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◇人狼◆

 それから数時間後のこと。

 シェラは愕然としていた、隣に立つローレントもだ。

 団長室に呼びだされて、やって来ればどこかで見たことのある女性が立っていた。

 全身黒い騎士服に身を包んだ彼女は、どこからどう見ても……。

「あなた、昨日の……!」

 口を開いたシェラに、彼女は片手をあげてウィンクをする。

「はァいお嬢さん、いいえ、シェラと呼んだほうが良いんでしょうね。ここでは一応オトコノコなんでしょ?」

 そこに居たのは、確かに昨日遭遇し、戦闘になったジェシカだった。

 けれどどういうことだろう、彼女は騎士の制服を着ていて、当然のようにここに立っている――……人間ではないのに。

 彼女は愉快そうに笑って、赤い唇に人差し指をあてて言う。

「あんたたちの上司はなかなか話が分かるじゃなぁい、ちょっとは見直したワ」

「いったい、どうして……」

 報告書にはまとめたが、いくらなんでも早過ぎないだろうか。

 シェラの心からの疑問には、騎士団長のアルフレッド、黒い髪に銀色の隻眼を持つ男が答えた。

「昨日は大騒ぎだったんだ、下町でも……王城でも魔族の襲撃があった」

「はっ⁉ 王城⁉」

 シェラの素っ頓狂な声に、アルフレッドは苦笑する。

 ローレントは眉一つ動かさず、じっとジェシカを睨みつけている。

「狙われたのはリヒト殿下だったが、無事に撃退。そう、撃退したことになった」

 嫌な予感がしはじめた。シェラを拾って騎士に育てたようなひとだ。

 いや、彼が色々な方面に根回しをしているのを知っていたから、狙われたのかもしれないが……いや、ジェシカのことを思えば、そちらも接触をはかりに来たというのが正しいのだろう。

 アルフレッドは苦笑をうかべて予想通りの言葉を続けた。

「あの時の殿下と言えば、驚くでもなく微笑んでさえいた。理由は対話を試みようとしていた相手のほうが、自分からやって来たからだ。殿下はこの者たちと手を組むそうだ、ジェシカともう一人は……隠密行動を主体に動いてもらう、これからは仲良く仲間だ、斬り合いになったりしないでくれよ。これは命令だ」

 主にローレントを制するように言うと、アルフレッドは机の上で指を組んで言う。

「ローレント、おまえもここに呼ばれたのは……そうだな、まず、シェラの秘密を知ったからだ。その時点で、おまえの運命もある程度決定づけられた」

「……承知しています」

 ローレントの声は静かだったが、ジェシカに対する確かな敵意があった。

 彼は彼女を警戒するように、視線を少しもはずさない。

 一方シェラは、内心で大きなショックを受けていた。

 まきこみたくなかったのに、やはりこうなってしまうのだと。

 アルフレッドはローレントの返事に静かに頷いて言葉を続ける。

「そうか、なら話は早い。シェラが男に紛れてここへやって来たのは、内通者を炙りだすためだ。それにおまえも協力するように、これも命令だ」

「分かりました」

 敬礼するローレントの隣で、シェラは罪悪感を覚えていた。

(うう……私が不用意に鍵をかけなかったばかりに……ローレントまでこんな形でまきこむことになるとは……)

 あの時の自分が目の前にいたなら襟首を掴んで怒鳴ってやりたい。

 くらくらとめまいを感じていた彼女に、アルフレッドが気の毒そうに視線を向ける。

「シェラ、内通者に関して有力な情報は何か得られたか?」

 ふと、その言葉で現実に引き戻され、彼女は首を横に振る。

 そうだった、今は罪悪感にひきずられている場合ではないではないか。

「いいえ、残念ながら……その、何も……」

 できることなら、一つくらい何か情報を掴みたいものだが、その相手はまったく尻尾を出さないのだ。

 その会話を聞いていたジェシカが赤い髪を払いながら、ため息混じりに言う。

「バカねェ、大真面目に探してどーするのよ、さっすが人間のアタマだわ」

「どういう意味です?」

 一応、真面目に探してはいるのだが、成果らしい成果がないだけにぐさりとくる言葉だ。

 彼女には何か情報があるのだろうかとシェラが視線を向けると、ジェシカはニヤリと嫌な笑みをうかべた。

「そもそも、その内通者って人間なわけェ? そいつも魔族っていう線はないの?」

 その言葉にシェラは薄紫の双眸を見開いて、首を横に振る。

「馬鹿な、どうやって騎士団に紛れ込むというのです?」

「バカはあんたよシェラ。魔族にとって人間の腐ってるような目をちょろまかすことなんて簡単なんだから、人間に擬態することもね」

「――は?」

 想定外の言葉に、シェラはぽかんとしてジェシカを見つめる。

 思えばシェラはたくさんのことを短期間に学んだが、魔族の生態については明らかになっていること自体が少なく、知らないことのほうが多い。

 つまり、シェラ自身もよく知らないのだ。

 つい最近になるまで、魔族たちと人間たちは特に接点を持たずに暮らしてきた。

 吸血種などとの細かい諍いはあっても、大々的に戦いを仕掛けられたことはなく、そう、関係なかった、のだ。ずっと……。

 それが、ほんの数年前から争いという形で接点を持つことになってしまった。

 ジェシカは赤い髪を指先に絡めて言葉を続ける。

「でもずうっとってのは無理。必ず変身がとけるか、人間を誤魔化せない時ってのがあるわ。それは上位の者でも一緒、それでもあんたたちが発見できていないのを思うと、そいつはあんたたちが寝静まった頃に正体を現してるのかもね」

 なるほど、万能ではないのだと知って少しばかり安堵した。

「それはどのくらいのペースです?」

 シェラがたずねると、ジェシカは「うーん」と唸った。

 彼女がこういう反応をするということは、おそらく十人十色ということだろう。

 種族によってまったく違うのかもしれない。

「そこがねェ、個人差なんだけど……あたしの予想じゃそいつは狼の類ね、つまり、満月の頃よ」

 狼、と言っても、上位になれば人の形をしていることくらいはシェラも知っている。

 いつぞや荒野で相対したような、狼の形をしているものではないのだろう。

 どちらが本来の姿なのかは知らないが、上位の者は人の姿と狼の姿の両方を持っている……というのは、乏しい知識の中にもある話だ。

 人間の世界にも狼男などの昔話があるが、まさしくそれなのだろう。

 満月の夜にだけ、狼の姿に戻る。

「なぜあなたにそんな予想がたてられたのです? 何か異変でも?」

 質問を重ねると、ジェシカは蛇のような舌をだして意地悪く笑った。

「嘘をついたわ、あたしの……じゃないのよ。もう一人の仲間が鼻のきくやつでね、この騎士団から狼の匂いがするってサ。でも残り香なんですって、んでもって現在在籍しているどいつも当てはまらない、もちろんあんたたちも。ってことは……それだけ気配を消せるってこと、つまり上位の魔族だわ」

 末恐ろしい話だ。

 この騎士団の中に、最初から裏切るつもりで入隊した者が居る。

 しかもそれは、人間でさえ無い、最初から敵なのだ。

 そこで、ずっと黙っていたアルフレッドが口を開いた。

「直近の満月までは一週間ほどある、各々、覚悟しておくように。まずは相手の素性を知ることができれば上出来だ、早まって戦いを挑むような愚かな真似だけはするなよ」


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