1-2. 「地獄?堕ち」
「スヴァーガタン!」
叫び声で眼を覚ました。
青黒の顔をした人を前に俺は立っていた。
仰々しい椅子に座った青黒い人が瞳を輝かせてこちらを見ている。
どうやらさっきの声はこの人のものだ。
王の様な出で立ちである。
両脇に一人ずつ何やら書類仕事をしている秘書がいる。
よく見れば秘書には眼が4つあり、全てが忙しなく動いている。
何アレ気持チワルイ。
それよりも、悪霊に貫かれた筈の胸に傷が無い。
左腕も、右耳もある。
痛みは、無い。
「ああ、貴方は死んだので五体満足ですよ……スヴァーガタン!」
自分の身体をまさぐっている俺を見て彼はそう言う。
最後の言葉以外は何を言っているか理解できた。
「死んだのか…」
先程の悪霊との戦闘を思い出していた。
まぁ、腕とか耳吹っ飛んでたし当然か。
「スヴァーガタン!」
彼は再び叫んだ。眼を輝かせながら。
「・・・・・・」
状況が把握出来ない。
意識を失った記憶は、ある。
身体の傷に激痛を覚えた記憶も、ある。
死んだというのも、理解している。
ただこの状況が飲み込めない
どこだここは。
スヴァーガタンて何だよ。
男が座っている椅子の中心、その辺りから右側には淡い白光を放つ床がどこまでも広がっている。
その神々しい光は宛ら浄土。
左側には、赤黒いでこぼこの岩場が広がる。
その禍々しさは宛ら地獄。
目の前には意味不明な言葉を叫ぶ青黒の男。
男は訝しげに手元の資料らしきものをペラペラめくる。
「おやぁ?おかしいですね。
報告書には貴方は坊さんと書いてあるんですが。スヴァーガタンという挨拶は知りませんか?」
――報告書?
あぁ、そうか。
どうやら俺の生前の記録があの資料に書いてあるようだ。
だとするとこの男の正体は…
聞いてみよう。
「つかぬ事をお聞きしますが、貴方様は閻魔様でしょうか…?」
そう。
死後に会う存在。
しかも王のような格好で、両脇に従者を従えている存在と言えば、閻魔である。
「ふむ。貴方は、そうですか。娑婆世界は日本生まれですね」
彼は資料をチラと見てそう言った。
「日本では確かに私を閻魔と呼ぶようですね。
間違いではないですが、正しくもない。
私はヤマです。人間初号機のヤマ。
日本や中国では私のことを閻魔と言って恐れているようですね。
でも私は死者の舌を抜いたりしませんよ!
抜く意味も分かりませんからね!!」
彼は椅子から身を乗り出してこちらを凝視する。
相変わらずその大きな瞳を輝かせて。
――ヤマ…
聞いたことがある。
師匠が説法の中で言っていたような気がする。
思い出せない。
俺が考え込んでいるのを見兼ねるように彼が答える。
「私は人類の始祖です。
神である父に造られた最初の人間。
人間ですからもちろん私も死にました。最初の死者ですね。
最初の死者だから、ここまで来る道も分かりませんでね、手探りでここまで来ました。
あの時は大変でしたよ」
かかっ
と笑い、彼は続ける。
「ここに来た時には私以外には誰もいませんでした。
当然ですね。私が一番乗りなんだから。
この場所を住みやすく改造してたら私の子孫達もポツリポツリとやって来ました。
彼等は勝手が分からないようなので私が案内人となってあれこれ教えました。
そんなこんなで気付いたらここの管理人になっていた次第です」
ヤマはふぅと息をついて脇にいる秘書に紙を渡す。
するってーと何かい?
閻魔さんはヤマさんで、ヤマさんは閻魔さんだということですね?
そういうことですね?
「では、私はヤマさんに裁かれるということですか…」
ヤマさんは俺の呟きに眼を見開いている。
あれ?俺変なこと言ったかな?
「裁かないですよ!
さっき言ったように、私は案内人かつ管理人です。
簡単に言えば貴方も私の子孫なんですよ?
何で可愛い子孫を裁く必要があるんですか?」
ヤマさんはまた、かかっと笑った。
――話が噛み合わない。
「え?
私は死んで、この地獄に堕ちて、
それでヤマさんに裁かれて八大地獄とかで罪を償うのではないのですか?」
「ははぁーん」
ヤマは合点したように眼を細める。
「貴方にはここが地獄に見えるのですか?」
そう言ってヤマは両手を広げる。
――地獄に見える。
ただし半分だけ。
ヤマの椅子を挟んだもう半分の地面は神々しい光を湛えて広がっている。
それは決して地獄には見えない。
「地獄のように見えます…
半分だけ…」
ヤマは微笑む。
「ここにやって来るのは日本や中国の者だけではありません。
贍部洲つまり貴方達がインドとして認識する地の者も来ます。
インドの子孫たちは多く私の管理するこの場に来ることを望んでいました。
彼らは地獄に行きたいと思っていたのでしょうか?」
――思い出した!
師匠が言ってた!
昔のインド人はヤマの世界に行くのを理想としていた、って。
彼らにとっては、このヤマさんのいる所が天国のような場所だったのか。
「そう。私の管理するこの場所は天国でもあり、地獄でもある不思議な場所なんですよ。
私を閻魔と考える人にとっては望まない地獄。
私をヤマと考える人にとっては望ましい天国なのです。
まぁ、それ以外の人もいますがね」
そうだった。
小さい頃に師匠の話を聞きながら、閻魔さん面白ぇなぁとか思ってたわ。
「私たちには決まった姿形はありません。
私たちは何者にも制限されていないのです。
私たちの姿形、私たちのいる場所を決めて制限しているのは貴方達の心。
貴方達の深層心理に根を張った記憶なのですよ?
貴方は私のいる場所が地獄でもあり、天国でもある場所だと心のどこかで信じていたのでしょうね」
なんとなく理解出来た。
だからこそ、この世界の半分はどす黒く、もう半分は光輝いているのか。
「貴方はちょっと特例でね。
この世界の構造を教えますよ。挨拶の仕方もね。
ね、高山和也さん?」
ヤマさんの眼が更に輝いた気がした。