大騒動だよ花火大会 5
広場の真ん中まで走って行くと、ちょうど目の前に青い落下傘が落ちてきた。僕は両手を伸ばしてそれを捕まえる。
スピーカーからは、再びカールの声が聞こえた。
「さあさあ、お菓子花火はもう一発あるよ! それ、発射!」
ヒュルルルルと空高くへ音が上ってゆく。それから小さな破裂音がして、ぱあっと落下傘の花がちりばめられた。
僕が赤い落下傘に狙いをつけて走りだそうとしたその時、少し離れたところから怒ったような声が。
「ここへ何をしに来たんだ、アナベル!」
それはマーカス博士の声だった。
僕が覚えている限り、マーカス博士は温厚な人だ。こんなヒステリックな声で怒鳴るのなんか、今まで一度も聞いたことがない。
だけど今の声は、野良猫が喧嘩するときみたいにガサガサした怖い声だった。
不安になった僕は赤い落下傘を諦めて、声のした方に走る。そこには野良猫みたいに背中を丸めて肩をいからせたマーカス博士の姿が。
「もう一度聞くぞ、アナベル、ここへは何をしに来た!」
マーカス博士がにらみつけている相手は、目がちかちかするほど派手な洋服を着て、首や指にギラギラするほど大きな宝石をつけた女の人だった。その人の後ろにはスーツを着たまじめそうな男の人が立っていて、手に持った小さな帳面に何かを一生懸命に書きつけていた。
僕はその男の人を、マーカスの秘密研究所で見たことがある。
「児童相談所の人だ!」
派手な洋服の人は、きっとジェニーのおばさんだろう。だとしたら、おばさんと児童相談所の人は仲間だった?
「……作戦開始だ」
僕はポケットの中から小さなスイッチを出す。これはマーカスの秘密研究所からこっそり持ち出した『みんな集まれ呼び出しスイッチ』という発明品で、押すと同じスイッチを持った仲間に連絡がいく仕掛けになっている。
そのスイッチを押すと、スピーカーのスイッチを切り忘れたのか、カールの声が海上中に響きわたった。
「父さん、ごめん、アナウンス係をちょっと代わって!」
遠くから、マッシュの声も聞こえた。
「ちょ、ちょっとどいて! 道を開けて!」
ジェニーとアーニーは近くにいたのか、すぐに駆けてきて僕の隣に並んだ。ジェニーの足元にはドラゴがいて、これはおばさんに向かって牙をむいて唸り声をあげる。
アーニーが悔しそうに囁いた。
「罠の仕込みが間に合わなかったね」
「そんなときのための『プランB』だろ」
おばさんが罠を全て乗り越えてしまったときのために考えた作戦、それを実行するだけだ。僕とアーニーは手始めに、ジェニーを守るように両手を広げて前に出た。
だけどおばさんは、まるで僕たちのことなんか見えていないみたいに、ジェニーに向かって話しかける。
「ジェニー、こんな夜遅くに遊んでいるなんて、とんだ不良娘になってしまったものね」
僕はおばさんに向かって言い返す。
「夜遅くって、まだ7時だし、それにここにはみんなもいるんだから、ちっとも不良なんかじゃないです!」
おばさんは僕たちが見えないフリを押し通すつもりみたいだ。僕の言葉にはちっとも答えようとしないで、児童相談所の人に向かって、こう言った。
「私の家にいたころは、こんなことは決して許しませんでした。七時には自分の部屋に入って、八時にはちゃんと眠ってしまう、とても規則正しい生活をさせていたんです」
児童相談所の人がうなずいて、手帳に何かを書きこむ。おばさんはさらに、ジェニーの細い腕を指さす。
「見てください、あんなに日焼けしてしまって! ちゃんとUV対策もしないなんて、これは虐待ですよ!」
児童相談所の人が手帳のページをめくろうとするから、僕は思わず大きな声を出してしまった。
「手帳なんかじゃなくて、僕らを見て!」
それでやっと、児童相談所の人は僕らを見た。少し泣き出しそうな、不思議な顔だった。
おばさんの方はそれでも僕らには見向きもしないで、ジェニーに向かって両手を広げる。
「おお、ジェニー、かわいそうな子! あなたを迎えに来たのよ」
ジェニーがおびえたように顔を真っ青にして、少し後ろへ下がる。おばさんはそれでもお構いなしだ。
「もう心配しなくていいのよ、帰ってらっしゃい。それとも、マーカスを裁判官の前に連れて行ってほしい?」
ジェニーはブルブル震えてしまって、もう言葉なんかまっとうに話せる状態じゃない。マーカス博士はすっとんできて、僕らよりさらに前に立っておばさんをにらみつけた。
「どういうことだ、アナベル、ジェニーは私が引き取ると話し合いで決まったじゃないか!」
