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◇黒髪の女◆

 そこは暗い場所だった。真冬のように冷たい空気と、香の匂いが室内を満たしている。

 満月の明かりだけに照らされた、豪華な部屋に女は居た。

 足元まである漆黒の長い髪、それと同じ色のドレスをまとい、薄紫の瞳を憂鬱そうに細めて、ベッドの上から格子のはめられた窓の外を見る。

 遠くに見える夜の町には点々と明かりが灯り、しんしんと雪も降り積もっている。

 窓のすぐ傍にベッドがあるのだが、そこには格子があって、開くことなどはできない。

 それに彼女の右足は壁に鎖で繋がれていた。

「私のエトワール、可愛いお星様、あなたは今どこに居るの……?」

 そう、女には自由というものが無かった。

 自由に羽ばたく翼も奪われ、大地を踏みしめる足も鎖に繋がれている。

 薄氷のような気配をまとう女は、誰も居ない部屋でただ一人、呟き続ける。

「エトワール、あなたに会いたいわ、会って、抱きしめて、してあげたかったことを全部、してあげるの……あぁでも、あなたはもう立派なレディになっているのでしょうね」

 彼女は魔族の王妃であった。

 望んでなったわけではないが、天性の美貌という運命がそう決定づけた。

 愛したひとは殺された。

 そのひととの間にもうけた、愛しい娘は奪われて、どこぞへと連れて行かれてしまった。

 以来、彼女は美しいが、壊れた心の女だと囁かれていた。

 現に彼女は、今も部屋に一人で居て、ずっと何も居ないところに話し続けている。

「エトワール……生きているのよね?」

 星を意味する名をつけた娘。

 あの子が生きているなら、自分が先に逝くわけにはいかない。

 それだけが彼女をこの世に繋ぎとめている希望だった。

 むしろ、だからこそ今の夫は、あの子を殺さなかったのかもしれない。

 狡猾で、薄汚い男だと、彼女は思っていた。

 ふと響いたノックの音に、彼女が翳のさした薄紫の瞳を扉に向ける。

「何用かしら……?」

 細い声を聞いて、扉が開き、王のものではない……彼女の騎士である一人が告げる。

「王妃様、ご報告が」

「まぁ、なにかしら……」

 女はさして興味もなさそうな声で、けれど柔らかく答える。

「エトワール様と思しき娘を発見したと……人狼のドミニクから、取引をもちかけられまして」

 言葉の最初から、女の態度は変わっていた。

 薄紫の瞳を見開き、姿勢を正すと赤い唇を開く。

「まぁ……まぁ、まぁ! 本当? 本当なのね?」

 両手をあわせて、少女のようにはしゃぐ彼女に、騎士は言いにくそうに告げる。

「しかし王妃様、いくらあなた様でも、ドミニクの親族を解放すれば……ただでは……」

「そんなこと、分かっているわよ……? そんなことをしたら、あのひとはきっと私の可愛いエトワールを殺そうとなさるわ」

 静かで、優しげであるのに、どこか気だるさと冷たさをまとう女の声。

 彼女は艶やかな黒髪を優雅にはらい、妖艶な唇を開く。

「ところで、ねぇ、エトワールはどこにいるの……?」

「それが……人間の騎士団に在籍し、我々との戦闘に参加しているそうで……」

「……まあ、そうなの……?」

 ふふっと笑った女の、一瞬で鋭く変化した赤い爪がシーツを破く。

 散って舞う破片に、騎士の顔が青ざめた。

「それは……可哀想ね、じゃあ、はやく助けてあげなくてはね……」

「お、王妃様……」

 騎士にも、彼女の皮膚を引き裂くような怒りは伝わっていた。

「ねえ、分かっているわよね……? わたくしを裏切ったりしたら、あなたの命……吸い尽くしてしまうからね……?」

 彼女はただ美しいだけの女ではないと、その部下たちはよく知っている。

 秘められたその力は、一人で数千の兵を相手取れるほどのものだ。

 それでも、彼女は幼い我が子を人質にとられ、その力を封じられるに至ったが、それでも……けっしてすべてを押し留めることはできなかった。

 今でも彼女は、ただの兵士風情が相手にできる存在ではない。

「承知しております、王妃様。この命は、あなた様のために」

 その言葉ににこりと微笑んで、彼女は命令をくだした。

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