1.始まりはいつも突然
あほの子、都に身を窶す。ひいては千里もけぶる切れ間、愚かな鵺ら世渡し、寝向く地へ夢誘う。
──その日が来たのよ。来たるべき予言の日、ってやつね。
わたしのシュークリームを勝手に食べたっぽい姉へそのことを問い詰めてみれば、返ってきたのはよくわかんない言い訳だった。
そりゃあわたしだって怒る。まいふぇい、ふぇ……ふぇいすぶっく? えー……お気に入りってやつなのだ、あのシュークリームは。いちご味だぞ。姉がほっぺにつけっぱなしの、ちょっとのクリームだけでも食べたいくらいなのだ。
空の包装袋をみれば、別に賞味期限が切れてるわけじゃない。だとすれば、これはもう犯罪だ。
くいにげ。せっとーはん。まんびき。どろぼー。ひとでなし。あまとー。ばか。おたんこなす。ばかー。あほー。
言葉の暴力を一通りたたきつけてやると、姉は苦笑した。
──仄火は、ほんとにアホねぇ。
──でも、あなたはそのままでいてね。
そして、閃光。
「……ん、夢かぁ」
くあとあくびをして、ぐいーとのびをする。じゃーんじゃーんとうるさい目覚まし時計を止めれば、あとにすることはひとつだ。
おやすみなさい。
〔いや、起きろよアホ〕
頭の中に、偉そうな調子の声が広がる。
最初はびっくりしたものだけど、今や、反応するのもおっくうだ。
「……あと十分したら起こして」
〔アホ。時計見ろ〕
8時と10分。えーと、学校は9時に始まる。学校から家まで歩いて一時間くらいだから、走れば倍で30分。うん、余裕余裕。
「じゃ、よろしくね」
〔お前それで何十回……知らねーぞ俺は〕
おやすみ。信じてるからね、イグニス。
〔……アホ〕
で、三十分後。
「起こしてって言ったでしょー!?」
〔寝覚めが悪いんだよお前〕
走って間に合わないとなると、自転車を爆走させるしかない。
スカートの中身なんてもう知ったこっちゃないのよ。
高低差の激しい道のりを、下りはすいすい上りはひーこら、ケイデンスを上げてひたすら進む。これだから自転車だと面倒なのだ。
「あと五分……!」
むむむ、ふぬぬぬとちょっとアレな掛け声で最後の坂を上り切り、あとは一直線の下り坂。
──事件はそこから始まった。
目先にはかんかんかん、と閉じる踏切が見える。多分、ダッシュでいっても間に合わなそう。でも行かなきゃおくれちゃうし。……うーん、まあ一度待っても間に合うかなあ。
ちょっと判断が遅れたけれど、結局止まることに決めて、慌ててブレーキを引く。
だが、
「うそ、ブレーキきかないっ!?」
焦ってレバーをがちゃがちゃしても、自転車は応えてくれなかった。
街道は下り坂一直線。加速するしかなくて、止まるなら転ぶしかない。
……いや、そのままつっきればいいんだ! 逆転の発想! これは天才!
〔アホ! 転んでもいいから止まれ!!〕
かんかんかんかん、と、次第に下がる踏切の棒に集中して、もはや声も、近づいてきた電車の音も聞こえない。
そして、下がり切ろう踏切へ飛び込んだ自転車と、速度の載った路線電車が──
──来るべき予言の日、ってやつね。
ふと、朝の夢が思い起こされた。
──あなたはそのままでいてね。
お姉ちゃん。
私、変わったよ。
「行くよ、【イグニス】! 〔イグニッション・フルバースト〕!」
〔このアホがああああ!!!!〕
そして、自転車が宙を舞った。
199X年、世界は謎の光に包まれた!
海は光り、地は光り、全ての生物が発光したかのように見えた。だが、それは事実だった!
その日。世界のあらゆるものは、超常の力を手に入れたのだ!!
安済 仄火
高校一年生
能力:爆発操作
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