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◇少年と少女の恋わずらい◆

 翌日、シェラは少し遅めに目覚めた。

 深夜までローレントと話をしていたせいか、まだ少し瞼が重たいが、胸は満ち足りていた。

「――ん」

 ベッドの上で伸びをして、ゆっくりとそこからおりる。

 シェラは平民だったのだからと、頼みこんだためメディナとエティシャの姿はない。

 部屋に一人、遠くに見える夜の城下町を眺めて彼女は身支度を始めようとしたのだが……。

「おはようございますシェラ様」

「えっ……」

 ノックのあとすぐに二人同時にそろって聞こえるこの声は、間違いない。

 返事を待たずして扉を開けたメディナとエティシャの姿に、シェラは首を傾げた。

「あの……まさかずっと部屋の前に……?」

 シェラが問いかけると、エティシャが頷いた。

「そろそろ起床されるお時間かと思いまして、待機していました」

 さあっと体温が下がった。

 いったいそれはどのくらいの待機時間だったのだろう。

「すみません、私の我侭のせいですね……」

 落ちこんだ様子のシェラに、メディナが首を横に振る。

「そんなことをおっしゃらないでください、私たちはけっして無理などしておりませんし。いろいろなことが一気に起こってお疲れになっているあなた様の負担になのは、もっと嫌ですから」

 シェラが口を開く前に、エティシャが遮るように言う。

「そうですよ。さあさあ、支度をしましょうシェラ様」

 ◇◇◇

 今日は来客があると告げられて、疑問に思って相手をたずねると秘密だと言われた。

 城の中庭にある東屋に案内されると、そこには銀色のふわふわとした長い髪に金色の瞳を持つ少女が先に座っていた。

 誰だろう? そう思ったが、誰かに似ているような気もする。

「あ! おはようございます、シェラ様っ!」

 勢いよく立ちあがり、彼女は礼をした。

「わたし、ミュディスって言います。ドミニ……いえ、ローレント兄さんの妹ですっ」

「え……あ、初めまして。シェラと申します」

 どうりで誰かに似ていると思った。

 メディナとエティシャに促されて東屋に入り、ミュディスの向かいに座る。

 彼女はとても嬉しそうに笑って言う。

「存じております! だって兄さんの未来のお嫁さんですもの! つまりわたしのお姉さまですね!」

「――あの」

 そこまではまだ確定事項ではないのだが、ミュディスの中では確定しているようだ。

「それに、シェラ様には助けていただいたご恩もありますから」

「私が……ですか?」

 そう答えてしまってから、そういえば記憶にない間にとんでもないことをしたらしいことを思いだした。

 前王が人質をとっていたということは、ローレントはミュディスを人質にとられていたのだろう……そして、それを解放するのにシェラも役立ったということだろうか。

「ええ、わたし、ずっと恐ろしくて……だからシェラ様にも、とても感謝しているのです」

「あなたがたが恐怖から解放される役割の一つを担えたのなら、私も嬉しいですよ」

 それは心からの言葉だった。

 この国の状況をこの一年、町娘という立場から見てきて、以前の彼らがどれほど辛酸を舐めたのかもそれなりに知っている。

 酒場では、そういった愚痴も多く耳に届いた。

 もともと、人間の世界にまで手を伸ばそうと思っていたのはごく一部の少数で、ほとんどの者は自分たちの領土が安泰ならばそれで良かったのにと。

 今の王であるローレントなどは、特にそういう人物だったと聞いたことがある。

 家族と共にすごしたいと願ったために前王の不興を買い、さらに彼はその王を凌ぐほどの力を持っていたために、真っ先に家族を狙われたのだと。

「シェラ様、あの、その……お姉さまってお呼びしてもよろしいですか?」

「えぇ……っ⁉」

 けれど続いたミュディスの言葉に、シェラはびくりと肩を揺らした。

「だって、兄さんはシェラ様以外、お嫁さんになんてとらないでしょうし。ねえ、いいでしょう? わたし、ずっとお姉さまも欲しかったんです!」

 金色の瞳を輝かせて言う彼女に、シェラは両手をあげて首を横に振る。

「い、いえっ、私はその……それはどうなるか分かりませんし、今は……っ」

 そう答えると、ミュディスはあからさまに落ちこんだ。

「シェラ様は……兄さんのことが好きではないのですか?」

 それは否定できる。

 逢って間もないというのに、彼のことをとても大切に想っている。

 けれど、妃になるというのは話が別だ。

 仮にエディアナが母で、彼女が吸血種の長であったとしても、シェラ自身はただの町娘なのだ。

 返事に困っていると、ミュディスは両手を握って身を乗りだして言う。

「兄さんは本気ですよ! だって、今までもすっごく美人なひとがたくさん来ましたけど、ぜんっぜんなびかなかったのに、シェラ様のことだけは特別なんです! シェラ様に逢いたいって、ずーっと、この一年悩んでいましたし!」

