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◇二人の空白◆

 結局逃げだすこともできず、連れて来られた城は宵闇につつまれていた。

 どうやら、人間の世界に近い田舎と違って、首都は夜が明けないらしい。

 シェラは連れてこられるなり、待っていましたと言わんばかりに微笑みをうかべたメイド二人に連れられて部屋に案内され、そこで強制的にドレスに着替えさせられたうえに、髪も三つ編み巻きのように綺麗に結われてしまった。

「あ、あの……っ、私……えと、陛下は……」

 シェラが焦って口を開くと、金色のおかっぱ頭に青い瞳のメイドが微笑んで言う。

「あのかたはあれで正気ですので、ご安心くださいませ」

 双子なのだろうか、同じ金色の髪にやはりおかっぱ頭、赤い瞳のメイドが言う。

「陛下は長い間、あなた様にお会いになることを躊躇って……でもやはり、お妃様にはあなた様しか選ばないと」

 二人の言っていることがまったく理解できない。

「あの……人違いではないのですか? 私……初対面なのですが」

 二人は顔を見合わせて、シェラの薄い紫のドレスを整えながら同時に言う。

「いいえ? あなた様で間違いありませんシェラ様。私たちを圧制から救ってくださったおかた」

 余計に誰のことを言っているのか分からない。

 シェラには記憶がないが、いつの間にそんな偉いことをしてきたのだろう。

 酒場でジェシカたちとすごしてきた記憶しかない彼女は、いい加減混乱も限界になってきていた。

 そんなシェラの心を勘違いしたのか、青い目のメイドが口を開く。

「あ……! 失礼しました、私はメディナ、こちらは妹のエティシャです。私たち、双子なのですが、これからはシェラ様の側仕えとして働かせていただきます」

 側仕えという単語にさあっと血の気が引いていく。

 人違いだ、間違いない、これはもう正直に話すしかない。

「ええと……人違いだと思うんです、私はそんなすごいことはしていませんし。ローレントというかたも知りません。きっと、私ではない誰かと勘違いなさって――」

 けれどその言葉にまた双子はぴったり同時に答える。

「いいえ? あなた様で間違いありません。ジェシカ、イスト、エディアナ様はずっとあなた様を見守るのと同時に、守護していたのですから」

「え……?」

 見守る? 守護していた?

 不思議そうに首を傾げたシェラの耳に、ノックの音が届く。

 するとメイド二人はそっとシェラの背中を押して扉のほうへ向かわせる。

「あ、あの……?」

 二人が扉を開くと、そこにはローレントという名前の青年がいた。

 というより、シェラから見れば王様である。

 そのことにまた血の気がひいて、けれど同時に切ないような胸の疼きを覚えた。

「……とてもとても、可愛らしいよシェラ」

 口もとに手をあてて、彼はじっとシェラを見つめている。

 そのことが恥ずかしくてたまらなかったが、それより、とシェラは懸命に彼の翡翠の瞳を見あげて言う。

「あ、あの……陛下……私……は、その、あなたが探している、ひと、では……」

 途切れ途切れの言葉を遮るでもなく聞いていた彼は、寂しそうに瞳を細めてシェラの細い身体を抱きしめた。

 それに驚いて、悲鳴をあげそうになるのを堪える。

「っ」

「きみだよ。きみを間違えるはずがない」

 銀色の髪が擦れてくすぐったい。

 シェラはおかしな声がでそうになるのを抑えて、ローレントの肩を押す。

「い、いいえ、だって私は……」

「記憶が、ないだろう?」

 ふと、彼が耳元で甘く切なそうに囁いた言葉に、はっとする。

 そういえば、シェラはここに来るまでにどこに居て、何をしていたのか何も覚えていない。

 ということは、知らないうちに圧制から人々を解放したり、この青年と知りあったりしていたのだろうか?

「思いだしてほしいけれど、無理にとは思っていない。今のきみにも好きになってもらえるように努力するから……私の傍に居てほしい、シェラ」

 それはどういうことだろう?

 シェラとローレントは以前、恋仲だったのだろうか?

