください。…その馬、怪我をしてるんですか?薬を用意しますから納屋で待っていてください」

「ありがとうございます!よかったな、フレデリック!」


 屈強な騎士はそう言うと満面の笑みを浮かべフレデリックの頬を撫でた。その様子が可愛らしく見えたのか、美女は微笑んでから家の中へ入っていった。




 ◇◇◇◇◇




「失礼します、その子の脚に薬を塗らせてください」


 騎士が納屋にフレデリックを繋ぎ甲冑を脱いでいると、美女が木の器を持ち納屋へやって来て清潔な綿の布で傷口を拭うと丁寧に薬を塗り始めた。


「薬まで塗ってもらってすいません。遅くなりましたが私は城の第3騎士団の団長をしていますジェイクと申します」

「いえ、私は薬を調合するのが仕事なので気にしないでください。私はセシルと申します。どうしたんですか?この子のひどい怪我…」

「今日は演習で森に入ったのですが、部下が狼に襲われまして…私が引き付けて退治したのですがフレデリックは狼の爪で怪我をし、あっという間に立ち込めた霧で帰り道が分からなくなり…今に至ります」

「そうでしたか、大変でしたね」


 時折セシルは「痛いけど我慢してね」「お利口だね」とフレデリックに話しかけながら薬を塗っている。ジェイクは何かお礼ができないだろうかと考えると、フレデリックの鞍に掛け持ち運んできた麻袋を持ち上げた。


「お礼…といっては何ですがよかったら狼の毛皮はいらないか?…っと、いりませんか?」


 先ほど退治した狼が思いのほか大きく良い毛皮だったので持ち帰ってきていたのだった。帰り道が分からなくさ迷っていたのに狼をしっかり持ち帰っていたなんて、とセシルは驚いたように目を見開くと今度は歯を見せ笑った。


「おあいにく様、毛皮は間に合っているわ。早く処理したいならこの裏に井戸があるから使ってちょうだい。それと、もう敬語はいいですよ。ジェイクさん私より年上じゃないのかしら?」

「あぁ…かたじけない。じゃあ遠慮なく井戸を借りるよ。俺は今年で25だ、それと俺にも敬語もさん付けもいらないよあんまり敬語って柄でもないんだ」

「わかったわ。…よかったらこれから夕食にするのだけど、一緒にいかが?」


 "夕食"という単語を聞いたからか、納屋を借り安心したからなのかジェイクのお腹から大きな音がして二人は顔を見合わせ声を出して笑った。


「ありがとう、招待にあずかるよ」




 セシルの案内で家へ入るとこじんまりとした家の中は綺麗に整頓されていて、北側の壁にところ狭しと貼り出された花の絵が目を引いた。


「これ、全部描いたのか?すごいな…」

「こんな森の中に住んでるでしょ?これくらいしかやることがなくって」

「薬を調合するのが仕事なんだっけ?いつから一人なんだ?」


 そう聞いてからジェイクはもしかして若い女性にこんなことを聞くのは失礼だったかも!?と気付き「ごめん、話したくなかったら気にしないでくれ」と付け加えた。


「別にいいわよ。去年、おばあちゃんが亡くなって17才になった時から一人なの。お城に勤めてるんでしょ?聞いたことない?”森の魔女”って…?」

「”森の魔女”? …あっ!」


 ジェイクは噂話などあまり気にしないが演習に来る前、部下が「この森の奥深くには魔女と呼ばれる美女がいて…」と話していたのを思い出した。


「噂じゃ”話の通じない美女”って聞いたけど、美女は合ってるが話は通じてるじゃないか?」

「あら、ありがとう。ジェイクは私目当てで来た人じゃないみたいだから普通にしゃべっているだけよ?試してみましょうか」


 ジェイクは出されたスープをひとすくい口に運ぶと「何を試すんだ?」と首をかしげながら干し肉にかぶりついた。


「私を育ててくれたおばあさんは”ボリジ”ある”リンゴ”な魔女だったけれど随分と”トリカブト”な人だったの。私の”クマツヅラ”だけを目的とする男は”アキノキリンソウ”しなさいって。

