大騒動だよ花火大会 6
マッシュを操縦しながら、カールはひどく腹を立てた様子で怒鳴る。
「それはあなたの方だ! あなたはさっきから、『都会に帰りたい』ってジェニーに言わせようとしているんだ!」
あのおばさんにとっては、子供の声なんか羽虫の飛ぶ音くらいにしか聞こえないんだ。だからカールの方へは顔も向けない。
「はじめっから、マーカスがそういうつもりなのは気づいていました。ええ、あの人はジェニーのことなんかよりも、ジェニーのもっているお金が大事なんですもの! あの貧乏くさいズボン姿を見ればわかるでしょう、私ならばあんなありあわせみたいなものは着せないで、かわいらしいワンピースを着せて、大事に大事に育ててあげるのに!」
おばさんは一気にまくし立てたけど、児童相談所の人は手帳も開かないで、ぼんやりとカールを眺めていた。何を悩んでいるのか、とても悲しい顔だった。
どちらにしても、子供じゃおばさんには話も聞いてもらえない。僕が大人になったのは、おばさんがそういう人だとジェニーに聞いていたからだ。
僕はおばさんの目の前までつかつかと歩いて行って、それから深々と頭を下げた。
「初めまして、僕はこの街に住むブライアンです」
大人になった僕を無視するようなことは、さすがにおばさんもしない。じろりと僕を見て、それから少し優しい声を出した。
「初めまして、ブライアンさん、いったい私にどういうご用?」
「はい、あの、ジェニーさんがずっとこの街で暮らせるように、お願いしたいと思っています」
「それはつまり、あなたはマーカスの味方だってこと?」
「いいえ、僕はジェニーの味方です」
「あら、そう……じゃあいいますけど、私のところで暮らすことが、ジェニーのためだと思いますよ。だって、マーカスときたら……変わり者で、親戚中に嫌われているような男なんですもの」
「いろいろ変わった人なのは知っています。だけど、本当にジェニーのことを大事にしていることも、僕は知っているんです」
おばさんは少し黙って、何かを考え始めた。だから僕は、僕の話が聞いてもらえたんだと思って、ホッと胸をなでおろした。
ところが、次に口を開いたおばさんは、恐ろしいことを大声で叫んだんだ。
「だれか~! ここに変態がいるわよ~! 捕まえてちょうだい!」
あちこちで「なんだ、なんだ」という声が上がり、公園にいた人たちは僕らの周りに集まり始めた。その真ん中で、おばさんはお芝居みたいに大げさな身振りで僕を指さす。
「あなたみたいな大人の男が、こんな小さな女の子にソンナコトをおもうなんて、それを世間では変態というのよ!」
「ソンナコトって何ですか」
「そんな汚らわしいこと、言えないわ。でも、ジェニーを自分と同じ街に住まわせておきたいなんて、ソウイウコトが目的に決まってる!」
「だから、ソウイウコトって何ですか!」
「いやねえ、あなたも大人の男の人なんだから、わかっているんでしょう?」
今の僕は大人の見た目だけど、中身は子供のままだ。だからおばさんの言うソンナコトも、ソウイウコトも、さっぱりわからなかった。ただ、バカにされたのだということはわかった。
そもそもこの作戦、僕らがジェニーのことを本当に考えているのかといわれると、ちょっと自信がない。僕らはただ、明日も明後日も、この先もずっとジェニーと友達でいたい、ただそれだけなんだから。
だけど、僕はそれを素直に伝えたつもりだ。その素直な気持ちは一つも聞いてもらえなかったんだなあと……それだけは良く分かった。
しょんぼりとうなだれた僕を見て、アーニーが怒りに肩を震わせる。どうやらアーニーは、ソウイウコトが何なのかを理解したみたいだ。
「ブライアンがそんなこと、思うわけないでしょ! 私たちは、本当に心から、ジェニーと一緒に居たいだけなの!」
おばさんは、ものすごく汚いものを見る時みたいな目で、アーニーを見た。
「へえ、それがこの子の人生の、なんの役に立つっていうの?」
「え、役に……」
「一緒に居るだけで、この子がご飯を食べられるとでも? それともお勉強ができるようになるのかしら? さあ、どんな役に立つのか、教えてちょうだい」
「ええっと、それは……」
口ごもったアーニーの代わりに、マーカス博士が静かにつぶやいた。
「情操を育むには役に立つんじゃないのかい?」
僕は耳慣れない言葉に驚いて、子供っぽく聞き返してしまう。
「ジョウソウってなんですか?」
「その口のきき方、君はやっぱり、あのブライアン君か。私の発明品を持ち出したね?」
「それは、ごめんなさい。でも、僕たちと一緒に居ることって、ジェニーさんの役に立つんですか?」
マーカス博士はいたずらっ子みたいに笑った。
「いいや、役になど立たないよ。泥遊びをしたってお腹はいっぱいになれないし、木登りができたって学校での点数は良くならない」
「じゃあ、僕らが一緒に居ても、ジェニーさんには全く無意味だってことですか」
「そうじゃないよ、ブライアン君、役に立たないことと無意味はイコールじゃない」
「難しい話ですね」
