◇騎士、シェラ・スフィレト◆
魔物との争いが絶えない時代。砂塵が舞う荒野にて。
黒い長髪を一つに束ね、薄紫の双眸は敵から目をそらさず、二刀のダガーを手にした黒い騎士服の少年は狼によく似た魔物を切り倒し、次々に襲い来る敵の息を止めていく。
「シェラ、あまり最初から調子に乗ってはいけないよ」
周囲をぐるっと敵に囲まれ、背中を合わせて、同僚である銀の髪に翡翠の瞳を持つ青年、ローレント・セイファが言う。けれどシェラと呼ばれた少年は気にしたふうでもない。
「ローレントのほうこそ、うっかりやられてしまわないでくださいよ」
ふふっと小さく笑って、彼はダガーを構えなおす。援軍が来るまで、今しばらくの辛抱だ。今のところ苦戦するような敵はいないし、体力も平気だろう。
そう考えて、シェラは地面を蹴った。
◇◇◇
……それから、数日。
少年の名はシェラ・スフィレト。騎士団の中でも平民や爵位の低い者が集まる左翼軍に所属している。彼自身、平民だ。
ダガーの使い手として有名で、中性的なその容姿には人気も高い。遠征から戻った彼を出迎える女性陣の歓声はなかなかのものだった。
そんな彼の隣を歩くローレントにも、女性たちの声が飛んでくる。
周囲の騎士たちは「いいよなおまえらは」などと言いながら、いつもどおりの風景にあきれたような、恨めしそうな視線を向ける。
「今回も大活躍だったね、シェラ」
煉瓦で舗装された道を、列を成して歩く中、かけられたローレントの言葉に、シェラはふふんと小さく笑う。
「当然です。あのくらいの魔物相手に苦戦していては、国を守ることなどできません……というのは半分くらい冗談ですけれど、みんなが助けてくれましたからね」
少しだけ茶目っ気のあるシェラの言葉に、ローレントは苦笑をこぼした。
「きみらしいというかなんというか……女性のように細いのに、身のこなしは素早いし、なかなかのものだ」
何気ないローレントの言葉に、誰も気づかないくらいにシェラの歩幅が乱れた。しかし彼は笑って、当然のようにこう言った。
「――それはそうでしょうとも、鍛えていますからね!」
本拠地へと帰還する左翼軍の一団、男性の中にあってシェラは背も低く、体躯も華奢であり……そう、彼には、一つの大きな秘密があった。