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◇アイタイ◆

 ……困ったことが、起きた。

 誰に聞いても「ローレント? 誰だ、そいつ?」皆が皆、そう答えるのだ。

 まるで、ローレントという騎士が最初から居なかったかのように。

 話が通じるのはシェラ、ジェシカ、イスト、エディアナ、そしてリヒトだけだった。

 けれどどの道、大勢の兵を連れて行くことはできない。

 王宮にあるリヒトの部屋で、シェラは彼の言葉を待っていた。

「……しようがない、一部の者には理由をつけて途中まで護衛させよう。だがシェラ、最も危険な任務……救出に向かうのはおまえと、ジェシカ、イスト、エディアナの四人だけになる」

 人間と魔物は基本的に争いあっている現状だ。

 その中で、彼らを助けに行くという任務に納得できる者は少ないだろう。

 それが犠牲を最小限に抑える道であっても。

 最悪、相手から仕掛けられれば見境無い戦闘になってしまう可能性がある。

「承知致しました。最善を……尽くします」

「シェラ、この中でおまえだけが人間だ。いいのか?」

 リヒトの言わんとするところが分からないわけではない。

 俯いたシェラに、リヒトは自分の首筋を指さす。

「吸血すれば、おまえはヴァンピールとして目覚めることができるんだろう? そのほうが、命の危険は少なくてすむぞ」

「……いいえ、私は、ひとのままでいいのです……死んだとしても。私が人間としてここに居るのは、少なくとも、新しい父となったひとに疎まれたからです。私が魔族に戻れば、そのひとは……私を、そして私の仲間を、殺そうとするでしょう。私一人では、全員を守ることはきっとできません」

 そう告げると、リヒトはため息を吐いた。

「……分かった。おまえの無事を祈ろう」

「はい」

 頷いた彼女を見て、リヒトはしばらく迷っていたようだが、やがて口を開いた。

「だが、シェラ……万が一のためだ、使わずにすめばいいのだが……これを持っていけ」

「? これは……」

 渡されたのは、小さな紙片のようなものだったが、魔術の類が封じられているようだ。

「エディアナに作ってもらった。爆弾のようなものだ、護身用だと思って持っていけ」

 シェラはそれに困ったように小さく笑って、受け取った。

「……使わずに、すめば良いですね」

「あぁ、私もそうあってほしいと願っている」

 リヒトは寂しそうに微笑んで、シェラの頭を撫でた。

 ◇◇◇

 ……それが、しばらく前のことになる。

 ジェシカ、イスト、エディアナと共に孤島に向かったシェラは、盛大な出迎えを受けることになった。

 処刑場の陰になるところに船をとめて、すぐのことだった。

「あぁ、やっぱりねェ」

 ジェシカが呟いたのと、大勢の足音が聞こえたのは同じくらい。

 視線を向けると、黒く長い髪と同じ黒の瞳を持つ男と、その周囲には敵の騎士らしき人影が多数。

「エディアナ、裏切ったな」

 男が口を開くと、エディアナは表情を歪めたが、すぐに、氷のように冷たい微笑みをうかべる。

「……裏切る? 何をおっしゃいますの……?」

 薄く微笑みをうかべて、彼女は続けた。

「わたくしたち、いつから信頼しあっていたのかしら? わたくしはただ、あなたの宝石だった、そう……数ある宝石の中の、ひとつだった――……そして、わたくしにとって、あなたは……」

