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ツェペシュからヴァルコラキへ

作者: 葉月コノハ

ヴラド・ツェペシュ




ルーマニアにかつて有ったワラキア公国の君主。通称ヴラド3世。

『串刺し公』とも呼ばれる。又の名を、ドラキュラ伯爵。

ヴラム・ストーカーの小説のモデルと言われている彼は、厳格な倫理観に基づき、不正を良しとせず、国家に巣食う私利私欲に塗れた貴族達を串刺しにし、法を犯した者や、反逆者も同刑に処した。

彼が『串刺し公』と呼ばれる最大の所以は、トルコ軍との戦争時、長さ1km、幅3kmに渡ってトルコ人の串刺しを並べ、兵士計2万人を殺戮したというエピソードにある。


また、父親のヴラド2世がドラクル(竜公)と呼ばれており、ヴラド・ツェペシュが竜の息子と呼ばれたことに起因する。竜は悪魔__つまりサタンの象徴であり、悪魔の息子は吸血鬼である。










目に心地よい色とは一体何だろうか。

赤では駄目だ。(おぞ)ましい血が目に刺激を与えて煩い。

青でも駄目だ。広い海や空に圧迫されるようで息が詰まる。

白も駄目だ。光を反射して輝き、必要以上に目が眩む。


矢張り黒が一番だろう。

暗闇は落ち着く。不必要なモノは目に映らないから、余計なことを考えなくて済む。


だから、こうして深夜に散歩をして廻るのが私にとって心地が良いということも合点が行く。人通りは殆どなく、靴がアスファルトを踏みしめる音と、時折車道を通るエンジン音が耳にこびりつく。


空気は少し湿っている。つい先程まで雨が降っていたからだろうか。雨の匂いが鼻腔を撫でる。



私は纏わりつくような湿気から意識をそらすため、雲に行方を探して空を見上げる。


ぬばたまの闇に、ぼんやりと輝く白き月。


薄雲が霧のようにかかった、綺麗な朧月だ。



『月の光は死んでいる。太陽の光を一度反射しているから、月の光は死んだ光だ』


そんな内容の話を唄った小説を思い出した。あれは確か長編の推理小説だったか。


成る程。確かに月の光は落ち着く。真昼間の陽射しのように、個人のプライヴァシーを完全に無視して容赦無く、燦々と照りつける類いの物とは違う。




矢張り死んでいる方が良い。



そう考えて、私はふと車道に視線を向ける。


私のすぐ横をトラックが通り過ぎていく。ヘッドライトで道路を煌々と照らし、がたがたと音を立て、むせ返るような排気ガスを撒き散らしながら。



モノは死んでいる方が美しいといっても、私が死んでも美しいと思う人は居ないのだろうな。



では、月の光と私の違いは何なのだろうか。

何故月光は死して美しく、私の場合はそうで無いのか。


答えの見えぬ問いに苛立たしさを感じながら、人気の静まった公園の前を通りかかった。ふと顔を上げると、公園のベンチに座って動かない人影が見えた。くたびれたスーツを着、革靴を履いているところを見るに、恐らくサラリーマンだろう。



______________では、あの男は如何だろう?






一瞬頭をよぎった疑問を、頭を振って存在を否定する。


其れは禁忌だ。例え其れが私の探究心を満たす最良の手だとしても、私がこの社会の構成員である以上、社会のルールは守らなければならない。


人を殺す____それも、復讐からではなく単なる好奇心から殺めるなど____。


私は何とか、頭の中の悪魔を追い払う。



元来私は臆病なのだ。だからこそ内気な性格を治せないまま、父親と同じ道である画家となった。幸いにして手先は器用な方で、繊細で緻密な絵を描くと巷では評判らしい。



もっとも私は、先に述べたように色があまり好きではない。だから、個性のぶつかり合いのような油絵を描く、所謂画家では無く、むしろイラストレーターと呼ばれる存在に近い。


さらに言うならば、どうやら私は『一つのことをひたすら考え続ける』癖があるらしい。

学生の頃からその性格は治らないまま、結局今は、初めて仕事で絵を描いた時に考えた『美しいとは何なのか』を考え続けるに至っている。



思考が帰ってくる。

嗚呼、駄目だ。単なる好奇心、探究心で倫理に背くなどあってはならない。


私は目を固く閉じて公園を通り過ぎる。


しばらく歩いていると、背後に違和感を感じた。どうやら尾行(つけ)られているらしい。自分が歩けば後ろの足音も止み、歩けばまた聞こえる。何度交差点を曲がっても、あえて回り道をしても、ある一定の間隔を開けて明らかに誰かが私を尾行している。

