不機嫌な転校生7
マーカス博士はプンと鼻先を上に向けて、廊下の突き当りにあるドアを開けた。
「これならどうだ、これはガラクタとは言わせないぞ!」
ドアの向こうはリビングだったけど、ソファは部屋の隅に寄せられていて、部屋の真ん中にはパイプをいくつも組み合わせた大きな機械が置かれていた。
「これこそマーカスの新発明! マーカス式クッキー製造機だ!」
カーリーは両手を叩いて大喜びだ。
「すごい! 早く、早くクッキー作って!」
マーカス博士は一気に機嫌がよくなって、まるで踊りを踊るみたいにピョンピョンと飛び跳ねながら機械に近づく。その後ろからついていく白い生き物も、ピョンピョンと楽しそうに飛び跳ねている。
「さてさて、まずはクッキーを何枚作るのか、入力しなくちゃならない。ちゃんと指定しないと、何億枚でもクッキーを作ってしまうからね」
「私、私がそれやる!」
カーリーも大喜びで、ぴょんぴょん飛び跳ねながらマーカス博士の後についていった。
マーカス博士はカーリーをひょいと抱き上げて、機械の一番隅っこに取り付けてあるパソコンの前に座らせた。
「よろしい、パソコンの使い方はわかるかな?」
「うん! 私、お父さんのパソコン使ったことあるもん!」
「よろしいよろしい。じゃあ、ここに百個と打ってくれるかな? その間に私は、クッキーの材料をセットしてしまおう」
「百個ね、任せておいて!」
マーカス博士は大きな小麦粉の袋を機械に放り込んだ。それからバターと、卵も、機械に取り付けてあるボールにどんどん入れてゆく。
カーリーはカチャカチャとパソコンをいじってから、マーカス博士に声をかけた。
「できたよ~」
「よし、ならばマシンを起動させよう、万事マーカスにお任せあれ!」
マーカス博士がいくつかのスイッチをひねると、大きな機械はブーンと音を立てて揺れ始めた。
「爆発しちゃう?」
カーリーが驚いて機械から離れる。マーカス博士はそれでも慌てず、偉い博士のように胸を張って人差し指を立てた。
「このマーカス博士の発明が爆発などするわけがない! 安全に考慮した完全設計だからね!」
そう言っている間に、一枚目のクッキーが焼けたようだ。ポーンと音が鳴って、焼き立てのクッキーがポンと飛び出してくる。
「わ、もうできたの?」
僕たちが驚く声にマーカス博士はますます得意満面、のけぞるんじゃないかというほど胸を張る。
「わはははは、どうだ、このマシンのすごさがわかったかね!」
食いしん坊のマッシュなんかはクッキーにくぎ付けで、キラキラと目を輝かせている。
「すごいなあ、これならクッキー百枚もすぐにできちゃうね」
「そうだろうそうだろう……おっと失礼、お茶を沸かさなくてはね。君たちは、コーヒーは飲まないだろう?」
マーカス博士がそういってキッチンに引っ込んだ後も、機械はウンウン音を立ててクッキーを吐き出し続ける。
ポーン、ポン、ポーン、ポン、ポーン、ポコン。
僕たちはクッキーが吐き出されるたびにそれをソファの横にある小さなテーブルへと運んだのだけれど、そこもすぐにクッキーでいっぱいになった。
「いったいこれ、いつ止まるんだ?」
機械はポコポコとクッキーを吐き出し続けて、止まる気配は一向にない。
「もしかして、百枚よりもあるんじゃないかなあ」
僕が不安そうにつぶやくと、マッシュが腕組みをして考え始めた。
「お母さんがおやつに買ってくる大きなクッキーの袋、あれが二十枚くらい入ってるんだよ。僕はいつも数えながら食べているから知ってるんだ。これはどう見てもクッキーが五袋よりもいっぱいあるから、確かに百枚は超えてるねえ」
ついに僕たちは疲れてしまって、クッキーを運ぶのをやめてしまった。
特にカールなんかはひどく疲れた様子で、床に足を投げ出して座り込んでしまう。
「何が『マーカスにお任せあれ』だよ、この機械、壊れてるじゃないか」
カーリーが少し泣きそうな顔をして、僕の腕を引いた。
「あのね、お兄ちゃん」
「なんだよ、いま、僕は忙しいんだけど?」
「でもね、お兄ちゃん……」
真っ白い生き物はカーリーの不安がうつってしまったみたいに、足元で悲しそうに「キュウン」と鳴いた。
この様子を見ていたマッシュは、何かに気が付いたようだ。
「カーリーちゃんの話を聞いてあげようよ」
「わかったよ、で、なんだい、カーリー」
「あのね……」
カーリーの目からポロリと涙がこぼれた。
「ごめんなさい」
「なにが?」
「クッキー、百枚じゃ足りないかなと思ったの」
「まさか!」
僕より先に、カールが飛び起きてパソコンに飛びつく。
「ゼロがいち、にい、さん、よん……十個だから、つまり……」