◇発覚◆
(とは言いましても、今のところ内通者なんて目星もついていないのですけれど)
基本的には相部屋になっている騎士団の寮だが、リヒトの手配で最上階の一番隅にある一人部屋を得たシェラは、入浴をすませたあとベッドに寝転んで天井を見つめる。
この部屋だけは、浴室も完備されているのだ。
ちなみにこの階には他に居住者はおらず、つまり、シェラ一人しか居ない。
成績一位であったからだろうと、他の騎士たちは思ってくれているようだ。
それ自体、リヒトと関係のある騎士が噂でも流したのかもしれないが。
(うーん……怪しげなひともおりませんし、そもそも、どうして魔物に情報を流したりするのでしょうか)
他にもシェラと同じようにして騎士団に潜りこんでいる者が居る、けれど、彼らも目ぼしい情報を得ていないようだった。
そもそも相手がなんの目的でそうしているのか分からない。
いくらなんでも、魔物が混ざりこんでいることはないだろうが……リヒトもそんなことは言っていなかった。
ひととは違うと言っても、完全に尻尾を隠すことは魔物にもできないだろう、というのがシェラの推測だった。
(けれど、こんなに綺麗に隠し通しているというのも不自然なんですよね……いったいどうすれば、こうも完璧にできるのでしょう?)
ふと、制服から着替えていないことに気づいて、シェラは身軽な動作で起きあがり、ベッドからおりるとボタンに手をかける。
手際よくそれを外し、するすると上着を脱いで、シャツを脱げばさらしの巻かれた胸部がある。
もともと薄いので、あまり意味を成してはいないが、無ければ困るものだ。
もう少し女性らしい体型であればと思ったこともあるが、今はそれが幸いしているので何がいつ役立つか分からない。
(……とにかく、その内通者を発見しないことには進展しませんし、私の首も飛ばされてしまうかもしれませんし!)
制服の上下を脱いで、部屋着に手を伸ばした時だった。
「シェラ、居るかい」
とんとんとノックの音が響き、続いて聞こえたローレントの声にさあっと血の気が引く。
鍵を、かけてあっただろうか?
否、おそらくかけていない。
青ざめたシェラの手は不自然に固まってしまった、気が動転して、まず制服を着てしまうべきだということに思い至らない。
せめて下だけでもはいてしまえれば……いや、それでも無駄であるような気もする。
「ひっ……ローレントですか? ちょっと、待っ……!」
ガチャ、と嫌な音が響いた。
見慣れた銀の髪に翡翠の瞳を持つ彼は、じ、とシェラを見つめて……。
「……え」
と、小さな、意味を成さない声をこぼした。
本来なら男しか居ない騎士団である。ノックなどただ習慣のようなもので、返事を待たずしてドアが開いたのだ。
シェラは悲鳴にもならない声を内心であげた。
まずいと、本能が警鐘を鳴らす。下着姿では、男ではないと完全に知られてしまうようなもので。ローレントもまた、不思議そうな顔をしていたが、やがてその頬が赤く染まりバタンとドアが閉まる。
「す、すすすまない! 悪気は無かったんだ!」
シェラはその隙にさっと男物の部屋着に着替えた。今、冷静さを失ってはいけない。
冷静さを欠けば、より失態が大きくなる。
それで首を飛ばされるのは、シェラだけではないかもしれないのだ。
秘密を知ってしまえば、ローレントだってまきこまれるのに違いない。
そして着替え終わると、何事もなかったかのような顔で扉を開けた。
「どうしました? ローレント、私に何か用事でも?」
一方でローレントの頬は赤いままで、シェラから視線をそらしたまま、彼らしくない震えるか細い声で言う。
「――あぁ、いや、その……シェラ、きみにとても、とても大事な質問があるのだが……」
「質問より先に用件を話してくださいませんか?」
我ながら無理があるのは分かっているが、それでも先程のことに触れさせないように、何事もなかったかのように話の続きを促す。
先ほども思ったことだが、彼をまきこむわけにはいかないというのもあったし、シェラ自身が知られたくないというのもあった。
仲間として、友人として接してきた彼に……いまさら、女であるなどと。
しかしローレントは誤魔化されてくれなかった。
「シェラ……きみはっ、女性……なのか?」
引きつった彼の声に、しばしの間を置いてシェラは小さく首を傾げた。
「……ローレント」
ふふっと笑って、シェラはゆっくりと、低い声で言う。
「あなたは何も見ませんでした、そうですよね? 仮に女の私がなぜここに居るのでしょう? なぜここに入れたのでしょう? あなたも馬鹿でないなら事情があることくらいは分かりますね? そして……それを知ったらどうなるか、他言すればどうなるかも、お分かり頂けますね?」
それに先程まで真っ赤だった彼の表情はだんだん青くなっていく。
そう、そうなのだ。ローレントは関係ない、知るべきではない。
何も見なかったことにすれば良いのだ。そうすれば、シェラの抱える問題にまきこまれることはない。
「……あ、あぁ、なんとなく、分かるよ」
彼の言葉を受け取って、シェラはぱっと明るく微笑んだ。
「それは良かった! では、用件のほうをお願いします」