 いずれにせよ、記憶にないことだ。

 彼は好きになってもらうように努力するというが、きっとそれは必要ない。

 シェラはすでに恋をしているのだと、思う。

 状況にはまったくついていけないが。

「ダメ……かな?」

 甘えるようにシェラの顔を覗きこんだローレントの瞳、そしてその声に、彼女は頬を真っ赤にそめて視線を逸らした。

「だ、だめ……というより、陛下が、本当にそう望まれるのでしたら……」

 人違いでないのだったら良い。そう思って返事をしたのだが、ローレントは不満そうに呟く。

「陛下……」

「え?」

 シェラの頬を両手でつつみ、彼はシェラの額にキスを落として言う。

「私のことはローレントと呼んでほしい。陛下、なんて他人行儀に呼ばれると……つらいよ、シェラ」

 胸が締めつけられるほど切なそうな声に、シェラは耳まで赤くして薄桃色の唇を開く。

「あ、の……だって……陛下……の、お名前は、ドミニク、では……?」

「ローレントと呼んでほしい、きみには……我侭かな?」

 じっと翡翠の瞳に見つめられて、緊張と羞恥から思わず目をつむる。

「い、いえ、陛下がっ……そう望まれるのでしたら……」

 がちがちに固まったシェラの髪を優しく撫でて、彼は言う。

「じゃあ、今すぐに呼んでほしい」

「え……えぇっ……!」

 想定外の言葉に驚くと、ローレントは不思議そうな顔で彼女を見つめる。

「何かおかしなことを言ったかな?」

「い、いえ、ですがその……勇気というか……」

 しどろもどろに答えたシェラは、しばし考えたあと、ぎゅっと拳を握ってか細い声で言う。

「ロ……ローレント?」

 上目遣いで見あげる彼女に、ローレントはもう一度その細い身体をきつく抱きしめた。

「シェラ、嬉しいよ。夢を見ているようだ」

「っ、ぁ、あのっ……」

 本当に、本当に嬉しそうな彼に、シェラは焦った。

 名前を呼んだだけで、こんなにも喜んでくれるとは思わなかった。

 慌てふためくシェラを気の毒に思ってか、メディナが口を開いた。

「陛下、そろそろお時間です」

「……もう、か。もっと一緒にいたかったのにな」

 小さなため息を吐いて、ローレントはシェラを解放した。

「王の座になど興味はないから、欲しい者が居ればいつでも譲ってやるのに」

 それには赤い瞳のエティシャが無表情のまま口を開く。

「それはむずかしいでしょう。前の王がそうであったように、新しい王が生まれてもあなた様が生きている……それだけで脅威です、シェラ様もまきこまれますよ」

「……そうだった。本当に、無駄な力など持つものではないね、損ばかりするよ。愛しいひととの時間まで奪われる」

 三人の会話を聞きながら、シェラは胸に手をあてて早まる鼓動を抑える。

(わ、私は……っ、いったいこのかたとどんな関係だったんです⁉)

 愛しいひとというのがシェラのことであれば、身に覚えがない。

 いや、なくなっているだけなのかもしれないが。

「そのお力があればこそ、シェラ様のことも守れるのです。そう思って、さあ、お仕事です」

 青い瞳のメディナがシェラとローレントを引き離し、彼を部屋の外に追いだす。

 ◇◇◇

「あの……私とあのかたは……ローレントは、どんな関係だったんですか?」

 彼が部屋を出て行ってしばらく、自由にすごしていいとは言われても、傍にはずっとメディナとエティシャがついている。

 どうにも落ちつかず、シェラは椅子に座って本を手にしたまま、唇を開いた。

「どんな……ですか」

 困ったような顔をするメディナ。

 それにエティシャが淡々として言う。

「あなた様は、前の王が死ぬ日まで人間の世界で、人間の騎士として我々と戦っていました」

「――え」

 愕然とするシェラを見て、メディナが咎めるようにエティシャの肩を掴む。

「ちょっと! エティシャ!」

「事実です。情報に誤りはありません。なお、陛下もその頃は前王にご家族を人質にとられ、人間の騎士団に密偵として入り込んでいました、お二人はそこで出会ったのです」

 シェラはまた混乱しはじめた思考の中でも冷静さをたもちながら、エティシャに問いかける。

「……えっと、私はなぜ、人間の世界に居たのでしょう?」

 なぜそこに居たのかが疑問だったのだが、やはりそれにもエティシャが答える。

「あなたの傍にいらしたエディアナ様は前王の妻ですが、あなたはエディアナ様の前の旦那様との間に生まれた子。前王はあなたを疎み、ヴァンピールとしての素質を封じて人間としてあちらの世界に捨て置きました」

