不機嫌な転校生4
待ち合わせ場所の空き地にはすでにカールとマッシュが来ていて、二人は僕の後ろにカーリーがいるのを見ると飛び上がって驚いた。
特にカールなんか、怒りで顔を真っ赤にして怒鳴り始める。
「だ、ダメだ、ブライアン! これは危険な任務なんだぞ!」
カーリーはニコニコしながら僕たちを眺めまわして言う。
「へえ、お兄ちゃんたち、危険な遊びをするんだ。じゃあ私、このままみんなのお家に行って、『お兄ちゃんたちが危ないことしてますよ~』って言ってくるね」
「くうう! いっちょまえに脅しか!」
「脅しじゃないよ、だって、危ないことしちゃダメでしょ」
カーリーが得意げに「ふん」と胸を張る。カールは逆にがっくりと肩を落とした。
「く、これは……この街の平和を守るかもしれない、重要な任務なのに……」
マッシュはあきらめたようにため息をついて、その後ですごく優しく笑った。
「カール、計画を知られてしまったんだから仕方ないよ。秘密を知っちゃった相手を始末するか仲間にするか、どっちがいい?」
「し、始末って?」
「そんなの、映画とかでよく見るだろ」
マッシュが引き金を引く真似をするから、カールはおびえたように体を震わせた。
「そんな非道な真似ができるか!」
「じゃあ、仲間にする、はい、決まり」
小さな弟や妹がたくさんいるマッシュは、小さな女の子の相手が得意なんだ。カーリーのこともバカにしたりせず、大柄な体が小さく見えるくらいにかがみこんでカーリーの顔を覗き込んだ。
「いいかい、仲間になったからには、秘密は必ず守ること、できる?」
「うん、できるよ」
「勝手な行動はしないことと、僕たちが『危ない』って言ったら、すぐに逃げること、できる?」
「大丈夫、できるよ」
「よし、じゃあ行こうか」
マッシュはカーリーの手を引いて立ち上がった。
カールはまだ不機嫌なのか、むすっとした顔で吐き捨てるように言う。
「そんなチビを連れて潜入なんかできるもんか! 行くのは悪の秘密研究所だぞ!」
僕はたまらない気持ちになって、軽く片手を上げた。
「あのさ、カール」
「なんだよ!」
「本当にあそこは危険な秘密研究所なのかな? 僕には、そういうふうには見えないんだけど」
「バカだなあ、悪人がわざわざ悪人ですって看板を下げて歩くか? 悪だくみを隠すなら、悪だくみなんか何もないような平和を装うもんだろ」
「だけど……」
「わかった、とっておきの秘密を話してやる。僕は、あの研究所の庭で見たんだ」
「何を?」
「ドラゴンだよ」
「え?」
「ドラゴン、竜だよ。羽があって、太い尻尾をしていた」
「ええ~」
「本当だってば!」
別にカールが嘘をつくとは思ってないけれど、どう考えてもドラゴンなんてマンガとか、童話にしか出てこないような気がする。
「なにか見間違えたんじゃないの、大きいトカゲとか、ワニとかさ」
「だったらうろこがあって、体なんかずーんと長いだろ。そうじゃなくて小さくて、白くて、ふわふわの毛が生えていて、だけど羽と太い尻尾があったんだ」
「わかったよ、おかしな生き物がいたっていうのはわかった。だったら、潜入じゃなくて、まずは調査に行こう。いきなりよその庭に入ったりしたら、お母さんに怒られるだろ。だから今日は門から庭を覗くだけ、ね、そうしよう」
マッシュがこれに同意する。
「そうだね、今日はカーリーちゃんもいるんだし、そうしたほうがいいよ」
「だろ、そうしようよ、カール」
こうなっては、カールも頷くしかない。明らかにしぶしぶではあったけれど。
「わかったよ、今日は本格的な潜入のための下調べだ。ただし、遊びじゃないからな!」
カールは先頭に立ってずんずんと歩き出す。その後を追いかけて、僕たちはスイカ畑のど真ん中を横切る農道を歩いて行った。