 美人なひとが……。

 思わず思考が止まりかけた、余計に自分などの何がそんなに良かったのだろう。

 シェラはエディアナのように妖艶な美女ではない。

 自覚しているほど幼さの残る容姿をしているし、彼女のように豊満な胸もない。

 けれどその沈黙を別の意味にとったのか、ミュディスはさらに身を乗りだす。

「お願いします! 兄さんのお妃様になってあげてくださいっ、もともと兄さんは王の立場なんて望んでいなかったのです。どうか……支えてあげてほしいんです」

 それこそ、もっと適任なひとが他に大勢居るのではないだろうか?

「シェラ様は……兄さんが他のひとと一緒になっても、平気ですか?」

 ふと、胸に鈍い痛みがあった。

 なぜだろう、なつかしくもある言葉だった。

「えと……ミュディス様」

「ミュディスでいいです! あ、でも呼びにくければ、さん付けでも」

「ではミュディスさん。彼の妻になるかどうかは、まだ今の私には判断できません」

 シェラの言葉に、彼女はしゅんと俯いた。

「でも……彼のことを大切に想ってはいるのです。ですから、真剣に考えさせていただきます」

「本当ですか⁉ わぁ! 良かった……! ありがとうございますお姉さま!」

 シェラの言葉にきらきらと瞳を輝かせて、ミュディスは両手をあわせた。

「あの、まだお姉さまというのは……」

 一方、お姉さまと呼ばれたシェラは複雑な表情で俯いたのだった。

 ◇◇◇

 ミュディスとのお茶会を終えたシェラがメディナとエティシャと共に部屋に戻ろうと庭園を歩いていたときのことだった。

「あ……シェラ」

「イスト!」

 いつもどおりだが、ぼうっとした様子のイストが歩いてきたので、シェラは驚いた。

 彼の服装はどうしてか白い王城の兵士のもので、余計に違和感が際立つ。

「なぜあなたがここに? ジェシカは……酒場はどうしたのです?」

 シェラが問いかけると、彼はどこか沈んだ表情で言う。

「うん……今もやってるよ。ジェシカと」

「そうですか……良かった。けれどどうしてあなたは兵士の制服を着ているのですか?」

 シェラの質問に、イストは視線を彷徨わせて頬を掻いた。

 どこか言いにくそうだ。

「ええと……その……ぼくだけ、少しの間こっちに来ているだけ。シェラが心配だったから……兵に志願して」

「そうなんですか? ジェシカ一人に店を任せるのは心配ですね……」

 彼女だけで、きちんとした料理を作れるのだろうか?

 酒はとてもうまく作れるのだが、彼女は本当に料理の腕が壊滅的だった。

「シェラは……? 陛下とうまくやれている?」

 薄く微笑んだ彼の表情は、やはりどこか曇って見える。

「そ……そうですね、うまく、やれていると思います」

 頬を赤らめてシェラがそう答えると、彼は俯いた。

 その表情が前髪に隠れて見えなくなる。

「そっか……なら良かった。ぼくも、少ししたら、ジェシカのところに帰るから」

「イスト?」

 首を傾げると、彼はふっと顔をあげて、どこか諦めたように微笑んだ。

「もうすぐ満月だから……シェラ、驚くかもしれない」

「そういえば……そうですね」

 イストは満月がくると狼の姿になってしまう。

 そう思うと、今の王であるローレントも人狼だというから、狼の姿になるのだろう。

 いったいどんな姿だろうと少し興味がわいた。

「それじゃあ……また」

 そう小さく言い残して、イストはシェラたちの傍から離れた。

 普段からぼうっとしていて、のんびりしている彼ではあるが、今日は何かあったのだろうか?

