不機嫌な転校生8
指を折って数えていたカールがびょんと大きく飛び上がる。
「百億! このままだと百億枚のクッキーが出てくるぞ!」
「たいへんだ! 早く機械を止めなくちゃ!」
僕たちはあわてて機械に飛びつく。
「ダメだ、パソコンはロックがかかっていて動かない!」
機械の裏側に回ったマッシュは、数えきれないくらいたくさんのスイッチが並んでいるのを見て、泣きべそになった。
「無理、こんなの、どれを押せばいいのかわからないよ」
それから二人で、声をそろえて叫ぶ。
「ブライアン、なんとかして!」
こんな時にまで頼られたって、僕は機械が吐き出し続けているクッキーを寄せ集めるだけで精いっぱいだ。それだって僕の腰までぐらいの大きな山になっていて、集めきれなかったクッキーが床のあちこちに散らばって、部屋の中はしっちゃかめっちゃかだ。
僕は二人に向かって怒鳴る。
「マーカスさんを呼んできて! 早く!」
ところが、カーリーが僕の言葉を邪魔するように叫んだ。
「絶対にダメ~!」
「どうしてさ!」
「だって、怒られちゃう」
「カーリー、怒られるのと、ここでクッキーまみれになるのと、どっちがいい?」
「うう~」
カーリーがぼろぼろ涙を流して泣きだした。
「どっちもイヤだよう!」
うわっと鼓膜を破るような大きな鳴き声、もうしっちゃかめっちゃかの大騒ぎ。
僕が困り切ってカーリーに駆け寄ろうとしたその時、女の子の鋭い声が大騒ぎの中に響いた。
「あんたたち、何やってんのよ!」
入ってきたのはジェニーで、彼女は足元に落ちているクッキーを踏まないようにつま先立ちでカーリーに駆け寄る。
「あんたたち、こんなに散らかして……おまけに小さい子を泣かせるなんて、どういうことよ!」
ジェニーがカーリーを引き寄せて怒るから、僕たちは困って顔を見合わせる。
「ええと、違うんだけど……」
「何が違うのよ!」
すっかり困り切った僕たちの代わりに、カーリーが泣きながら言った。
「ごめんなさい」
「え、なあに」
「ごめんなさい、悪いことしたのは私なの」
「どういうこと?」
「マーカスさんは百って打ちなさいって言ったのに、カーリーがいっぱい数字打っちゃったから、機械が怒ったの」
この言葉で、ジェニーは状況を理解したようだ。かがみこんでカーリーの頭を優しくなでる。
「機械は怒ったりしないわよ。大丈夫、私に任せてちょうだい」
ジェニーはさっとパソコンに飛びついて、カールを押しのける。
「カール君、あなたは機械の裏側に回って、スイッチを止めてちょうだい」
カールが驚いた顔をしたのは、今まで一度も口を聞いたこともない相手にいきなり名前を呼ばれたからだ。
「え、名前……」
「名前がどうしたの」
「クラスの誰とも仲良くしないから、俺の名前なんか知らないと思っていたよ」
「何を言ってるの、初日にクラス名簿をもらって、全員すぐに覚えたわ。私、暗記は得意なの」
「へえ、じゃあ、あそこにいる二人は?」
「マッシュ君にブライアン君よね。さあ、もういいかしら、機械の裏側へ行ってちょうだい」
カールを追い立てたジェニーは、ものすごい勢いでパソコンのキーを叩きだした。
「こっちはデータを削除しちゃえばいいだけだから、簡単。カール君、そちらの物理動作を止めるために、赤、緑、赤の順番でスイッチを押してちょうだい!」
「ええっ、どれだよ、いっぱいありすぎてわからないよ!」
「赤、緑、赤だって言ってるでしょ!」
パソコンの前からパッと離れたジェニーは、機械の裏側へと駆け込む。
「これと、これと、これ!」
結局、ジェニーひとりの活躍でマーカス式クッキー製造機は止まったわけだけれど……機械が吐き出した大量のクッキーは床一面に散らばっていて、しっちゃかめっちゃかなことに変わりはない。
