不機嫌な転校生2
ジェニーは何日たっても、誰とも友達になろうとはしなかった。
親切なアーニーはこれを気にして、一人で給食を食べているジェニーに声をかけた。
「ねえ、一緒に食べよう、そんで、前に住んでいた街の話とか、聞かせてよ」
顔をしかめたジェニーが答える。
「別に、楽しい話なんかないわよ」
「そんなことないでしょう、こんな田舎と違って、都会はいっぱい人がいて、住んでる人もおしゃれで、あと、え~っと……お店がいっぱいあって!」
「だからって、みんなが楽しいとは限らないわ」
ジェニーが苦いものでも食べてしまったみたいに顔をしかめているから、きっと街の暮らしを楽しいと思わない人というのは、ジェニー自身のことなんだろう。
アーニーもそれに気づいたようで、おびえたように一歩後ろに下がった。
「ごめん、そういうつもりじゃなくて……あ、じゃあ、この街のことを教えてあげる」
「それもけっこうよ」
「ええと……」
「もういいから、ほっといてちょうだい。私は、あなたと友達になる気なんかないから」
完全にアーニーの負けだった。
どうすることもできず、アーニーはもじもじとTシャツの裾を引っ張ってその場に立ち尽くしてしまった。顔は真っ赤で、今にも泣きだしそうだ。
これを見ていた女子が二人ほど、アーニーに近づいて肩に手を置いた。
「ねえ、そんな子はほっといて、こっちで一緒に食べよ」
「でも……」
「いいじゃん、きっと一人が好きなんだよ」
そんなことがあって、ジェニーはクラスで完全に孤立してしまった。給食を食べるのも、学校の登下校の時も一人きり、もちろんグループ学習の時もどこの班にも入れてもらえない。
そんな状態のまま七月になってしまった。空はチューブから出したばかりの絵の具で塗りつぶしたみたいに青く、そこに生クリームの塊みたいな入道雲が浮かんでいる。
僕らはそんな夏の空を見上げながら下校している最中だった。
「このままじゃダメだ」
スイカ畑の横を歩いているときに、カールが突然言った。
「このままじゃダメなんだよ、ブライアン!」
彼はすっかり立ち止まって、演説をするみたいに両手を大げさに広げていた。
だから僕とマッシュも、立ち止まって返事をかえす。
「なにがダメなんだい?」
「マーカスの秘密研究所だよ! いつになったら僕たちは、あそこで行われている恐ろしい研究の秘密を暴けるんだい?」
「ああ、その話か……」
肝心のジェニーが誰とも友達にならないものだから、クラスのみんなはもう、『マーカスの秘密研究所』に遊びに行くことをあきらめている。もう誰も、マーカスの秘密研究所のことを話題に出したりはしない。
だけどカールは熱っぽい目つきで、両手を振り回して僕たちに語った。
「おかしいと思わないか、ジェニーのあの態度!」
「何がおかしいんだよ」
「なぜ、誰とも友達になりたがらないのか……きっと彼女自身にとんでもない秘密があるんだと僕は考えた!」
「なんだよ、秘密って」
カールがちょいちょいと手招きをするから、僕とマッシュはカールに顔を近づける。僕たちの後ろを通り過ぎる下級生たちを気にして、カールはやっと聞こえるくらいの声で僕たちにささやいた。
「ジェニーは、アンドロイドだ」
マッシュがびっくりして大声をあげる。
「ええっ! まさか!」
「声がデカいよ!」
「ご、ごめん。でも、アンドロイドってロボットのことだろ。ジェニーは普通に給食を食べているし、違うんじゃないかなあ」
「バイオ工学っていうのがあってね、ネジや電子基板じゃなくて、培養した細胞組織から人造人間を作ることもできるんだ。どっちにしてもジェニーは作り物で、マーカス博士に作られたんじゃないかな」
「そんなマンガみたいなことができるのかなぁ」
「できる。実際にどこかの国では、そういう技術を使って人間を作っているんだ」
カールは得意そうに小鼻をぴくぴくさせていたけれど、僕はなんだかぼんやりとしてスイカ畑を眺めた。夏に向けて大きく育ったスイカは子供の頭ぐらいの大きさで、自分を隠そうとする葉っぱを押しのけて縞模様の体をでんと見せつけている。
こんな暑くて明るい景色の中で聞くカールの話は、マンガのストーリーを聞かされているみたいにウソくさい。だってスイカ畑の向こうに見える『マーカスの秘密研究所』はきれいに塗りなおされて、普通の新築のお家みたいに見える。どこにも秘密なんかなさそうだ。
だけど僕よりもたくさん本を読んで物知りなカールのいうことなんだから、もしかしたら本当かもしれないと信じたい気持ちもあって……僕はすっかり混乱してしまったんだ。
こういう時にとびきりの良いアイディアを思いつくのは、いつだってマッシュだ。彼はスイカみたいに膨れたお腹をポンと叩いて言った。
「じゃあさ、確かめに行こうよ、潜入調査だ」
カールはこれに賛成した。
「いいね、それ。ランドセルを置いたら、いつものところに集合だ」
「僕は捕まって閉じ込められても大丈夫なように、非常食を用意してくるよ」
「じゃあ僕は、お父さんのLEDライトを借りてくるよ。研究所の電源が落とされて真っ暗になっても、ライトがあれば安心だろ」
「ブライアンはどうする?」
「え、ぼ、僕?」
またしても話のお尻を任された僕は、少し戸惑いながら答える。
「僕は、何か武器になるものを探してくるよ。もしかしたら、戦いになるかもしれないし」
「確かにその通りだよ、ブライアン!」
「相手は悪の秘密研究者だもんね、僕もお菓子だけじゃなくて、何か武器になるもの持ってくるよ」
「よし、じゃあミッションだ。ランドセルを家に置いて、潜入の準備を整えたらいつものところに集合、行くぞ!」
僕たちは自分の家を目指して走り出した。背中でランドセルがカタカタ鳴っている。
さあ、潜入捜査の始まりだ!