 エディアナの赤い爪が鋭く尖り、彼女は黒いドレスを踊るように翻して臨戦態勢を取る。

「……あなたは……あのひとの仇であって……愛しいエトワールを陥れた、憎い相手」

「なるほど。躾けが必要なようだ。エディアナ以外は全員殺せ!」

 男の声を合図に、一斉に敵が押し寄せてくる。

 シェラもダガーを構え、その前にイストとジェシカが立つ。

 ジェシカはイストに目配せをすると、明るい笑みをうかべて……けれど後半は冷たく低く言い放った。

「盛大な歓迎アリガトー! あいつの仇を……取ってやるわ! イスト! あんたとシェラは処刑台に行って!」

「分かった」

 短くイストが答えて、シェラに視線を向ける。

 気がかりは一つだけ、ここでシェラたちを待ち構えていたということは……すでに人質を処分した可能性がある、ということ。

 二人は敵を避けながら処刑台に向かって走りだした。

「……あの娘、エディアナの……」

 その後姿を目で追って、黒髪の男は歪に嗤った。

 ……処刑台そのものは切り立った崖の上にある。

 自ら追い詰められるようなものだが、それでも行かなければならなかった。

 急な斜面を駆けあがり、辿りついた場所には意外な光景が広がっていた。

「――これは」

 そこには、無数の遺体が転がっていた。

 斬首、火刑、殺し方は様々だったのだろう。

「まさか……っ、これって……!」

 シェラは震える声で呟き、ダガーを落としそうになった。

「……間にあわなかった……?」

 イストも呆然として、その光景を見ていた。

 そんな二人のうしろで、拍手の音が響いた。

「実に勇敢だ、敵地にこれだけ少数の部隊で飛びこんでくるとは……援軍でも期待していたか?」

 それは先ほどの男の声だった。

 二人がふりかえると、男は首を傾げてみせる。

「そう、たとえば……あの妹想いの馬鹿な狼でも? 愚かだ、実に愚かな男だったよ。私を凌ぐほどの力を有しながら、家族と共に平和にすごせればそれで良いと言い放った。なんという傲慢、とても許せたものではない……だから、ほら」

 男が引きずりあげた黒こげの死体は、少女のようだった。

「――あなた、まさか」

 シェラが双眸を見開き、震える唇を開く。

「あいつは今頃、おまえたちの仲間を引き裂いている頃だろう……そしてそのあとは……」

 男の言葉に、シェラは歯を食いしばり、ダガーを構えた。

「許しません、絶対に――!」

 地面を蹴って、無謀と分かっていても斬りかかる。

 こうなった以上、どうせもう全員が殺されるのだ。

 そう……魔族の援軍でも来ない限りは。

 けれど、ローレントはきっと戦意を失ってしまう。

 髪を結ってくれたときの、彼の優しい顔を思いだせば、どれほど傷つくか容易に想像できてしまうのだ。

 けれど予想に反して、男は避けることもせずに歪な笑みをうかべるとシェラの腕を掴んだ。

「……これだから、脆弱な人間と低級な魔物は」

「え――」

 ――足音が聞こえる。

 そして、景色が歪む。

 処刑場に死体は無く、たくさんの人形が転がっていた。男の足元にも。

 腕を掴まれたシェラの視界には追いついたエディアナたちと……ローレントの姿があった。

 そのうしろには、彼らの身内だと思しき少女や少年の姿がある。

 つまりあの惨状は……幻。

「愚かだなエディアナの娘、どこの馬の骨とも知れぬ男との間に生まれた子だからと捨て置いたが、よもやこんな形で役立ってくれようとは」

(まさか、最初から――このつもりで!)

 最初からこの男は、シェラを人質にするつもりだったのだ。

 それに気づいたときには遅く、腕を捻りあげられ、骨の軋む音がする。

「……っ、く、この……っ!」

 地面から足が浮き、せめて自害してやろうと舌を噛もうとすれば、その前に骨が折れる嫌な音と激痛が走った。

「――ッ!」

「シェラ!」

 ローレントとエディアナ、それにジェシカとイストが同時に名前を呼ぶ。

 男は歪に嗤い、あいた手でシェラの首筋にナイフをつきつけた。

「ドミニク、おまえの策は見事だったよ。だが詰めが甘かったなあ……この小娘を殺されたくなければ……エディアナ以外の裏切り者をまとめて始末しろ」

 男の言葉に唇を噛んだローレントの隣で、エディアナが歪に嗤う。

「まあ……わたくしだけは助けてくださると言うの? お優しいこと……今度こそ、殺してさしあげるわ」

「いいのか? この娘がどうなっても」

 ぐったりとしたシェラの喉から血が流れたのは、男のナイフが皮膚を裂いたからだった。

「こいつはこれからも生かしてやる、ずっとだ」

 エディアナは双眸を見開き、血が滲むほど強く拳を握る。

 しかし、その場に響いたのはシェラの小さな笑い声だった。

「……あ、はは……そんなに、うまくいくといいですね? 両腕を拘束しないなんて……あなたこそ、詰めが甘いのではありませんか?」

 そう、男の余裕はシェラの小さな言葉のあとの……。

 大きな爆発で霧散した。

 シェラが、懐に隠していた、リヒトから渡されたあの紙片のような爆弾を使用したためだ。

 男の腕から解放され、シェラの細い身体が衝撃に吹き飛ぶ。

 しかし致命傷であるのは、言わずもがな明らかだった。

 時が止まったかのように全員が呆然としていた。

 けれど、真っ先に我を取り戻したローレントが倒れこむシェラを抱きかかえる。

「シェラ!」

 悲鳴のような声が遠くに聞こえた。

 意識は混濁し、すでに闇に包まれ始めている。

(痛い……苦しい……)

 それだけが、彼女の意識だった。

 ――血が、欲しい。


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