 だから私が年頃になって男性に言い寄られたらこう言いなさいって言われていたのよ。

 私の”ペンタス”求めている男性は”フジ”溢れる人で私に”キキョウ”をくれる人。あなたに”クローバー”できるの?ってね」


 セシルは少し挑戦的な目つきでジェイクをじっと見つめると試すようにゆっくりとこう話し始めた。ジェイクはしばし考えながら咀嚼をしてごくんと飲み込むと口を開いた。


「ふぅん、随分と”イモーテル”な撃退法だな」

「私の言った意味が分かるの!?」


 今まで何十人という男はこの一言を発すると「頭がおかしいんじゃないか?」と言いたげな顔をして帰っていく者ばかりだった。きっとジェイクも同じなんだろうと腹をくくっていたのでセシルは驚き、ついテーブルから立ち上がった。


「あぁ、それって”花言葉”だろ?こう見えても俺は花屋の息子なんだ。…花屋っぽくない顔だなんて言わないでくれよ?」


 ジェイクの顔立ちは男臭いと言えばいいのだろうか?彫りが深く凛々しくておまけに傷まであるのだからどうしても威圧的に見えてしまう。実家に帰っても店先には立たなくていい!と言われてしまっているという。


「そんなこと言わないし、思わないわよ。一応、見た目で人を判断するなって育てられてきたのよ。…さすがにこんな時間にいきなり男性が訪ねてきたら気にしちゃったけどね?」


 セシルは出会った時にジェイクを一瞥し警戒したことを謝ると、花言葉が通じたことがよほど嬉しかったのか饒舌に話しだした。


 セシルを育ててくれた"おばあちゃん"と呼んでいた先代魔女が亡くなったのは昨年の話で、赤ん坊の頃からセシルの面倒をみてくれていた育ての親だったという。産みの親はその昔、突然陣痛が始まってしまったと大きなお腹をさすりながら一人で馬に乗りこの家に駈け込んで来た女性で、丸一日苦しみセシルを出産すると亡くなってしまい身元も分からないままだったので先代魔女が大切に育ててくれたそうだ。

 先代魔女の死後、教えてもらっていた薬の調合を仕事にして細々と一人暮らしを続けてきていたと。そしてどこから話を聞いたのかひっきりなしに腕試しをするように男性が訪ねてきてうんざりしていると困ったように言った。


「そうなのか、それは大変だな。…それにしてもそこまでして利用したい魔法の力ってのが薬の調合なのか?よほどすごい薬なんだな?」

「魔法の事までは知らなかったの?薬調合はおまけみたいなもので誰でも覚えればできるわよ。魔法は先代が亡くなる前に私の体に力を移してくれたものなの」


 セシルはテーブルの上に置いた花瓶から紫色のライラックを手に取ると「ごめんね」と小さく呟いてパキッと枝を折ってしまった。

 そして、ジェイクに手を差し出すように言うとその手のひらに枝の折れたライラックを乗せ「よく見ていてね」と自分の手を上からふわりと重ねた。


「おぉ…!すごいな」


 次の瞬間、セシルが手を離すとついさっき折れてしまっていたライラックは枝が元通りにピンとしていた。


「先代の魔女は"緑の魔女"と呼ばれた人だったの。植物なら何でも魔法で成長を早めたり、操ったりすることができるのよ」

「へぇ、それで薬草を育てて薬の調合をするのか」

「そうなんだけどね。人によってはこの力を悪い事に使おうと私に近づいてくる人もいるからって言われて…」

「なるほどな、それで"アキノキリンソウ"って事なのか」


 セシルはこくんと頷いてライラックを花瓶に戻した。

 先代が亡くなってから一人で孤独に耐え頑張ってきたのだろう。たった18才のか弱い女性に何人もの見知らぬ男性が突然訪ねてくるのだ、彼女からしたら恐怖であろうと思った。

