2.私の頭の中の住人
結局、学校には間に合わなかった。
私の能力、【爆発操作】は、いろんなものを爆発させることができる。
先ほどはこれを応用して自転車の後ろあたりを爆破、しかるのちの加速によって、電車から間一髪逃れることで一命をとりとめた。それどころか速度もアップして登校速度もアップというまさに天才的な一石二鳥を成し遂げていたのだ。わたしってば天才である。
だけど、ここに思わぬ落とし穴があった。
そもそもブレーキの利かなかった自転車だから、そこそこ年代物であることは察してもらえると思うけど、爆発を受けてETよろしくふんわりジャンプしたあと、着地したときに自転車が壊れてしまったのだ。
幸い私自身にダメージはなかったけれど、壊れた自転車を引きずるのに時間がかかって、近くの自転車屋さんに預けるころには既に登校時刻5分後だった。
そういうことなので、一限の数学は、今日はお休み。二限の“超力科”から出ることにしようと思う。数学くらいなら大丈夫。どうせ寝ちゃうし。
〔アホが……〕
あ、イグニス。さっきはありがとね。
〔お前はどうしてそう、アホなんだ?〕
……なに。朝から、あほあほって。私アホじゃないし? アホって言う方がアホだし。
〔何でもない朝っぱらから死にかけるようなやつが……アホじゃなければ、自殺志願者と特攻兵と鉄砲玉と、どれがいい〕
なんでそんな変な選択肢しかないの? ……もう、じゃあアホでいいよ! イグニスのあほー!
〔はあ……なんでこんな奴に手を貸さなければ……〕
あ、そういえばなんで朝起こしてくれなかったの!
〔……〕
寝てしまったらしい。むむむ、自分ばっかり寝るとは卑怯な。
ちなみに、このイグニスというのは、私の頭の中に住む住人だ。
何を言ってるかわからないかもしれないけど、大丈夫。私もいまいちよくわかっていない。
今のところわかっているのは、だんでぃーな声をしていること、いちいちアホとか言ってくること、あとは私の【爆発操作】を補助する力を持っていること、くらいだ。
まあ特に害もないし、いいんじゃないかな。
ともあれ、今は学校近くの商店街。
制服姿なので、サツの人たちに見つかったら補導されちゃうかもだけど、残念ながら商店街の人たちと私はグルなのだ。情報ろーえーなどあり得ぬ。やーやーくるしゅうないと大手を振っていると、向こうの派出所から巡査がチャリで来た。八百屋のおっちゃんが「はよ学校いけ」と大声。
「よくも裏切ったああぁぁぁぁっぁ!?」
私は逃げた。
行きつけのcafe(流暢)、〔チェレンコフ〕へ逃げ込んで、カウンターの裏に隠れてしばらく。
真・だんでぃーであるマスターが、サツの事情聴取を渋ーい感じに退けたことで、私の逃走劇は終了した。
「ふぅ……ありがとう、マスター」
「ほのちゃん。またサボりかい?」
「さ、サボりじゃないし! 帝王出勤ってやつ!」
「つよそうだねぇ。これ飲んだら、学校行くんだよ?」
「もち……あ、ちょっとだけいさせて? 二限から行きたいの」
「ふぅむ……まあ、行くだけよしとしようか」
「わぁい」
いつものテーブルに着くと、マスターは「はいどうぞ」と淹れていたお紅茶を出してくれる。ミルクティーだ。
いい匂い。あと、砂糖をいっぱい入れてくれたのか、なかなかに甘い。私好みである。流石にマスターと呼ばれているだけのことはある。そういえば本名はなんていうんだっけ……。まあいいや。
「ふむむ……これはダーリンを使ってるね!」
「色々違うねぇ」
〔ダージリン、だろ〕
あ、そんな感じそんな感じ。でも違うんだって、イグニス。
〔……そのアホさを堂々曝していくスタイルはどうにかならんのか〕
そもそもあほじゃないしー。あと人と話してる途中で割り込んできちゃだめって言ったでしょ! イグニスの声は他の人には聞こえないんだから、返事したら私、急に変なこと言いだす人になっちゃうじゃない。
〔一々返事しなくていいんだよアホ〕
もー、かまってちゃんなんだから。
〔……〕
困るとすぐ黙るのがイグニスだ。ふふん、また勝ってしまった……。私に敗北などありえぬわ。つよいつよすぎる。
勝利のミルク紅茶に酔いしれてしばし、カップを空にしてから結局この紅茶何なのと聞けば、マスターが言うにはアッサムという茶葉を使っていたようだ。なんだかロボットアニメにでもででてきそうな名前である。おいしかったので、今度からこのミルクティーを頼むことにしようと思う。
それはそれとして、まだ時間があるので、私はカバンの中をごそごそあさった。
「よっと」
取り出したるは、流行りの電子機器であるARフォン。目覚ましからおやすみまで使える、様々なアプリを視聴覚に表示できる優れものだ。しかも脳波コントロールできる。
片イヤフォンタイプのそれを耳にかけて起動すると、視界にぶいんと“STAND BY”と、ちょっとして“COMPLETE”の文字。そこから、ゲームのメニュー画面を開いたようなウィンドウが空中に表示された。
アプリの通知を示すアイコンがぷるぷる震えていたので、そこへ意識を向けると、機器がそれを読み取り勝手に開く。
一つ目の通知は、チャットみたいなやり取りの可能なライン(RUIN)アプリで、友人からの連絡が溜まっているぞ、という内容だった。昨日は帰ってから見てなかったから、仕方ないかな。
すぐアプリを開いて、仮想テンキーを手元に表示する。文字を打つのは思考入力でもできるけど、私がやるとなんだか誤変換が多いので実際に指を動かして入力するこちら派になった。ささっと文字を入力して、向こうはたぶん授業中だろうけど容赦なく返信、と。
そして二つ目の通知だ。アイコンの隣に文字が続く。
『フレンドの“パパパラッチッチッチ”さんからレストルームに招待されました。[昨日]』
これも昨日だ。どうでもいい話ではあるけど、確認はしようかな。私はそのアプリを立ち上げた。
ひゅ~~~、と青い惑星に星がふりそそいで、ばばーーん!と大爆発。で、割れた惑星の中からタイトルどん。
\\\\\\\\\\スター☆彡レボ★☆彡リュー☆彡ション////////////
イカした名前だ。遊〇戯〇王みたいでいつ見てもかっちょいい。
これがどういうアプリなのかと言えば、ファンタジー世界を舞台にした……なんだっけ。そう、MMORPGだ。RPGは知ってるけど、MMOってなんだろう。っも? とにかく、そんな感じ。
ただ、これはただのMMORPGじゃない。なんとARを使ったMMORPGなのだ。
何が違うのかって? ただのMMOなら画面の中でしかゲームできないけど、ARなら──
『……来たか』
目前に、今の今まで存在していなかった、燃える人がふわふわ浮かぶ。これも今更、慣れっこだ。
「相変わらず、暑そうだねイグニス」
──そう、頭の中の住人にも、現実で会えるのだ。
ARフォン:便利機能の沢山ついたすごいスカウター。しかも脳波コントロールできる
スターレボリューション:SA〇 オーディナル・スケール。面白かったです