1-4. 「ヤマ先生の宇宙構造講座 2限目」
出先から投稿失礼します。
やっと異世界に向かいます。
地面に転がるリンゴは鮮やかな赤色に戻っていた。
どうやら俺の眼は元の眼に戻ったらしい。
「そのリンゴを私に置き換えてみて下さい。
ある人の眼を通して見れば私は赤く、
またある人の眼を通して見れば私は黄色なのです。
世界を浄化するもの、つまり救世者、即ち救世主を
ある人は仏と呼び
ある人は神と呼び
ある人は勇者と呼び
ある人はその名を呼ぶことを慎みます」
この身で体験した俺には、ヤマさんが言っていることが良く分かる。
同じリンゴを見ても、違って見えれば呼び名は異なるだろう。
俺にとってはそれが「仏」という呼び名であっただけなのだ。
あぁ、
俺は今まで決定的に間違っていたのか。
パンツ靴下の格好のまま、
俺は感動に胸打たれていた。
――パンッ
ヤマが手を叩く。
「さて、ここまでをまとめれば、
世界はいっぱいあるよ。
そこには浄化する人が必要だよ、
ということです。
浄化する対象は、魔王である魔波旬とその眷属達です。
あなたには救世者候補として或る世界に行ってもらいたい」
魔波旬か。
確かお釈迦さんが瞑想してた時に邪魔してた奴かな。
「ヤマさん。
じゃあ私はその為にここに呼ばれてきたのでしょか?」
ヤマは首を振った。
「別に私は呼んでませんよ」
かかっ、と笑う。
ええぇー。
仏候補もとい救世主候補にする為に呼んだんじゃないのー?
「じゃあ何で私はここに…?」
「貴方が勝手に来たんです。
死ぬ時の貴方の深層意識が、地獄行きか天国行きかを決めかねていたんでしょう。
だから貴方が地獄かつ天国の支配者と認識していた私のとこに来たんですね。
いやはやなんとも優柔不断な人だ!」
かかかかかっ、というヤマの笑い声が辺りに響く。
――死んでなおディスられるとは。
複雑な気分だ。
「私の前に現れた貴方について秘書が報告書を作ってくれましてね、それを見て救世者候補にいいんじゃないかと、こう思ったんですよ」
「どの辺がですか?」
「ちょうど今、或る世界から救世者候補が欲しいとの支援要請を受けていましてね。
その世界の性質上、貴方の特性がかなり合っているんですよ」
「特性…?」
「貴方、生前に異世界や天界とリンクする力を持っていましたね?
その力が支援先の世界では十二分に発揮され得るのです。
ところで、その、
ちょ、ちょっと不動剣印っていうのやってもらっていいですかっ!?」
ヤマの眼がギラッギラに光っている。
だからその眼は怖いって…
「上手く出来るは分かりませんが…」
正直、今までも不動剣印は騙し騙し使ってきた。
完全な形で使えた記憶は、無い。
不動剣印を結び、
お不動様を思い浮かべる。
仄かな青光が指先から伸びる。
悪霊との戦いの時よりも弱い光だ。
「ほっほーぅ!!
これが、これが不動さんの光ですかっ!!
いやぁ清い!清いですなぁ!!
しかし…
うっすーい光ですなぁ…」
ホント。今にも消えそうな光だ。
「ここは娑婆世界よりもリンクが難しいのでしょうな。
それでも、良いもの見せてもらいました。
有難う御座います」
ヤマが恭しく頭を下げる。
「他の世界に行ってもらおうと思ったのはその力を持ってるという理由だけではありません。
貴方はその身を賭して悪霊を救おうとしましたね?
貴方が死ぬ前に浄化した彼女、彼女は無事に浄められた世界に到着した様です。
その自己犠牲の心も、貴方に救世者となって欲しい理由ですよ」
ヤマの瞳が柔らかい。
こ、小っ恥ずかしいーーー!!!
そんなに深く考えていなかったが、改めて言われると非常にもぞがゆい。
「もちろん貴方には拒否権があります。
強制はしません。
他世界へ行かないのならば、私とここの改造でもゆっくりやりましょう。
ただし、行くのであれば…」
「い、行くのであれば…?」
ごくり。
俺は生唾を飲み込む。
「これまで以上の真理を!
お教えしましょう!!!!」
ズガガガーーーーン
と俺の後頭部には効果音が入っていることだろう。
これまで以上の真理…
かなり気になる。
「貴方が行く予定の世界は魔法者世界という名の世界です。
多くの生き物が魔波旬とその眷属達によって悩み、苦しんでいます。
貴方の特性から考えれば、
苦しむその人達を見たら助けずにはいられないでしょうね」
ヤマは口に手を当て、ふふっと笑う。
生前も後輩に頼まれては除霊に向かい、
後輩の友達に頼まれては除霊に向かい、
後輩の知人に頼まれては除霊に向かい、
って、よく考えたらあいつに振り回されてるな。
除霊した霊たちは最後は皆安らかな顔をしていた。
最後に有難うと伝えてきた霊もいる。
憑かれていた人も皆安心していた…
――救いたい
悲しみと苦しみに沈んでいた皆の顔を思い出す。
――救いたいっ
――救ってやる!
悉く!!
苦しんでるやつぁ俺に任せろっ!!
「行きます。いや、
行かせて下さい!
俺が悉く除霊してみせます!!」
「その言葉を待っていました」
ヤマさんがニヤリとする。
「では早速向かってもらいましょう。
支援要請者も切羽詰まっていたみたいなので」
秘書たちがいそいそと俺に服を着せる。
「君達。高山さんは転生予定だから服は必要無いよ」
それを聞いた秘書が手を止める。
いや、最後までやりきれよ。
中途半端に着せられたシャツは俺の頭で止まっている。前が見えない。
――ん?今、転生って言った?
「じゃあ詳細は魔法者世界の要請者に聞いて下さい」
――え、ちょ、ちょ、待って。
くっそシャツが…シャツが引っ掛かって
「ちなみにスヴァーガタンは善来って意味の挨拶ですよ。
覚えといて下さいねー」
――あ、意識が、
―――――意識が、
―――――――遠のいてく
ヤマさんの「スヴァーガタン!」という声が
遠くの方で響いていた。