 ジェイクはそっとセシルの頭に大きな手を乗せ、猫のような細い髪の毛を優しく撫でた。


「魔法まで見せてくれてありがとな。俺もとっておきの話をセシルに教えてやるよ!」

「とっておき?」

「そうだ。俺がまだ騎士見習いだった頃実際にやらかした話なんだけどな…」


 ジェイクは己の失敗談を面白おかしく話しはじめた。不器用で女性慣れしていない男なのでセシルを元気づけたいと思ったけれど、格好良いセリフが浮かばなかったのでこんな話をすることしか思い付かなかったのだ。

 それでもセシルは目を輝かせ驚き、笑い、たくさんの表情を見せた。



「あーっ…こんなに話して笑ったなんていつぶりかしら?楽しいわ!」



 食後に出した紅茶はすっかりぬるくなっていた。ジェイクは紅茶を飲み干すと「じゃあ、そろそろ寝るな」と席を立った。


「ねぇ、ジェイク」

「うん?」

「よかったら納屋じゃなくてリビングで寝ても…いいわよ?ほら、この机を動かせばジェイクが寝られるスペースは作れると思うの」

「ありがとう、セシル。でも…まぁ一応互いに年頃の男女ってやつだからな、俺もこう見えても騎士だから紳士らしく振る舞わなくちゃいけないしさ?有り難いけど納屋で寝るよ」

「わかった。はい、この毛布を使って?」


 セシルは部屋の奥から毛布を取ってきてジェイクに手渡すと互いの指先が触れ、つい恥ずかしくて目を反らしてしまった。


「セシル、おやすみ」

「おやすみなさい」


 ジェイクが出ていくとセシルは椅子に座り机に額をこすり付けた。

(な…なんであんな事提案したんだろう?は、恥ずかしいっ!

 あぁ、ジェイクは明日帰っちゃうのよね…寂しいな…)



 一方、暗闇とランプの灯りも届かぬ深い霧の中手探りで納屋に入るとジェイクは手渡された毛布に顔を埋めた。

(ああぁぁぁ、俺にどうしろって言うんだよ?女心ってやつは分からないんだよ!

 …俺、このまま城に帰れるのか?セシルをまた一人ぼっちに…?)


