お題『海辺の町』『地図』『シャンプー』
電車の心地良い揺れで微睡まどろんで数十分、僕はようやく目的地である町に着いた。
ここに来るのは、十年振りだろうか。いや、もっとかもしれない。しかし、この町は都会と違って、何も変わっていなかった。
どこまでも続く、雲一つ無い空と澄んだ海。そして、海風が運んで来る潮の香りは、僕が少年だった頃の記憶を呼び覚ました。
改札を抜けると、前の人が何かを落とした。どうやら地図のようだ。
急いでそれを拾い
「あの、落としましたよ」と声をかけた。その人は僕の方を振り向いて
「ああ、ありがとうございます」
慌てて近づいてきた。美しい女性だった。
刹那、その女性から何とも言えぬ芳香が漂ってきた。シャンプーの香りだろうか。しかもそれは、僕の初恋の人と同じ香りだった。
以前ネットで、匂いは記憶との結びつきが強いとかいう記事を読んだ。確か、プルースト効果とかいうやつだったと思う。そのせいで、あの子のことを思い出したのだろうか。
「あの……」
女性の声が聞こえて、現実に戻った。どうやら地図を離さないままでいたらしい。
「あ、ご、ごめんなさい」
そう言って僕はようやく手を離した。女性は軽く頭を下げ、去っていった。その時、またあの芳しい香りが辺りを包んだ。
僕は少しの間、思い出と残り香の余韻に浸っていた。