妙な不気味さに悪寒を感じ、自然と足が早まる。




こつ。






こつこつ。




誰だ。





誰が後ろに、


まだ追ってくる、





一体誰が、



こつこつ。











こつ。






















恐怖に負け、駆け出そうとしたその瞬間私の目の前に、道路を通せんぼするような形で、フードを被った一つの影が立ちふさがって居た。いつの間にか、狭い裏路地にたどり着いてしまっていたようだ。


私は引き返すこともできないまま、自分の前でゆらりと動く影から目を離せないでいた。



「貴方は____」



如何やら影の主は女らしい。透き通った声が、暗い路地に響く。


女はハイヒールを履いていた。こつこつ、と音を立てて後ろを尾行ていたのはこの女で間違いなさそうだ。





「貴方は、探し物をしていますね?」



マサニ、と名乗った女の声は私の神経を逆撫でし、不安にさせる。



とはいえ、女の言葉は的を射ていた。私は緊張を隠せないまま無言で頷く。


フードの奥の顔を覗き見ようとしたが、影で隠れて見えなかった。




「その探し物を見つけるには、並大抵の覚悟では足りません。考えに考え、考え抜き、時に禁忌を犯し、時に狂気に身を預ける覚悟が必要です。まずはそれを、ご理解していただきたい」






それは、




「それは、誰もが必ずしなければなりませんか?」




私は女に問う。マサニ、と名を呼ぼうとしたのだが、その名前を呼ぼうとした瞬間、全身に悪寒が走った。急に走った戦慄に恐怖を覚え、女を名前で呼ぶことに抵抗を覚える。


急激に神経が磨耗してきた。兎にも角にも、この女が側にいるだけで、思考が鈍くなるのを感じる。



「ええ。普遍の真理へと辿り着く者は必ず、精神的に一度壊れなければなりません。時期の差はあれど、対価を支払うこと無くやすやすと手にできるモノではありませんゆえ」




私の探し物とは『万人にとっての美』だ。この女は、それが見つかると言うのか。





「ええ、見つかりますよ」


女は、まるで私の心を読んだかのように答える。



「では、『万人にとっての美』とは何なのですか?」



私は問う。見つかると言っている以上、そのモノが存在することを女は確信している。

ならば、その形状だけでも訊かなければ。





「知りたいですか? それは____________」


待ってましたとばかりににやりと笑い、彼女は上着のポケットから小さなビンを取り出す。

「これです」




「その瓶は____何です?」


「それは自分で考えてください。本当に、どうしても行き詰まった時、又は貴方が求める美が何なのか判った時だけ、この蓋を開けてください」




「今そのビンを開けてはいけませんか?」



だめです、と女は言う。

「自分で中身を考えることに意味があるのです。考えること無くそれを開ければ、それは最も美しいものでは無くなります。この問いの答えに至るには先ほど説明した通り、一度壊れないといけませんが、貴方は大丈夫そうです。だって___________」







「貴方はもう既に、壊れ始めていますから」







いや、違う。


私は、




わたしはもう。




「私はもう狂っています。否、完全に狂い切っているのです。狂気に身を預けたのではなく、狂気に身を浸しています。何故なら、先ほど私は『見知らぬ人を殺したら美しいか』などと考えていたのですから、もう手遅れです。狂人なのです」




いや、それは違いますよ、と女は優しい口調で私を否定した。



「禁忌へ憧れを持つことは、誰もが経験することです。例えばビルの屋上に行った時、ここから落ちたら如何なるのだろう、と誰しもが考え、少し足を踏み出してみます。しかしそこで終わるでしょう? 興味を持って、本当に堕ちるのは狂人です」



私は自らを否定され、少し安堵する。しかし、私がほっとため息をつく前に、女はこう続ける。


「ですが貴方は、間違い無く狂気に片足を踏み入れています。何故、今さら倫理などに縛られているのです? その概念は、美の探求の妨げになるだけです」




なぜ?