 珍しく主人が悩んでいる様子だったので励まそうとしたのか、フレデリックはジェイクの髪の毛をはむはむと甘噛みしはじめた。




 ◇◇◇◇◇




「ジェイクおはよう!起きてる?」


 翌朝、セシルの声に目を覚ますと藁の上でうずくまっていたジェイクはゆっくりと起き上がった。


「───!?ちょっとぉぉ」

「あ?あーっ、ごめん!」


 起き上がると毛布の下から逞しい上半身を露にしたジェイクの姿が見えセシルは悲鳴をあげて手で顔を覆った。

 しかし反面、鍛え上げられ所々に古傷の残る分厚い体がしっかりと頭の中に焼き付いてセシルは顔を赤くしながらも何度も反芻していた。


「ごめん!つい、いつものクセで」

「私も見慣れないものだから…つい悲鳴をあげちゃってごめんなさい。朝ごはんできたから、用意ができたら来てね!」

「おう!」


 ジェイクは上着を着てから納屋を離れた。外には昨日よりは薄くなったがまだ霧が深く立ち込めていて、ほっと胸を撫で下ろしていた。



「ねぇ、今日帰っちゃうの…?」


 空気の重い部屋の中で焼きたてのパンと新鮮な卵、取れたての野菜と塩気のきいたベーコンを食べながら少し言いにくそうに先に口を開いたのはセシルだった。


「それなんだけど…まだ霧がすごいから午後まで様子を見ようと思うんだ…だからもう少し厄介になってもいいか?もちろんその間何か手伝えることがあったら言ってくれ」

「午後?そう、わかったわ!じゃあお昼ごはんを用意するわね」


 互いにほっとしたのか、部屋の空気が幾分か明るくなった。

 その後ジェイクは家の裏口で昨日の狼の処理とセシルに頼まれた薪割りをしていた。

 普段大きな剣を振り回しているのだ、小さな鉈で薪を割るなど容易いことであっという間に用意された分が終わってしまった。


 その時、表に馬車が止まった音がした。



「セシルさん、セシルさん!僕です開けてください!」


 ドンドンと大きく扉を叩かれセシルは渋々と、ほんの数センチだけ扉を開け顔をのぞかせた。

 そこには先週求婚に来た小肥りの確か…どこかの商家の嫡男だと名乗っていた男が立っていた。手には黄色いラッパスイセンの花束を持っている。


「先週はよく分からない言葉を話されて驚いて帰っちゃいましたけど、家に帰ってからパパと話したんです。きっとセシルさんは僕に恥ずかしがってあえて遠ざけるような行為をしたのだと!そんなセシルさんもすごく可愛いと思いましたっ。だから、ほら!今日は花束のプレゼントも持ってきました。セシルさん、僕と一緒になってください!僕達両想いじゃないですか!?」


 男は自分の都合でこう決めつけると扉に顔を近づけペラペラとよくしゃべった。勢いよく口を大きく開けてしゃべるので唾が飛んできてセシルは気味が悪く一歩ドアから遠ざかりハッキリと口にした。


「そんなこと決してありません。帰ってください」

「…そ、そんなこと!素直になってくださいよっ」


 小肥りの男は扉の取っ手に手を掛けると勢いよく扉を引いた!いくらセシルが内側から両手でおさえていても成人男性の力に勝てるわけはなく、呆気なく体ごとドアに引きずられるように表へ飛び出した。


「か、可愛いセシルさぁん!」

「嫌っっ!!」


 男の丸々と肥えた手がセシルへ伸びると、その手を近づけさせるものかと血管の浮いた逞しい筋肉質な腕がセシルの目の前をさえぎった。


「お前、何してんだ?セシルが嫌がってるのも分からないのか!?この自惚れ野郎っ!」

「うわあぁぁぁ!!い、いたぃっ」


 小肥りの男はジェイクに腕を捕まれ間接を捻られると情けなく叫んだ!

 掴んだ腕を放し男の体を強く突き放すとドスンと音をたてて尻餅をつき、弱々しく後ずさりして馬車へ駆け込んで行った。


「ちっ!セシルに触ろうとするな!薄ノロがっ!」

「ジ…ジェイクありがとう」


 こんなに強引な男ははじめてだったのか、セシルは血の気が引いた顔でジェイクの上着の裾を掴むとか細い声を何とか絞り出した。


「大丈夫か?顔色が悪いぞ。少し横になったらどうだ?」


 ジェイクは心配しセシルを家の中へ入れようと体を向き直りセシルの体を支えた。


「!? ジェイク!」


 かろうじてセシルの視界の隅に先ほど馬車へ引き返していった小肥りの男が映った!その手には銀色に輝く短剣が握られていて、剣先をジェイクに向けて駆け込んできた!


