不機嫌な転校生5
「あの、ここの研究所の人ですか?」
僕が聞くと、いかにも楽しそうな明るい声がスピーカーから聞こえた。
「さようさよう、私がこの研究所の主任、『マーカス博士』である」
あんまり気取った古臭い言葉遣いだから、逆になんだか面白い。僕はつい、ふふっと笑ってしまった。
マーカス博士は、たぶんカメラでこれを見ていたんだろう。スピーカーの向こうから大きな声で笑い返してくれた。
「なかなか勇気ある少年だ。この『マーカスの秘密研究所』を見ても臆さないとは、いやはや、まったく勇気がある!」
その後で、まったく声の調子ががらりと変わった。
例えていうならば、さっきまでのはテレビの悪役の人みたいなしゃべり方。それが普通の、近所のおじさんみたいなしゃべり方になったんだ。
「ところで君たちは、ジェニーの友人かい?」
僕たちは顔を見合わせる。
「友達だって言っておけよ、もしかしたら中にいれてくれるかもしれないだろ」
小声で言ったのは『マーカスの秘密研究所』に潜入したいカールで、だけどマッシュは大きく首を振って答える。
「ウソは良くないよ。僕たちはジェニーと口さえきいたことがないじゃないか」
「そんなん、バレやしないよ、友達だって言っちゃおうぜ」
「そうかなあ、相手は博士だもの、ウソを見破る機械を持っているんじゃないかな」
「ブライアン、おい、ブライアン、君はどう思う?」
まただ、また話のお尻が僕のところに回ってきた。
「全部、正直に言っちゃったほうがいいんじゃないかな」
言いながら、僕はカールの顔を見た。彼はちょっと怒って眉毛を吊り上げている。
「ブライアン! せっかくの潜入のチャンスをつぶすのか!」
「だから、それも素直に言っちゃえばいいんじゃないかな」
「どうやって!」
僕は怒っているカールから顔を背け、スピーカーに向かって話しかけた。
「あの、マーカスさん、ごめんなさい、僕たちは『まだ』ジェニーとは友達じゃないです。でも、友達になれたらいいなと思っています」
「ほう?」
「あ、でも、今日ここに来たのはジェニーとは関係なくて、『秘密研究所』ってどんなところかなって、すごく興味があったからなんです」
マーカスさんはしばらく無言だった。スピーカーからはザアザアいうノイズが聞こえているから、マイクはつながっているはずなのに、何も話し声は聞こえなかった。
しばらくして、「ほう」というため息の音が聞こえた。
「君はとても正直で、勇気ある子だ。よろしい、入りたまえ」
誰も手を触れていないのに、門がギイと自動で開く。
「残念ながらジェニーはお使いに行っているので留守だ。だが私は、私の友人として君たちを歓迎しよう」
門が開いたとたん、真っ白い生き物は大喜びでカーリーに飛びついた。これがぐいぐい袖を引いて甘えるものだから、カーリーは門をくぐろうとしているところだし、カールは前のめりに構えて今にも門の中に飛び込もうと目をギラギラさせている。
マッシュは気楽に首をすくめて言った。
「行くしかないみたいだね」
「ああ、でも、大丈夫かな」
「う~ん、わかんないけど、声を聞いたらさ、怖い悪の科学者って感じじゃなかったし、平気じゃないかな」
どちらにしても行くしかない。
だってカーリーは白い生き物に引っ張られて、すでに庭先まで入ってしまっているんだし、カールは僕が目を放した一瞬の隙にすごい速さで玄関のポーチまで走って行ってしまったのだから。
「やれやれ」
僕とマッシュはゆっくりと門をくぐった。僕たちが入るとすぐ、門は自動で閉まった。
「これでマーカス博士が悪い人だったら、僕たちはもう逃げられないね」
マッシュは嗤ったけれど、僕はびっくりしてぶるぶると体を震わせる。
「怖いこと言うなよ」
「だって、マーカス博士が善人だって決まったわけじゃないだろ? まあ、カールが思っているような悪人でもなさそうだけど」
「もしもの時は……」
僕はナイフを忍ばせたポケットを撫でた。
「カーリーだけは守ってあげなくちゃ。だって僕は、お兄ちゃんだから」
マッシュはそんな僕の肩をポンと叩いて笑う。
「まあまあ、ここにはジェニーもいるんだし、マーカスさんはそんな悪い人じゃないだろうと、僕は思うよ」
そんなことを言いながら玄関ポーチへ。すでに先についたカールは、呼び鈴を探している。
「おかしいんだ、呼び鈴がないんだ」
「じゃあ、ドアをトントンって鳴らすアレ、あれはないの?」
「ああ、ドアノッカーな。あれもない」
家の中から、楽しそうな声がした。
「そこにある『呼び鈴草』をつかいたまえ」
あんまり近くで声がするから、またスピーカーが仕込んであるのかと思ったけれど、今度はノイズも音割れもない。
だから僕はドアを軽くたたいて言った。
「マーカス博士、そこにいるんですよね、開けてください」
「……」
「マーカス博士」
「呼び鈴草を使わないと聞こえないよ」
「聞こえてるじゃないですか」
「あっ!」
小さな叫び声が聞こえたっきり、ドアの向こうは無言になる。
僕は呆れてマッシュに向かって首をすくめた。
「なんだか、思ったのとずいぶんちがうよね」
カールが考えているような怖い人が出てくるとは思っていないが、マーカス博士は少なくとも大人なんだから、もっと大人っぽく出迎えてもらえると思ったんだ。でも、ドアの陰に隠れて僕たちを笑っているなんて、これじゃあまるきりいたずらっ子みたいじゃないか。
マッシュもそう思ったみたいで、眉を八の字にした困り顔だ。
カールだけがひどく興奮して、両手を振り回して叫んだ。
「これは罠だ!」
マッシュはのんびりと答える。
「そうかもしれないねえ」
「かも、じゃなくて絶対に罠だ! しかし、我々はいかねばならぬ!」
「カール、少し落ち着きなよ」
「どこだ、その呼び鈴草というのは、どこだ!」
ドアの向こうから、甲高く絞った作り声が聞こえた。
「そこ、そこにあるよ、黄色い花が咲いてるだろう?」
「マーカス博士、おふざけはもうやめてくださいよ!」
「僕はマーカスじゃないよ、親切な妖精さんさ」
「ああ、もう!」
僕はとりあえず玄関ポーチの横を見る。そこには百合によく似た黄色い花が咲いていて、すでにカールが花びらに触れようとしているところだった。
「使うって、どうやって使えばいいんだ?」
カールが下向きに伏せた花を軽く揺らしたそのとたん……
ジリリリリリリリリ!
黄色い花から鳴り響く大音響。
僕たちは驚いて耳を塞ぎ、その場に座り込んだ。