なぜといわれても。




するり、と彼女は滑るように私に近づく。そして耳元で、こう囁いた。






「      」





それを聞き、私は完全に壊れた。否、倫理の崩壊へのささやかな抵抗を辞めた。









私は来た道を引き返し、公園へと向かった。













__________________________


翌日、一人の男性の不審死を告げるニュースが、テレヴィから諾々と流れ出ている。



犯人は未だ見つかっておらず、警察の捜査は殺人の方面で進み、捜査の手が県外にまで伸びていることをニュースキャスターが緊迫した表情で告げる。


私は自分の家で独り、うだるような夏の暑さに嫌気を感じながら光る画面を見つめていた。



人の死に姿は美しくなんかない。周りの人間を不幸にし、悲哀の谷に突き落とす死は、社会的には赦されるべきでも望まれるべきではない。それに逆らうものは異常だ。弾劾されてしかるべきだ。


日本という国が、幾人ものニュースキャスターやコメンテーターの口を借りて、テレヴィという媒介を通して私にそう主張しているように感じる。


私は嫌な記憶を思い出してしまい、顔をしかめてチャンネルを変える。嗚呼、この記憶を無理矢理思い出させてくれるな。




だが、どのチャンネルでも、不可解な死を遂げた男の事件の報道が止むことはなく、私は苛立ちを隠せなかった。だからといって、現実から目を背けて他人事のように眺めることも、テレヴィの電源を消して静寂に飲まれることも選べないまま、奇妙な罪悪感が私の胸の中をどんよりと渦巻いていた。

普遍的に美しいものなら、こうも世の反感を買うことはないだろう。世の中にとって不快なものを、私は作ってしまったらしい。




まあ良い。そこを考えても仕方がない。


私は少し開き直り、客観的にテレヴィの画面を見つめる。


こうしてみると、あの男の死がテレヴィを彩っているという見方もあるのかもしれない。



彼の死は醜く、悍ましいものであったのは間違いない。


投げ出された四肢からとめどなく流れ出す赤い液体は雨の匂いをかき消して嗅覚を逆撫でし、あたりの空気を鉄の味に染め上げた。見る者を不安にさせる鮮赤が目蓋の裏に焼き付いて離れない。



だが、彼の詳しい描写は電波に乗ってお茶の間に届くことはなく、一般家庭へはただ機械的に話題と不安感を供給し続けている。



あの時私は、瓶の中身は『死そのもの』だと思っていたのだ。だからこそ、死そのものを生み出せば、瓶の中身を理解したことになるのではないか、と考えたのだ。だが結果的に、彼の死は、社会に美を産まなかった。





ただそれだけの事実を見ると、死は万人にとって共通の美とは限らない。死そのものが美というわけでは無い。



どうやら、最初の私の考えは間違えていたらしい。熟考の末、私はそう結論づけた。





では、普遍的に、かつ不変的に美しいものとは何だろうか。

私は先ほどの不快感さえ忘れ、私はポケットから小瓶を取り出す。


これが、答え。



これは一体何なのか。少しくらいアタマを使ってみよう。



私は思考を深く潜らせる。





美しい術と書いて、美術と読ませるものがある。





例えば、美術というものの半分は絵画だ。絵画は、生きているものを額縁の中に閉じ込め、永遠に生かし続けている。だから我々は、絵画の中にまるで生きているかのような風景を見、躍動感のある生き物の姿に想いを馳せる。そこに、美しさがある。


永遠に生き続けるということは、永遠に死に続けることと同義だ。生と死は表裏一体。生があってこその死、死があってこその生なのだ。絵画は、題材となったものを仮想的に殺している、と言えるだろう。