「それって……エディアナさんが私の母だということですか?」

 驚きというレベルではない。

 似ているとはこの一年間も言われてきたが、信じられない。

「ええ、あなた様は正統なるヴァンピール一族党首の娘です、ですので、陛下とも充分つりあいます」

「あの、いえ、問題はそこでは……」

 彼とつりあうか否か、それはあとあと考えようと思っていたことだ。

 今はまだ、状況についていくのに精一杯で、妃になるだとかそんなことは考えられない。

 そもそもエディアナはそんな立場だったのかと、今日初めて知った。

 前王の妻であり、ヴァンピールを束ねる立場にある女性であり、実母であったなんて。

 エティシャを咎めるように、メディナが口を開いた。

「もうっ! 申し訳ありませんシェラ様、お疲れでしょうにエティシャが……」

「いいえ、聞きたいです。聞いたのは私ですし……でも、気づかってくださってありがとうございます」

 シェラが微笑むと、メディナは恥ずかしそうに視線をそらした。

 続けてシェラは質問をする。

「今、ローレントが王になっているということは、前の王は彼に倒されたのですよね? でも、あなたがたはさきほど私が圧制から救ったとおっしゃいました。あれはどういうことでしょう?」

 人間の騎士として動いていたのなら、騎士として討ち取ったか、何かしらの功績をたてたのだと考えるのが妥当だが。

 人間としてのシェラに倒されるようなまぬけな王が、そもそもこの世界で王になれると思えない。

 この質問には、メディナが答えた。

「あなた様は、人質にとられたのです……けれど、その際、前王をまきこんでの自爆をはかったのです。あなた様も、かの王もそれで瀕死に、息の根を止めたのは陛下ですが」

 なるほどなんとなくことの顛末が分かってきた気がする。

「では、私はその時にローレントの血をいただいたのですね?」

 エディアナが以前言っていた意味深な言葉とも繋がる。

 シェラはローレントの血以外知りたくないのだろうと、彼女は言った。

 しかしエティシャが首を横に振った。

「いいえ、それは正しくありません。あなた様にすでに意識はなく、陛下が独断で行ったことです、あなた様を……死なせたくなかったのでしょう。あのかたは、その選択が正しかったのか……悩んでいらっしゃいます」

 その言葉に、怒りや恨みなどは特になかった。

 それまでの記憶はないのだが、彼のおかげで楽しい一年がすごせたのだろうし、何より、またローレントに出逢うことができた。

 そう思うと、切なさと愛おしさを覚える。

 きっと、彼は悩んだのだろう、短い時間の中で。

 もしかしたら、シェラに軽蔑されるかもしれない、恨まれ、憎まれるかもしれない。

 その可能性も分かったうえでそうしたのだろうと思うと、きちんとした感謝を伝えたかった。

 その選択が正しかったのか悩んでいると、たった今、エティシャが言っていたのだから。

「シェラ様……陛下のこと、どうか疎まずにいてほしいのです」

 メディナの懇願するような言葉に、シェラは苦笑をこぼして首を横に振った。

「その心配はいりませんよ。私は……彼のことを大切に想っています」

 シェラの言葉に、メディナとエティシャは顔をみあわせて、嬉しそうに笑った。

 そうきっと、シェラはとっくに彼に恋をしていたのだ。

 記憶はないが、きっと、人間として生きていた頃から。

(あなたと会いたい……)

 会って、きちんとお礼をしたい。

 ◇◇◇

 その夜、シェラが眠ろうと支度をしていると、ノックの音が部屋に響いた。

 ただの町娘として生きていたシェラにとっては、さすがに疲れるのでメディナとエティシャには離れてもらったのだが、彼女たちだろうか?