 セシルを心配するあまり男の気配に気付くのが遅れたジェイクが振り替えると、すぐ目の前まで男が迫っていた。


「やべっ───!」


 すると、小肥りの男の足もとからとてつもない勢いでザクロが生え成長したと思うと、あっという間に細かな枝で男を足止めするよう包み込んでしまった。


「うわぁぁぁ、魔女怖いぃぃ」


 小肥りの男が乗ってきた馬車から執事だろうか?慌てて駆け寄り枝を断ち切ると男を回収し馬車へ放り込み帰って行った。


 その様子を呆気にとられたまま二人は一部始終見ていたが、ぽつりとセシルが呟いた。


「何よ、魔女って分かってて来たんでしょう?」

「───っ!凄いなセシル!ありがとう助かったよ」

「そんな、ジェイクが助けてくれたから私勇気が出て…こんなふうに力を使ったの初めてよ…怖かった。助けてくれてありがとう」


 セシルは恐怖の瞬間を思い出したのかまた顔色が悪くなったように見えた。ジェイクが優しく頭を撫でると目に涙をためて分厚い胸板にしがみついた。


 ふと、いつの間にか霧が晴れて家の前には立派な色とりどりの花が咲き誇る庭が顔をのぞかせた。

 ジェイクはこの家に誘い出してくれた花の香りはこれだったのかとセシルの頭を撫でながら庭を眺めた。


「素晴らしい庭だな」

「…あっ、霧が…晴れたのね」


 セシルは顔をあげるとジェイクにしがみついた手をぱっと放し頬を赤くした。そして、寂しそうに霧の晴れた庭を見渡した。


「なぁ、霧が晴れたから…俺は城に戻らなくちゃいけない」

「そうよね。皆心配してるわよね」


 ふらりとジェイクは庭に入り考え込みながら言葉をゆっくりと選び、繋いだ。


「でもさ、ここにセシルを一人残していくのは…すごく心配なんだ。ほら、今みたいなことがあるといけないし…これからもきっと、沢山の男がセシルを我が物にと来るだろう?」


 ジェイクは庭を一周しセシルの前に戻ると、一輪の花を差し出した。


「だから…って言うのも変だけどさ、その…セシルが良かったら、一緒に街へ行かないか?俺は寮に住んでるからすぐに一緒に…って訳にはいかないけど、俺の実家は城の近くにあるから…よかったら俺の実家に…ほら、そうしたらいつでも会いに行けるだろ?セシルがきてくれたら、親もすごく喜ぶ…っ」


「…ばか。そこはもっとストレートに言わなくっちゃ、女の子には伝わらないわよ?」


 ジェイクがぐだぐだと喋る途中だったが、セシルは勢いよく今度は笑顔でジェイクの胸に飛び込んだ。


 ジェイクもセシルを強く抱き締め二人は少しの間──、二人にとっては長い時間互いの温もりを確かめあった。

 ゆっくりと体を離すとセシルも一輪の花を差し出した。


 ジェイクからは赤いバラを。


 セシルからはひまわりを。


「でも、俺達なら伝わるだろ?」


「ええ、とっても嬉しいわ」




 ◇◇◇◇◇




 その昔、緑の魔女は一人の可愛らしい少女と暮らしていた。



「セシル、また甘ったるい恋愛小説を読んでるのかい?」


「おばあちゃん、いつの間に後ろに!?そうよ、だって全部ロマンチックで素敵なんだもの!」


「そうかい、そうかい。じゃあセシルが大きくなって綺麗になったらきっと言い寄ってくる男がたくさんいる。おかしな男を警戒する為にも、そんなときはこう言ってやりなさい。───ってね」


「なんで?どうして?」


「花言葉が分かる男は総じてとんでもないロマンチックな男だからだよ。きっと素敵な恋になるよ」


「本当に?絶対試すわ!」






 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


・作中に出した花の花言葉


 ・ボリジ…才能

 ・リンゴ…偉大

 ・トリカブト…人嫌い

 ・クマツヅラ…魔法

 ・アキノキリンソウ…警戒

 ・ペンタス…願い

 ・フジ…優しさ

 ・キキョウ…永遠の愛

 ・クローバー…約束

 ・イモーテル…独創的

 ・ライラック(紫)…恋の芽生え

 ・ラッパスイセン(黄)…報われぬ恋/うぬぼれ

 ・ザクロ…愚かしさ

 ・バラ(赤)…あなたを愛します

 ・ひまわり…私はあなただけを見つめる


 ※花言葉は諸説ありますが、今回の短編では上記通りの意味合いで使用させていただきました。

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