例えば、生の輝きこそが史上の美だ、と唱える者がいるだろう。彼ら彼女らの論理で行けば、このビンの中には生命の神秘、生の歓びを体現したもの入っているはずだ。




成る程、確かにそうだ。生への歓び、これは人が生きる原動力だ。美と呼ぶに相応しいものかもしれない。




だが、生の歓びを本当に実感するのはいつだろうか。


そう考えると、やはり其れは、死ぬ直前に他ならない。


生の灯火に限りがあると明確に意識してこそ、残るわずかな生を謳歌しようと思うに至るのだ。

魚だってそうだ。活きがいい、と形容される魚は生気に満ちているが、其れは後に待つ食材としての死が見えている。


生と対極に位置する死は生を引き立て、逆もまた然りだ。


例え不老不死だとしても生は美しく無い。寧ろ永遠に生き続けているのだから、永遠に死んでいるも同然だろう。


ならば。


ならば、矢張り『死』という要素は重要な美の要因なのだろう。桜が美しいと呼ばれるのも、その儚さあって故。あながち、最初の考えは間違っていなかったというわけだ。


では、この瓶の中には『死にまつわる何か』が入っているのか。毒か、はたまた______。




ふとテレヴィに目を向けると、ニュースキャスターが、犯人は罪の意識から自首しないんですか? との疑問を番組の出演者に問いかけている。






自首は___しない。


一部の快楽殺人犯(・・・・・・・・)は人の死を完全な美などと言うのだろうが、私はそうは思わなかった。あくまで私は、死そのものが美とは思わない。その美への道の中の、重要な中継地点だと考えている。


だから、私は罪悪感など覚えていないからだ。




赤い血が、目に毒だな。


彼の命を奪った時に思ったことは、ただそれだけだったのだから。今の閉塞感は、美の本質の予想が間違っていたことへの失望。ただそれだけだ。



偶々通りかかっただけの彼には悪いが、あれは純粋な美を求めるプロセスの一つ。



美しいものを見たい。それは人類にとって止むことのない欲望なのだろうな、と自嘲を交え、






そこまで考えたとこで、何やら家の前が騒がしいことに気づく。



閉じられた窓を少し開き、わずかな隙間から様子を伺ってみると、近隣住民たちが野次馬のように玄関前に群がっている。


一体何をしている……此処は野次馬なんぞ寄るところでは………….......…野次馬?


私は微かな不快感を示したのと同時に、ある事実に気づく。






彼らは、一体…………何に(・・)群がっている?









程なくして遠くからサイレンが聞こえ、激しく扉を叩く音が聞こえた。






__________________________


異常だ。



そう言われた。



私が連れ込まれているこの場所は、ドラマでよく見る薄暗い取調室ではない。

明るいライトが部屋を照らす、清潔な印象を受ける部屋だった。御丁寧に机の上にも置かれた電気スタンドが、手元までも明るくする。



部屋の隅から隅まで埋め尽くした無機質な明るさが、太陽の光と同じ『正義』を高らかに主張している。



私は明るさから目を背け、やや俯きながらも警察官に事情を説明する。今更、白日の元に嘘を撒き散らすつもりはない。






美しいモノを見たかった。そう呟いた私は、その直後に嘘をつくなっ、と大声をあげられた。


「被害者に恨みなどの個人的な感情があったんじゃあ無いのか?」


無い。赤の他人だ。


そう答えると、警官の服に身を包んだ彼はさらに吠える。


「訳がわかンねぇ。あんたは美を求めて人を殺したと言っているのに、人の死は美しく無いとも抜かしやがる。じゃあ何で殺したんだっ!」


私は静かに、柔らかな口調でその真意を述べる。




「死が美しさを構成しているのは間違いありません。私はそう考えました故、『普遍の真理としての美』を追求する一過程として、その行為____つまり名も知らぬ彼を殺害しました。それをすることで私は、人間の死というものは、ただそれだけが美しいものでは無いということを理解するに至ったのです」