「難しくもなんともないよ。確かに君たちと遊びまわっていても、ジェシーの人生に薬に立つことなんか何もないさ。だけど、大人になった後で……」
マーカス博士は言葉を飲み込んで、遠くを見た。もしかしたら自分が子供だった頃のことを思いだしているんだろうか、すごく優しくて静かな表情だった。
「いや、この言葉は、君が大人になるまでの宿題にしよう。役に立たないものは、無意味とは違うんだよ、ブライアン君」
その後で、マーカス博士は僕の腕をつかんで引いた。
「さて、下がりなさい、ブライアン君。君はズルをして大人の姿になっただけだからね、ここから先は本物の大人である私に任せたまえ」
ジェニーがマーカス博士の足元に飛びつく。
「だめ、おじさん、だめ! 裁判に連れていかれちゃう!」
「裁判なんかこわくないさ、私は大人だからね」
「だって、裁判よ? おじさんの発明品は使えないわよ!」
「発明品なんか使えなくても大丈夫だよ、なにしろ私は大人だからね」
マーカス博士はジェニーの前に片膝をついて、目線の高さを合わせた。
「さて、私は大人だから、君たち子どもの言葉を聞いてやる義務がある。君はどうしたいんだい、ジェニー?」
「私……」
ジェニーは戸惑っている。体をもじもじと揺らして、組み合わせた両手を意味なくこね回して。
「だって、それって、ワガママだわ」
「ワガママ! 大いに結構じゃないかね! ワガママは子供だけに許された人類最大の発明だ、私の発明品なんかよりも強力で、素晴らしい力を持つものだよ」
「でも……」
「いいから、言ってごらん。なあに、このマーカスにお任せあれ、だ」
ジェニーは戸惑った顔でカールとマッシュを見上げた。二人とも、すごく真剣な顔で何度も頷いている。
それからジェニーは、カーリーとアーニーを見た。二人は手をつないで、ものすごく心配そうな顔をしている。その足元にはドラゴがいて、「きゅうん」と弱く吠えた。
最後に、ジェニーは僕の顔を。僕はジェニーが不安にならないようにわざと笑顔になった。
「大丈夫だよ、ちゃんと君がどうしたいのか言って。言ってくれたら、僕たちはどんなことでも受け入れる。だって、友達じゃないか!」
ジェニーは少しだけ頬を緩めた。
「なんだか、口のきき方もおじさんに似てきたわよね」
「え、そうかな」
「そうよ」
小さく、だけど確かに微笑んで、ジェニーはマーカス博士に向き直った。
「あのね、おじさん、自分でもわがままだってわかっているのよ」
「つまりそれは、君の素直な気持ちだということだろう?」
「そうね」
その時、響いたのはスピーカーからの声。
「次はブライアン君のアイディア、素直花火です! ふだん素直になれないあなた、これを見て、素直な気持ちを話してしまおう!」
その声に背中を押されたかのように、ジェニーがすうっと肩の力を抜いた。
「あのね、おじさん、私……ここに居たい!」
花火の開くドーンという音と、ジェニーの言葉は同時に聞こえた。だけど僕も、そしてマーカス博士も、その言葉をひとつたりとて聞き逃しはしなかった。
ジェニーはマーカス博士に抱き着いて、早口でまくしたてる。
「私はマーカスおじさんがすき、カール君も、マッシュ君も好き、カーリーちゃんやアーニーとだって、もっとたくさんおしゃべりしたい、それに、ブライアン君に、まだお礼も言ってない! 私のお金なんか全部おばさんにあげちゃって構わないから、ここに居させて!」
ジェニーは素直花火が開くよりも早く、これを言った。だから、これは素直花火の効能なんかじゃなくて、ジェニー自身の言葉だ。
素直花火をまともに見てしまったのはおばさんの方だ。おばさんは泥だらけの体でぴょんと飛び上がって言った。
「そうよ、お金さえもらえれば構わないわ! 私はお金が大好きなの! でなきゃ、あんたみたいな子供、引き取ったりしないわ!」
おばさんはあわてて口を押さえたけれど、もう遅い。周りの人たちも素直花火を見てしまったのだから、素直で厳しい言葉がおばさんに向かって飛んだ。
「なんてひどい人だ!」
「裁判をするっていうんなら、俺はマーカスさんの証人になってやる!」
「そうだね、どれだけマーカスさんがジェニーちゃんを大事にしているのか、私も裁判官に話しに行くよ!」
児童相談所の人も、どうやら素直花火をまともに見てしまったらしい。
「ジェニーさん、そのお金は手放しちゃいけないよ。それは君のお父さんとお母さんが、君の未来を買うために残してくれたお金だ」
そう言った後で、児童相談所の人はもっていた手帳をびりびりに破って捨ててしまった。
「アナベルさん、私はあなたがお金をくれるっていうから協力していたけど、もういやだ。いや……もう、ずっと前から嫌だったんだ。この二人を引き離そうというならば、私があなたの敵になりますよ!」
その顔は厳しい表情だったけれど、ここへ来た時のあいまいで悲しげな様子は一つもなかった。すっきりとしたように明るい、とても力強い表情になっていたんだ。
だから、おばさんは小さくうめきながら逃げ出した。誰もその後を追うものはいなかった……
こうして僕らは、ジェニーを守る戦いに勝利することができたんだ。




