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◇美しいひと 2◆

 呼び出しを受けて、シェラが王城に向かうとすぐにリヒトの部屋に通された。

 そこで彼は、それはもう楽しそうに、愉快そうに微笑みながら、足を組んで椅子に座っていたのだった。

「よく来た、シェラ」

「――あの」

 戸惑っていると、彼は席を立ち、シェラのすぐ傍までやって来る。

 本来ならありえない距離に驚いていると、リヒトはシェラの黒い髪を撫でた。

「おまえのおかげで内通者について目星がついてきた、感謝する」

「え……それは……誰なのですか⁉」

 驚いて、思わずたずねてしまってからシェラは慌てて口を手でおさえる。

「まだ話せない。おそらく捕縛は無理だろうが、犠牲を最小限に留めることも可能になりそうだ。シェラ、おまえにはあの銀の狼との戦闘において最前線に立ってもらうことになる」

「……え」

 ぞっとした。

 あの巨大な狼と相対しなければならないのか、いや、当然のことであるし、仲間が犠牲になるよりはずっと良いのだが。

「奴はおまえを殺せない、だから、最前線に立つ中におまえは不可欠だ」

「私を、殺せない? なぜです?」

「その理由は戦闘になれば分かるだろう。おまえにはこれを渡しておく」

 リヒトは近くのテーブルにあった小瓶を取ると、シェラに渡した。

 金色の液体が入ったそれは、とても美しく見えたのだが……。

「ナイフの投擲は得意なほうだったな? それは麻痺毒だ、狼の足を狙え」

「動きを止めるのですか……?」

 危険すぎるのではないかと考えたのだが、リヒトは首を横に振る。

「いいや? その程度の毒で止まる図体だとは思えない。だが、戦闘の続行は困難になるだろう、逃亡を試みる確率が高い。ひとまずは追い払えれば良い。おまえにはそのあと確認してもらいたいことがあるんだ、騎士たちの中に、おまえが攻撃した足を引きずっている者がいないかどうか……」

「――引きずっているひとがいたら、そのひとが犯人ということですか?」

「そういうことだ」

 リヒトはそう言うと、シェラを抱きしめた。

 あまりに突然のことに理解が追いつかなくなった彼女に、彼は言う。

「すべておまえのおかげだシェラ、これが成功したあとには、おまえに褒美をやろう。欲しいものがあれば言うといい」

「え? ええと……そういったものは……今は……」

 混乱して赤くなっているシェラに、リヒトは小さく笑うと身体をはなした。

「そうか。なら、いつでも言うと良い。おまえには、この任務のあとも私の手足として働いてもらうつもりでいる」

「……はい、殿下がそう望むのなら、私はそれに従います」

 彼は命の恩人であるし、シェラには特別何かしたいこともない、帰る場所も、待っているひとも居ない。

 リヒトの命令には大変なものもあるが、その分、待遇も良い。

 だから、迷わずに頷いた。

 リヒトはそれに微笑んで、シェラの耳元で囁く。

「良い返事だ。おまえには特別期待している」

 シェラは麻痺毒を受け取って王城を後にした。

(最前線ですか……いえ、覚悟していたことです)

 リヒトは、あの狼がシェラを殺すことはできないと言ったが、とてもそうだとは思えない。

 最悪、あの爪を喰らう覚悟をしておこうと、帰り道で腹をくくる。

(失敗は許されません……ナイフ、練習しておきませんと)

 もともと得意なほうではあるが、念には念を。

 そう思いながら騎士団に戻ってきたシェラを、当番だったのか門前を掃除していたローレントが呼び止めた。

「シェラ、どこかへ行っていたのかい?」

「――あ……ローレント」

 めずらしく、アリシャの姿がない。

(いつも一緒というわけではないのでしょうか……って、私には……っ)

 関係ない、そう思った時、すぐ傍に気配を感じて顔をあげると、ローレントがなぜか不機嫌そうにしてシェラを見おろしていた。

「あの……?」

 彼にしてはめずらしい歪な笑みをうかべて、自嘲気味に言う。

「……秘密の逢瀬か何かかい? 楽しかった?」

「は? 何を言っているんです!」

 思わず頬が赤くなる。

 リヒトにどういう意図があって、シェラを抱きしめたのかは分からないが、王子と孤児ではいくらなんでも、逢瀬も何もあったものではない。

 反論しようとすると、その前に彼が……嘲笑のような笑みで言った。

「……あぁ、私には、関係のないことだったかな」

 今朝のことを言われているのだとすぐに分かった。

 そして、また胸に鈍い痛みが走る。

「――ええ、あなたには関係ありません。私がどこで誰に会おうと、あなたに詮索する権利はないはずです」

 思いがけず冷たい声が出て、シェラ自身驚いていた。

(私、本当に、どうしたんです……? ただ、普通に……出かけていたって……言えばいいだけではありませんか、それなのに……)

 ローレントの顔から笑みが消え、シェラに背を向けた。

「……そうだね。私には関係のないことだ」

 こんなふうに、喧嘩のようなことをしたかったわけではない。

 謝ろうとしたが、彼はそのまま立ち去ってしまった。

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