マーカスの秘密研究所は、だだっ広い農道の突き当りにある。門は農道の広さに合わせて作ったんじゃないかというくらい大きくて立派で、鉄格子で作られた僕の背よりもずっと高い門扉が入り口を閉ざしている。
門扉を支える門柱はレンガをきちっと積んで作られていて、そこに打ち付けられた白いブリキの板には黒いペンキでくっきりとした文字が書きこまれている。
――マーカスの秘密研究所
ペンキはぬらぬらと黒くてまだ濡れているみたいだ。さすがの僕も怖くなって、指の先で文字をちょっとつついてみる。もちろんペンキはしっかり乾いていて、指先にはなにもつかなかった。
安心した僕はカールたちに向かって頷く。
「よし、行こう」
とは言っても、門の鉄格子に顔を押し付けて中を覗くだけなんだけど。
僕たちは並んで庭先を覗き込んだ。
「おい、何か見えるか?」
「見えるよ、玄関は普通だ」
「こっちも、草ぼうぼうだけど、別に変ったものはないよ」
緊張しながらささやきあう僕たちに比べると、カーリーは気楽なものだ。
「あ、ワンちゃん~」
「犬なんか珍しくもないよ、もっと変わったものを探せよ」
「え~、ワンちゃんかわいいのに~」
カーリーは「ち、ち」と舌を鳴らして犬を呼ぶ。少し深く茂った庭草の間から、小さな子犬の顔がぴょこんと飛び出した。
「ほら、ワンちゃんかわいい~」
丸っこい顔に耳の垂れた、人懐っこそうな子犬だ。長くて白いふわふわの毛が目元を隠していて、笑っているみたいな形の口から、元気な鳴き声が聞こえた。
「わん!」
どう聞いても遊んでほしそうな、甘ったれた声だ。だからカーリーはすっかり喜んでしまって、門の間から手を差し伸べて犬を呼ぶ。
「おいで! ワンちゃん!」
最初に、草の中でトカゲのように太い尻尾がバサバサと揺れた。
「待て、カーリー、何か様子がおかしいぞ!」
「おかしくなんかないよ、ワンちゃんはうれしいと尻尾を振るんだよ」
尻尾になぎ倒された犬の胴体には、ふわふわした真っ白い毛と、それに背中に生えた大きな翼が。
「犬じゃない、あんなの、犬じゃないよ!」
僕に続いてカールが叫ぶ。
「ドラゴンだ! ほら、やっぱりいたじゃないか!」
ドラゴンというにはずいぶんと小さい生き物だ。カーリーが抱きかかえるのにちょうどよさそうな大きさはどう見ても犬……だけど、尻尾は太くて長いトカゲみたいな形で、背中には蝙蝠みたいな羽が生えているんだから、少なくともただの犬じゃない。
その生き物はまっしぐらにカーリーに駆け寄ってきて、小さな手を嬉しそうにべろべろなめた。
「わん! わんわん!」
「かわいいねえ、あまえんぼさんだねえ」
カーリーは上機嫌だけど、僕はびっくり仰天、気が気じゃない。
「カーリー、その生き物から離れろ」
「怖がらなくても大丈夫だよ、すごく人懐っこいよ」
「人懐っこくても、それは犬じゃないだろう」
「う~ん、そうだね、ちょっと変わったワンちゃんだね」
「だから、犬じゃないって、絶対に!」
僕の言葉を打ち消すように、その生き物は「わん」と鳴いた。カーリーはこれを聞いて得意顔だ。
「ほら、犬だよ」
「う~ん」
すっかり困ってしまった僕は、ちらりとマッシュを見た。彼は少し肩をすくめた後で、カーリーに近づくと、膝をついて隣に座る。
「かわいいワンちゃんだねえ」
「うん」
「だけどカーリーちゃん、よそのワンちゃんを勝手に触ったら、怒られちゃわないかなあ」
「う~ん、怒られちゃう……かな?」
カーリーが手を引っ込めようとしたその時、門の上から声がした。
「怒るものかね、ドラゴは子供が大好きなんだ、良かったらもっと撫でてあげてくれたまえ!」
少し割れた音と耳障りなノイズ。きっと門の上にスピーカーが取り付けてあって、ほかの場所でしゃべっている人の声を流しているんだろう。
そして、そんなことをする人がいるとしたら、それは……