ジェニーは腕組みをして部屋の中をぐるりと見回した。
「さて、これ、どうするの?」
「片付ける……ちゃんと片付けるよ」
僕たちが並んでしょんぼりとしているところへ、マーカス博士がお茶の乗ったお盆を掲げて入ってきた。
「やあやあ諸君、クッキーはできたかね?」
ジェニーが大慌てで手を振って声を上げる。
「おじさん、ダメ、動かないで!」
「おや?」
マーカス博士の足の下でサクッと音がして、クッキーがいちまい、砕ける。
「おや、おや、おや?」
「ダメ! 後片付けが大変になるでしょ、動かないで!」
「はいはい」
言ってる端から、また一枚……サクッ。
「もうっ! おじさん!」
「ごめん、ごめんよ。しかし、いったいどうしてこんなことになっているのかね?」
カーリーがぴょんと飛び上がり、ぴゅーっとジェニーの背中の陰に駆け込む。
ジェニーは少し首をすくめて、マーカス博士に言った。
「ちょっとしたマシンの不調よ。試作品なんだから、そういうこともあるでしょ」
「さようさよう、科学の進歩には常に犠牲がつきもの、このクッキーたちは新マーカス式クッキー製造機を作るための貴重な礎となったわけだな」
「そういうことね。まあ、犠牲が小麦粉一袋くらいで済んで良かったじゃない」
ここへ、カールが片手をあげて二人の会話に割り込んだ。
「あのさ、さっきからジェニーはマーカス博士のことを『おじさん』って呼んでるみたいだけどさ」
「そうね」
「やっぱり!」
カールは大喜びだ。
「つまり、君にはお父さんもお母さんもいない、そうだろ?」
マッシュはこれに相当腹を立てたらしくて、びっくりするぐらい大きな声で叫んだ。
「カール!」
それでもカールは、自分の推理が当たっていることに大興奮してしまって、マッシュの声など聞こえないみたいだ。代わりにマーカス博士がとてもびっくりした顔をして、ぽかんと口を開けてしまった。
その間にも、カールはジェニーにぐいっと詰め寄る。
「お父さんもお母さんもいないということは……君はアンドロイドだろ?」
マッシュが再び叫ぶ。
「カールっ!」
しかし当のジェニーは平気な顔をして、自分の腕を差し出した。
「どうぞ触って確かめて。普通の人間だってわかるはずだけど」
確かにカールがつまんだジェニーの皮膚は柔らかくて、カールの指の動きに合わせてぷにぷにとヘコむのが、僕からも見えた。
ジェシーの腕を確かめた後も、カールは疑うような目をしている。
「ふん、じゃあ、人間の細胞をうまく使った人造人間だな」
「どうして次から次へと、そういうくだらないことを思いつくの」
「だって、おかしいじゃないか、君みたいな子供がお父さんやお母さんと一緒に暮らしていないなんて!」
マッシュはついに怒りが頂点に達したらしく、カールにとびかかろうと足を踏み出した。だけど、きりっとした声でこれを止めたのはジェニーだ。
「マッシュ君、動かないで。クッキーを踏んだら大変でしょ」
「でも……」
少し身をすくめたマッシュに向かって、ジェシーはにらむような目を向ける。
「言っておくけど、両親がいないからってバカにされるのは慣れているし、どうでもいいの。でも、『親のいないかわいそうな子』扱いされるのは嫌い」
マッシュは心優しいだけなのに、この言い方はひどい。僕はジェシーに腹を立てた。
だからってカールの味方をするつもりもない。親がいないから人造人間だなんて決めつけるのはバカバカしいと思ったからだ。
僕たちが無言でにらみ合っている中、突然マーカス博士がうれしそうな顔をした。もしもお茶を乗せたお盆を持っていなかったら、ポンと両手を叩いただろうと思うくらい明るい、何かくだらないことを思いついた顔だった。