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◇外伝:不思議な少女◆

 ドミニク、という人狼の青年は、地位や権力というものにとことん興味がなかった。

 有り余る魔力と能力をもてあましながらも、ただ家族と平穏にすごすことを望んでいた。

 彼に、王を目指すように言う者も居た。

 その力に魅了されて、寄ってくる女性も大勢居た。

 けれど、そのどれにも彼は興味がなかった。

 ある日、屋敷の庭にある東屋で本を読んでいると、幼い少女の呼び声が聞こえた。

『兄さん、兄さん、髪がぐしゃぐしゃになっちゃったの』

 泣きながら、妹がそう言って走ってきた。

 同じ銀色の髪に金色の瞳をした妹の、ツインテールに結った髪はたしかにリボンもほどけて悲惨な状態になっていた。

『いったい、どこに潜ってきたんだい?』

 彼は苦笑をこぼして、膝に乗った妹の髪を丁寧に結いなおしていく。

『いいかいミュディス、あんまり危ないところへは行ってはいけないよ?』

 それは事実だった。どんなに強い力があっても、彼にとっての最大の弱点は家族であったから。

 けれど妹、ミュディスは空返事を返す。

 それが、もう数年前のことになる。

 ◇◇◇

 家族を人質にとられ、ローレントと名乗って人間の世界に紛れこんでしばらく。

 騎士団に不自然な少女がやって来た。

 周囲の人間たちは気づいていないようだが、彼女は女性だ。

 それに、かすかにヴァンピールの香りがする。

 吸血種は、獲物を誘き寄せるために相手を魅了する香りを放つ、それが、彼女からもするのだが……人間なのだ。

 シェラ、と名乗った彼女からは、かすかに高貴な者の匂いもしていた。

 長い時間、王宮などに居たのだろう。

 不自然だ。何もかもが。

 それに、何より……彼女の薄紫の瞳といい、夜の闇のように艶やかな黒い髪といい……吸血種であることといい……壊れた王妃が捜し求めている、娘なのではないだろうか?

 他人の空似というにのには、あまりにも似すぎている。

 もしそうだとしたら、エディアナとの取引に使うことができる。

 せめて妹たちを、地下牢から外に出すことができれば……あるいは救出できる可能性はゼロではないのだ。

 そう思って、ローレントはシェラという不思議な少女に近づいた。

「やあ。成績、一位で入隊したんだってね」

「――え? あ、はい、そうです」

 声をかけると、彼女はやはり男性とは思えないほど高い声で答えた。

 いくら華奢で、少年でも通る容姿だとはいえ、これに誤魔化される人間たちはいかがなものだろうか。

「私はローレント、きみの名前は……シェラだったね」

「ご存知なのですね。あなたは私の先輩になるのでしょうか?」

 シェラの言葉に、ローレントは首を横に振る。

「上下関係は好まない、私ときみはただの仲間だ」

「ふふっ……変わったかたですね、では、お言葉に甘えさせていただきますよ?」

 吸血種の本質から放たれる甘い香りや、耳に残る愛らしい声。

 上位部類にあたるローレントでさえ、誘惑されそうになってしまうほどの強い性質。

(この子は……やはりあのかたの……)

 エディアナの娘でなければ説明がつかない。

 かつて吸血種たちを束ねる者であった、エディアナ。一人で数千の兵を相手取れるという彼女の。

 それからローレントは、エディアナの娘を喪うわけにはいかないと、シェラを守るように、共に行動することが多くなった。

 最初はそれだけが目的で、それ以上もそれ以下の感情もなかった。

 しいて言えば、仮初のものだとはいえ、仲間だという意識ぐらいの。

 けれどいつしか、ローレントは確かに、彼女に仲間以上の感情を抱くようになっていった。

(……私も吸血種の香りにあてられたのだろうか?)

 一時はそう思うこともあったが、それならば効果がこんなに持続するはずがない。

 一定時間離れればとけるものであるし、こんなに長く続くはずも、こんなに心乱されることもない、はずだ。

「ローレント、お時間がありましたら、私と勝負していただけませんか?」

 それはある日、訓練場でシェラが申し出てきたことだった。

「なぜ、私に? というより、きみはそんなに弱くないだろう?」

 問いかけると、彼女はじっとローレントを見あげて言う。

「だって、あなたは私より強いじゃないですか!」

 ローレントとしては、女性である彼女に木刀とはいえ剣を振るうのが躊躇われたのだが。

 それに、彼女のあの白い柔肌に、打撲でもさせてしまったらと思うと、耐えられない。

「そんなことはないよ、戦い方が違うだけだ」

「む……ダメ……なんですか?」

 小さく、愛らしく首を傾げて、ローレントをまっすぐに見つめる薄紫の瞳に葛藤が起きる。

 彼女がそうしたいというなら、叶えてあげたいのだが。

 万が一にも怪我をさせてしまったらと思うと……。

 手を抜けば、彼女はすぐに見破るだろうし。

「……分かった、一本勝負だよ?」

 そう答えたときの、彼女の嬉しそうな顔は今も忘れない。

 また、勝負に負けて悔しそうに唇を噛んだ彼女の可愛らしい表情も忘れない。

 彼女の仕草のひとつひとつを、愛らしく思っていた。

 ◇◇◇

 あれは自分の姿を確認するための作戦が行われた、最初の満月の日のことだ。

 彼はまず人形を用意して、それに魔術を使いローレントととして仕立てた。

 そして本来の姿に戻るときにも、人形と本体を同時に動かしていた。

 シェラは、ローレントの姿の、ひとつの側面である銀狼を見てとても怯えていた。

 それが悲しく、切なかった。

 恐れられたことは今までにも何度もある、数え切れないほどだ。

 それはしかたがないことだというのも分かっている、けれどシェラを恐がらせてしまったことも、彼女にも恐れられる存在であることも、ローレントにとっては苦痛だった。

 そう、好き好んでこんなふうに生まれたわけではない。

 イストのように小さければ、シェラにも受けいれてもらえただろうか。

 考えてもしようがないことだと、ローレントは諦めた。

 所詮、彼女と自分は違う存在……それにいずれは、必ず別れがやってくる。

 それはアリシャが現れたときに、痛感したことだった。

 彼女は食堂でローレントの耳元に唇を寄せて、囁いた。

「だって、あなたは……いつかあの子を裏切るのですものね」

 それは現実で、それは事実だった。

 その後、シェラに「関係ない」と言い切られたとき、二度目の満月が近づいていることもあり、ある程度の覚悟を決めた。

 彼女から離れなければならない。

 彼女の傷を最低限にとどめるためにも。

 そう、近づきすぎてしまった。

 私情を優先しすぎてしまった。

 それが最終的に、誰を一番傷つけるのかも忘れて。

 愚かな自分の選択を悔いた。

 ――もしもすべてがうまくいったなら。

 その時はもう一度、シェラを抱きしめることができるだろうか?

 彼女はそれを許してくれるだろうか?

 処刑台のある孤島へ向かう船上で、ローレントは考えていた。

 ひとであるシェラと、魔族であるローレントが結ばれる可能性などないに等しい。

 それでも、諦めきれない想いを胸に抱えて。

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