『美』に疑問を持ち、仮説を立て、実験し、結論を得た。ただ、それだけの事。


「だったら……」


警察官が、少したじろいだように言う。



「だったらどうして、あんたは被害者を殺した後、黒い絵の具で全身を塗ったんだ! 所持品も……持っていた傘まで全部! あんなの………」



あんなの、美しくも何ともない。ただの地獄じゃないか、と彼は締めくくる。





……そう。私は、彼の体から流れ出る忌まわしき赤を嫌い、一旦帰宅してから、持ってきた大量の黒い絵の具(・・・・・・・・)で倒れる彼を黒く染め上げたのだ。




「黒は……心を落ち着かせますから」


それは、私が一番最初に得た結論でもあった。


私の口元が歪んでいるのを見て、警察官は、狂ってると小さく呟いた。


「あんた、矢ッ張り狂ってる。おかしいよ。普通じゃない」


先程までとは打って変わって狼狽する警察官の彼の姿を少し可笑しく思いながらも。


そうでしょうか、と私は小さく笑う。



「美を求めるのは、普通のことでしょう? 私はただ、万人が試した方法ではなく、他の人があまりしてこなかった方法で美を探しただけ」


そう言ってから私は、煌々と照りつけるライトに笑いかける。



「『好きな方法で探せばいい。貴方を咎める者は狂っている(・・・・・)』________そう、あの夜彼女(・・)に言われましたから」





矢張り黒は良い。


全てを塗り潰す代わりに、他のものから自分を守ってくれる。黒の前では、暴力的な赤も、冷酷な青も、偽善の白も関係ない。



何も見えない。それはつまり、何を見ていても同じ(・・・・・・・・・)ということ。自分の目の前に汚物があろうが名画があろうが一緒だ。




何も見えず何も聞こえず、五感が完全にシャットアウトされていれば、それは天国にいても地獄にいても同じこと。



何だ、簡単じゃないか。



私は珍しく声に出して笑い声をあげる。


なんだ。考えたら本当に答えが出たじゃないか。



「はっ、ははは。はははははは面白い!何だ簡単な話じゃないか。至上の美なんて存在しない。だが『至上の美を見ている自分』なら存在できる」



完全な美は無くても、全人類が『今自分は完全な美を見ている』と思い込むことはできる。


不要なものさえ映らなければ。


不要なものさえ聞こえなければ。



不要なものさえ、感じなければ。





私は少し早口になっていた。




あの女の言っていた意味がやっと解った。

成る程。これは倫理観があっては行動し得まい。





目を開けている以上、見たくないものまで映り込む。

ならば閉じてしまえ。


私は胸ポケットから小瓶を取り出す。


「お……おい! 如何してその瓶は身体検査に引っ掛からなかった! 速く止めさせろ!」


警察官が狼狽し、叫ぶ。


すぐさま応援の警官が部屋に入ってくる。




だが遅い。




私は小瓶の蓋を開ける。



中には、とろりとした黒い液体。





「おいやめ…………」



目を瞑り、制止の声から耳を塞いで、私は瓶の中身を口にぐっと流し込む。














視界が徐々に黒く染まり、思考がフェードアウトしていく。








嗚呼。此処は昏くて黒い。其れはとても良いことだな。











それが私の最後の思考となり、そのまま私の全ては塗りつぶされた。












「…………緊急のニュースです。先ほど逮捕された〇〇 〇〇容疑者が獄中で自殺を図り、たった今死亡が確認されました。尚、〇〇容疑者は隠し持っていた毒を飲んだと思われ、警察は………………はい。只今追加の情報が入りました。〇〇容疑者が自殺に使用したのは毒ではなく細菌の一種で、ペスト___いわゆる黒死病を引き起こすペスト菌の可能性が高いとのことです。尚、刑務所内では既に感染が進んでおり、通常のペスト菌とは異なり潜伏期間が殆どなく、空気感染し、感染した者は直ぐに死亡する可能性が高いという新型のペスト菌の可能性がある、とのことです。繰り返します。先ほど逮捕された…………」















ヴァルコラキ





ルーマニアの伝承に残る悪霊。その性質は、主に吸血鬼とされる。ワラキア地方ではプリクリクスと呼ばれる。

小さな犬、龍、口のたくさんある獣など、様々な姿で語られる。

青ざめた顔をした好青年の姿で語られる場合が多く、魂を肉体から分離させ、空を喰らい、日食を引き起こす。

生きている間に悪行をした者が、死後なると言われる。真夜中に蝋燭なしに糸を紡いだ女性、神に呪われる行いをした者、粥を攪拌する棒を暖炉に投げ込んだ人、あるいは日没時に家の中を掃除し、塵や埃を太陽に向かって掃いた者、未婚の母から生まれた者など、条件は特殊だが、倫理に背いた者がヴァルコラキになるとも言われている。




また、ヨーロッパで大流行したペストまたは黒死病と呼ばれる病気は、吸血鬼が巻き起こすと伝えられている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全てですね 細かいところとかはよく分からないので、素人目に見ることをお許しください。 [一言] グッと引き込まれました 「美」については、自分も考えたことがあります。 しかし、ここまで…
[良い点] 主人公はすでに狂っていると言っていますが、ただ否定してくれる人を探していただけのような気もします。女の存在も、本当に主人公が見たのか、あるいは主人公のつくりだした幻なのか、どちらとも捉える…
[良い点] 美しい狂気をもった作品でした。読んでいて、とても惹き込まれました。特に 「モノは死んでいる方が美しいといっても、私が死んでも美しいと思う人は居ないのだろうな。 では、月の光と私の違いは何…
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