「あれは、あなたを泳がせたのよ、マーカス。私はこの児童相談所の人に頼んで、あなたがどういうつもりでこの子を引き取ったか調べてもらったの。そしたらびっくり! あなたはジェニーが大人になったときにもらえる保険金を、独り占めするつもりなのね!」
その時、人ごみをかき分けるようにして、カールが現れた。
「それはあなたの方じゃないんですか! ジェニーの家を売って、持ち物も全部取り上げて、それでもまだお金が欲しいんですか?」
おばさんは「ふん」と鼻先で笑った。
「そんな証拠がどこにあるの?」
「証拠?」
「そうよ、賢そうな坊や、大人の世界では文句を言いたいなら、まずは証拠を出さなくちゃいけないのよ」
「それが大人のルールですか」
「そうよ」
「わかりました、じゃあ僕たちは、子供のルールでジェニーを守る!」
カールが片手をあげると、人ごみの中から、何か丸いものがふわりと浮かび上がる。
「わっはっはっはっは、戦闘ヘリマッシュ様だ!」
それは『タイジュウミルミルカルクナール』で体を浮かせたマッシュだった。片手には泥団子をつめたビニール袋を、もう片手にはビニールから取り出した泥団子を握っている。
「いいぞ、マッシュ、こっちだ!」
カールはマッシュの体にくくりつけたロープに飛びつき、体を右へ左へうまくひねって舵を取る。マッシュは全く、ちょっとした戦闘機みたいだった。
「泥団子弾、投下!」
ビニール袋からつかみ出された泥団子が、次々におばさんに向かって投げられる。
「汚い! 何をするの!」
おばさんが悲鳴をあげて逃げ惑っている隙に、僕はその場を離れて近くの植え込みの中へと飛び込んだ。
別に仲間を置いて逃げたわけじゃない。カールとマッシュの泥団子爆撃だけじゃなくて、アーニーは泥水をたっぷり詰め込んだ大型の水鉄砲を装備しているし、おばさんの足止めはばっちりだ。僕はこの作戦に置ける一番重要な役目のために、一時的に前線を離れたに過ぎない。
植え込みの中にはすでにカーリーが待ち構えていて、僕に向かって紙袋を差し出した。
「お父さんの洋服、入学式とかで着るやつ、持ってきた」
「スーツか、大人っぽくっていいね」
僕は反対のポケットから『大人になるクスリ』を取り出して手のひらにのせる。
「僕が着替える間、誰も来ないように見張ってくれ」
「ラジャーなの!」
カーリーが植え込みから飛び出して行った後で、僕は手のひらにのせた薬を一息に飲みこんだ。つんと鼻の奥を刺すような刺激臭がして、薬は僕の喉をくぐり抜ける。
「うえっ、まずっ」
思わずつぶやいた声は、まるで自分の声じゃないみたいに低くて、少しかすれていた。
「いけない、大きくなる前に着替えなくちゃ!」
慌てて洋服を脱ぎ捨て、紙袋の中からスーツを取り出す。五分もしないうちに、僕はすっかり大人の姿になって、植え込みの陰から這い出した。
急いでみんなのところに戻ると、おばさんと児童相談所の人はすでに泥まみれだった。マッシュが手にしているビニール袋はすでに空になっている。
アーニーはジェニーを背後にかばって、油断ない様子で泥水鉄砲を構えていた。
「ジェニーは帰りたくないって! それなのに無理やり連れて行くのは、ちょっとひどいんじゃないの、おばさん!」
アーニーの言葉にも、おばさんが動じる様子はない。泥にまみれた体を揺すってアーニーの肩越しにジェニーを見た。
「ふうん、そんなわけないわよね、ジェニー?」
ジェニーは怯えきって震えており、とても口なんかきける状態じゃない。だからおばさんは勝ち誇って、勝手なことを言いだした。
「そんなわけないわよ、ジェニーは私のことが大好きだし、きっとここで過ごしている間も、都会の清潔な家に帰りたいと、何度も思ったはずよ。そうでしょう、ジェニー?」
ジェニーが小さく頭を動かす。あまりにも小さくてあいまいな動きだから、「うん」なのか「いいえ」なのかさえ、僕には分からない。
マーカスさんがジェニーに向かって叫んだ。
「ジェニー、どうしたいのか、自分で決めなさい。君がここにいたいとひとこと言ってくれたら、私はどんな手を使ってでも君を守る。その覚悟はいつだってできている」
ジェニーの唇は頼りなく震えて、声はとても小さかった。
「だって、それはワガママだわ」
おばさんの方は得意そうに鼻先をあげて、他の誰もみずに児童相談所の人に向かって話しかけた。
「見ました? 今のは判断力もない子供に対する恫喝でしょう? ここに居たいと、無理やり言わせようとする卑劣なやり方ですわ!」