 そう思って扉を開けて、シェラは薄紫の瞳を見開いた。

「こんばんは。どうしてもきみに会いたかったんだ」

 優しい微笑みをうかべてそこに居たのは、ローレントだった。

「――陛……いえ、ローレント」

 思わずまた陛下と呼びそうになったが、彼の表情が悲しげに歪んだのを見て慌てて言い直す。

「もう眠るところだったかい?」

「いえ……あなたとお話をしたいと思っていましたので、ちょうど良かったです」

「私と……? 嬉しいな、どんな話だろう?」

 心があたたかくなるような笑みをうかべた彼を部屋に招きいれて、向かい合ってソファに座る。

 お茶でもだせればいいのだが、シェラが働いていたのは酒場だ。

 酒の類は用意できても、高貴なひとにだすお茶の淹れかたは分からない。

「シェラ、私に気をつかう必要なんてないよ。きみによそよそしくされると、少し寂しいんだ」

 そんな心中を見透かしたようにローレントが言い、シェラは驚いた。

 傍目にも分かるほど考えこんでいただろうか。

 ともかく、そう、彼が今も悩んでいるということについて、シェラからきちんと言わなければならない。

「ローレント、私はもともと人間だったと聞きました」

 そう告げただけで、彼の表情が強張った。

 拒絶されるのを恐れるように、翡翠の瞳が悲しそうに揺れる。

 だからこそ、シェラは早口に言う。

「私はあなたを責めるつもりなんてありません。あなたに助けてもらえて良かった。あなたのおかげでこの一年生きられましたし……それに、またあなたと会えました」

 最後の言葉は気恥ずかしさを伴うものだったが、言わねばならない。

「きっと、以前の私にとってあなたは大切なひとだったのでしょう。それは……その……今も、変わっていません。ですから――」

「シェラ」

 言い終える前に、ローレントの声が響いた。

 不思議に思って見つめると、彼はかすかに頬を赤く染め、口もとを手で隠して小さく咳払いをした。

「それは……今も変わっていないというのは……本当かい?」

「あ……」

 言われて気づいた。

 これではまるで、愛するひとに告白でもしてしまったかのようだ。

「あ、あぁああの! これは、その、ええと……」

 シェラが焦りと混乱に苛まれている間に彼は席をたち、彼女に近づくと、その長い黒髪を撫でて額にキスをした。

「もしも本当に、今も同じように想ってくれているのなら……とても嬉しいよ。わたしのしたことはあまりにも身勝手な行いだ。きみの意思を無視して、人間としてのきみを……きみの思い出を奪ってしまった」

 ローレントはそっと、シェラの薄桃色の唇を指先でなぞった。

 それがくすぐったくて、みじろぎをする彼女を愛おしそうに翡翠の瞳が見つめる。

「きみに軽蔑されてもしようがないと思っていた、恨まれることも、憎まれることも覚悟はしていた。だけど――」

 鼻先が触れあうほどに近づき、唇にあたたかい感触が触れて、シェラは思わず双眸を閉ざした。

 心臓が大きく、早く、鳴り続けている。

 不思議と、嫌だとは思わなかった。むしろ、心地良い。

「そう言ってくれるなんて……思ってもいなかった」

 ローレントは柔らかく微笑んで、シェラの髪にもキスをする。

 その表情は本当に幸せそうなもので、つい、じっと見つめてしまう。

 一年の間、ずっとそのことを気に病んでいたのだろうかと思うと、切なくなる。

 シェラは躊躇いながらも、ローレントの頬に手を伸ばした。

「伝わったのでしたら、もうそのことで自分を責めないでください。私は、本当に嬉しかったのです。この一年の間も、とてもとても……楽しかったですし」

「エディアナたちからある程度聞いてはいたよ。だけど、もし良ければ……きみの口から話してほしいな。一年間のことを」

 もう少しだけ、彼と一緒に居られると思うと、胸が高鳴る。

 シェラは小さく頷いた。

(あぁ、きっと私は……)

 このひとのことがとても大切なのだ。きっと、以前も。

 ただ一緒に居られるというだけで、幸せを噛み締めるほどに……離れがたいと思うほどに。

 このひとと離れ離れになるのは嫌だ、どうしてか、そう思った夜だった。


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