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ある日私は、帰ってきた弟をみて久しぶりに怒った。

「かえしてらっしゃい!」という私に「いやだ、こいつがいないと困るんだよ!」と珍しく必死に弟はいいつのる。その様子は捨て猫を拾ってきた子供のようだった。私はため息をついた。これが猫だったら飼うこともできるのに。

「いた方が困るでしょ」何が生まれてくるのよその怪しい水玉模様のでかい卵から。

「孵るまででいいから!」

「孵ったら困るでしょ!」

間髪いれずに言い返すと「大丈夫、貰い手は決まってるから」弟はやけにきりりとした顔でいった。

里親が決まっているなら仕方がない。

うちの弟は普段はおとなしいけれど…言い出したら聞かないから。

「ちゃんと飼い主見つけるまで野沢菜禁止だから」そう言うと弟は「まかせとけ」と頷いた。

頼もしいけどなんか違う。

卵は玄関に置かれた。常温でいいらしい。

数日後、弟の居ない間に殻にヒビが入った。コツコツと地味につつく音が響く。ちらりと隙間から覗くその色は殻の毒々しい水玉模様と同じ緑色。

「ひいぃぃ!!!」

これ!鳥じゃないよ!?

明らかに爬虫類じゃないか!!!

弟め!私が爬虫類苦手だというのに何を拾ってきてるんだ!!

コツコツという音がやむとデッ…デッ…デウ…っていう不思議な鳴き声が聞こえる。

なにこれ怖い!!

「あっ!やべぇ!もう、でてくるじゃん!」

学校から帰ってきた弟は焦って卵を抱えて何処かに行った。

はぁ…私はため息をついて弟の開けっ放しだった玄関をしめた。

弟よ…爬虫類はやめてくれ。





ある日、夕飯用にキノコを買ってきてと弟に頼んだ。

急にキノコのホイル焼きが食べたくなったから。

しゃきしゃきの歯応えがたまらないキノコにバターと少しのレモンとお醤油…ビールに合わないわけがない!!

えのき、しいたけ、まいたけ、ぶなしめじ…スーパーでよく見るキノコ達が袋に包まれて出てくる。最後に赤と白の見るからに毒々しいキノコがころりと出てきた。

「べ、ベニテングダケ!!!?」

おじいちゃんは茹でて、塩漬けにすると食べられるって言ってたけど…

私はあえて毒キノコを食べたいとは思わない。

美味しいものは好きだけどこういうのはもとめてないよ?

もとめてないよ弟よ。




ある休日弟が「ちょっと出掛けてくるわ」って部屋から出てきた。手には大きな袋を持ってる。中には畳まれたあの服と靴。

私は丁度掃除の真っ最中で「あ、ちょっと待って、そこに引っ掛かってる埃取って!」って、弟に頼んだ。指差した先には欄間のてっぺんにあった蜘蛛の巣に絡んだ埃。あれはどうやっても届かない。弟は雑巾を片手に持ってひょいってジャンプした。

その瞬間、プヨーンみたいな変な音が鳴った。そして弟はゴンって何もない所で頭をうち、イテッって言って着地をしたら床にチャリーンって金貨が落ちた。

「…」

なんとも言えぬ奇妙な間が私と弟の間に流れた。

弟は「…じゃ、いってくる」って平然と言って出掛けていく。平然とした姿がふりでしかないのは、その耳が真っ赤なことでバレていた。

焦っていた弟は玄関に忘れ物をしていった。

ぽとりと落ちてるそれはLってかいてあるチャームのついた帽子。


それをみていたらなんだか私はちょっと寂しい気持ちになった。





「ただいま~」って玄関から声がした。「カレーの匂いしてたのうちだったんだ」って言いながら弟は台所にきた。

うちのカレーはリンゴと蜂蜜がパッケージについてる辛口のルウに甘口を入れる。

「じゃあ、中口買えばいいのに」って昔お母さんにいったら「ちょっと違うのよね」って言ってたから中辛とはちょっと違うらしい。

比べたことがないからよくわからないけれど。隠し味はお醤油とインスタントコーヒー。入れると味が少ししまる気がする。気がするだけかもしれないけど。

弟のご飯の横には福神漬けじゃなくて野沢菜をおいてあげる。私にはキムチ。合う合わないじゃない好物だからね。

「腹減った~」って手を洗ってきた弟が台所に顔を出した。


今日の夕飯はカレーとシーザーサラダとあおさのりのお味噌汁。あおさのりのお味噌汁にちょっと鰹節を入れるのが弟は好きだ。


「やっべーうまそ~」っていいながら弟は私が盛ったカレーの上からさらにご飯とルウを足していた。どうやら相当おなかがすいていたらしい。

がつがつとカレーを飲むように食べる弟に先に食べ終わった私がお茶を入れる。弟は時折ちらちらと私の様子を伺うようにこちらをみていた。

さて、どうしようか。

「あのさ…」先に話を切り出したのは向こうだったけれど、その先は続かなかった。私は「危なくはないの?」ってきいた。

「まぁ、赤い方じゃないからあんまり出番ないよ」って返ってきた。確かに赤い方が有名だもんね。

「私としてはさ、あなたが、よそのおうちの子になっちゃうのは…まだ早いかなって思うの」そう、本当に早いと思う。それに…「出来れば嫁入りがいいけど、まあ、婿にいくんでもいいけどね、でも相手は可愛い女の子がいいと思うの。だから、あなたがお嫁にいくのはちょっと…」ゲイの結婚みたいにヒゲオヤジの親と養子縁組っていうのは…頑張って育てたのにあんまりな結果だ。

そう言うと弟は飲んでいたお茶を吹いて「俺だってあんなヒゲオヤジ嫌だよ!!」と、間髪いれずに返してきた。

私はその返事にほっとする。良かった。お姉ちゃん的には弟の側にいて欲しいのは可愛いおよめさん であって、赤い服と帽子はかわいい髭親父ではない。断じてない。

それに…

「できればさ、私だけの頼れる弟でいてほしいんだよね」

私の弟はあなただけなんだから。

あんなヒゲオヤジの頼れる弟にまでならないでほしい。

もうしばらく、せめて、大学にいって卒業するまでは。

私はあなたの頼りないながらも頼れるお姉ちゃんでいたい。

そういったら弟は赤くなって口元を押さえていた。

「そんなの当たり前だろ!俺だって…俺のねぇちゃんはねぇちゃんのだけだよ。髭の生えた兄貴なんてお呼びじゃねぇよ。俺は頓珍漢なねぇちゃんの相手だけで手一杯だよ、ねぇちゃん以外のきょうだいなんていらねぇよ!」

弟がデレた。

いつもクールな弟がデレた。

弟は言うだけ言ったら空いた食器をガチャガチャと纏めて台所に去っていった。

洗い物をする音が聞こえる。

私は、すっかりぬるくなったお茶をすすった。




うちの弟は可愛い。

高校1年生だからサイズ的には可愛くないけどうちの弟は可愛い。

最近はお年頃になったせいか少し冷たいけどそこもいい。でも、今日は珍しくデレたから明日は雨かもしれない。


私の家族は今は弟だけ。

お兄ちゃんも妹もいないけど、可愛い弟がいる。私が弟がいることにどれだけ救われているか、あの弟にはきっと伝わっていないだろうけど、でも、それでいい。



私だけが知っていればそれでいい。



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