 とても傷ついているような、そんなふうに見えた。

 ◇◇◇

「今日は、どうだった?」

 部屋に戻るなり、シェラはの体温と鼓動は一気に上昇した。

 なぜかシェラの部屋にローレントが居たからだ。

 しかも、帰って来るのを予想していたのか淹れたてのお茶が二人分。これでは立場が逆だ。

「あ、あの……っ、どうして……」

「時間があいたから、きみに逢いたくてね」

 彼がソファに座ると、メディナとエティシャに促されてシェラも着席を余儀なくされる。

 それを見届けると、二人は微笑ましいものを見るようにして部屋を出て行った。

「今日はミュディスと話をしたんだろう? 楽しかったかい?」

 翡翠の瞳を優しく細める彼に、シェラは耳まで赤く染めて視線をそらした。

「ええ……とても、楽しかったです」

 つい、視線が彼の優しい表情をなぞって、その首筋に向かってしまいそうになり、シェラは双眸を閉ざした。

 こくりと喉が鳴り、恥ずかしさもあいまって全身が熱い。

「おかしいな、以前のきみはここまで私のことを意識してはくれなかったのに」

 そんな彼女の耳に、低く甘い声が届く。

「もしかして……血が欲しいのかい?」

 その言葉に、大袈裟に身体が揺れてしまった。

 これではそのとおりだと言っているようなものだ。

 シェラは薄紫の瞳を開くと、おずおずと彼に視線を戻す。

 変わらす微笑んでいる彼は余裕そのもので、少し悔しさを覚えた。

「……そうだと言ったら、くださるのですか?」

 だから、ちょっとした意地悪のつもりでそう言ったのだが、彼はその言葉を受けるとゆっくり襟元を開いた。

「どうぞ。きみに求めてもらえるとは光栄だな」

「っ……じょ、冗談に決まっているじゃないですかっ」

 そうは言いながらも、首筋から目をそらせない。

 そんなシェラを見て、ローレントは少し意地悪く笑って、自分の膝をとんとんと叩いた。

「おいで。これは私からきみへの命令だ」

「――っ」

 自分から言いだしたのもある。

 また、王からの命令と言われてしまうと、逆らうのも躊躇われる。

 シェラが、じっとローレントの翡翠の瞳を見ると、彼はにこりと微笑んでまた膝を叩いた。

「……あの、本気ですか?」

「もちろん」

 シェラがたずねると、彼は頷いた。

 これは、もし膝の上に行かなかったらどうなるのだろう。

 しばし考えたが、シェラは誘惑に耐え切れずに席をたった。

「いい子だね、シェラ」

 そして彼の膝の上に乗ると、その整った顔を見あげる。

「ん」

 優しく頭を撫でられ、彼から感じる良い匂いに瞳を細める。

 吸血行為をするのは初めてだ、けれど本能的にその方法を知っているような気がする。

 シェラは誘われるように彼の首筋をぺろりと舐めると、ゆっくり牙をたてる。

 やがて口内に満ちる甘い味に、恍惚とした表情でシェラは彼の血を啜る。

 そんな彼女の髪を優しく撫でながら、ローレントは少し苦しそうな声音で言った。

「っ、おいしいかい? シェラ……」

「……ん、はい」

 吸いすぎてはいけない、そう思って、名残惜しさを感じながらシェラは残った血を舌先でなぞる。

 小さな赤い舌が幾度も皮膚を舐めるのがくすぐったいのか、ローレントの身体が小さく揺れた。

「シェラ、もっと吸っても大丈夫だよ。私は他の者より身体が頑丈だからね」

「だ、めです。私が、おかしくなってしまいそうです……から」

 くらくらする、それは酩酊感によく似ていた。

 口内に残る血の味は甘く、蕩けてしまいそうだ。

 無意識にちゅ、と音をたてて彼の首筋にキスをすると、さきほどより妖艶な雰囲気をまとってシェラはローレントの翡翠の瞳を見あげる。

 彼女は薄っすらと頬を赤く染め、浅く甘い呼吸をくりかえす。

 とろんと目じりをさげたシェラの表情に、彼の瞳にわずかに欲の色が滲む。

「ローレント……痛かった、ですか?」

 シェラが甘えるように問いかけると、彼は苦笑をこぼしてその頬に手を伸ばし、ゆっくりと彼女の首筋をなぞる。

「シェラ、ヴァンピールの吸血はね、痛くないんだよ」

「そう、なんですか……?」

 頬や首筋をなぞられてくすぐったい、シェラが身体を震わせると、ローレントは彼女をきつく抱きしめた。

「そう、痛くはないんだ」

「?」

 は、とは、どういう意味だろう?

 シェラ自身は吸血をしたのも今回が初めてで、されたこともないので分からない。

 不思議そうに瞳をまたたいた彼女の背をそっと撫でて、ローレントは瞼を閉じた。

「――いや、いい。今はまだ……」

「どうしたんです?」

 きょとんとしているシェラと少し身体を離して、その顔を見つめて彼は微笑む。

「なんでもないよ」

「そんなふうに言われると、気になるじゃありませんか」

 シェラが食いさがると、彼は困ったように笑う。

「いつか教えてあげるよ。そうだな……きみが私の妻になることを受けいれてくれたときにでも」

「な、なんですそれ……ずるいじゃないですかっ」

 その言葉に戸惑うシェラの髪を撫でて、ローレントは小さく笑った。

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