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マーカスの秘密研究所  作者: 森野 コリス
大騒動だよ花火大会
29/33

大騒動だよ花火大会 3

 作戦は順調だったけれど、僕らの宿題帳は真っ白いまま、夏休みの残りも片手で数えられるくらいになっていた。

 さすがにこれはヤバい。僕らはみんなで協力して宿題を済ませてしまおうと、マーカスの秘密研究所に集まった。

 研究所につくと、マーカス博士とジェニーは庭先にいた。博士の今日の洋服は白衣ではなくて、農夫風のオーバーオールで、首にはこれまた農夫風に真っ白なタオルを巻いている。

 博士は僕たちを見ると親し気に手を振ってくれた。

「君たち、いいところへ来たね。ちょうどおやつを作ろうと思っていたところだ」

 僕たちは驚いて目を見張る。

「おやつを作るのに、庭で?」

 ジェニーは困ったような顔をして肩をすくめる。

「何か、新しい発明をしたんですって」

 庭の真ん中には掘り起こした土で浅い畝が作られて、小さな畑になっている。まるきり農夫みたいな格好をしたマーカス博士は畑の横でタネの小袋をためつすがめつして、これからまく作物を選んでいる様子だった。

「そうだなあ、せっかくスイカの産地に越してきたんだ、やはりここはスイカにするべきだと思わないかね、ジェニー」

 ジェニーはふいと横を向く。

「好きにすれば」

 だけど怒っているわけじゃない。ジェニーの頬はわずかに緩んで、笑いをこらえようとぴくぴくふるえている。きっと、ジェニーもワクワクしているんだ。

 僕もワクワクしている。だけど、僕の家はスイカ農家だから、今からスイカを作ろうというマーカス博士の言葉にすっかり驚いてもいた。

「いまからタネをまくんですか?」

 なにしろ夏休みも終わろうという今の季節、スイカはすっかり出荷が終わっている。黒い縞の美しいスイカがゴロゴロと転がっていた畑には、自分の家ように残したスイカがぽつん、ぽつんと残っているだけ……ビニールで作った小さなハウスはすっかり取り外され、黄色くなりかけたスイカの葉っぱが太陽の日差しにあてられてうつむくように茂っている、そんな時期なのだ。

「あの、普通スイカの種まきの時期はですね……」

 解説の言葉をさえぎるように、マーカス博士はバッと開いた手のひらを僕の顔の前に押し付ける。

「心配はご無用! このマーカスにおまかせあれ!」

 マーカス博士がオーバーオールのポケットから茶色い小瓶を取り出した。それは理科室の薬品棚に並んでいるようないわゆる『薬瓶』で、中の液体が陽にすかされてタプンとゆれるのが見えた。もちろん、ラベルなんか貼ってないのだから中身がなんなのか、わかるわけがない。

 マーカス博士はその瓶を高く掲げて、さもさも得意げに大きな声で告げる。

「これこそマーカスの大発明、『ショクブツグングンノビール』だ!」

 青空まで突き抜けるような大声で、ジェニーが笑った。

「なにそれ。おじさんってば、相変わらずネーミングセンスないわね」

「まあまあ、これが成功品なら、ちゃんとした名前を考えるさ」

 マーカス博士が笑いながら瓶のふたを開ける。肥やしのような匂いが、強く漂う。

「うわ、くっさ!」

 僕らは鼻を押さえたけれど、博士は気にせずタネの袋を破いて、その中の数粒を足元に落とした。それから薬瓶の中身をジャバっと無造作にふりかける。

「くさいのも当然! これは植物の成長に必要な成分をぎゅっと濃縮ぅううううううううう!」

 マーカス博士が絶叫したのは、地面からにょっきりと顔を出した双葉が瞬く間にツルを伸ばし、ズボンの裾から入り込んできたからだ。たぶんすねの辺りをなでられてびっくりしたんだろう。

 僕たちが見ている前で、スイカはすごい速度でグングン成長をはじめた。わさわさと大きな本葉を何枚も広げ、ツルはみるみるうちに太く、長く、蛇がのたうつみたいに地面を這い回る。

「立ち上がってのびるツルに気をつけろ! 空中に吊り上げられたりしたら、大変なことになるぞ!」

 マーカス博士の声がしたのは、右往左往しながら足元の蔓をよける僕たちの頭上高く。

 見上げれば僕たちの頭よりも高く伸びたツルの先に、マーカス博士がぶら下がっている。オーバーオールの裾から胸のほうまで入り込んだ太いツルにつるされて、マーカス博士は手足をばたばたさせていた。

「お~い、ジェニー、助けてくれ~」

 スイカはというと、そろそろつるを伸ばすのをやめて花を咲かせ始めた。あちこちについた蕾をがぱっと開くんだけど、この一つ一つが大きいのなんの……日向で育てたひまわりみたいに大きいんだ。

 マーカス博士は手足をばたばたさせながらわめいた。

「や、これはいかん! 受粉させなければ! ジェニー、私を助けるのは後でいいから、受粉をさせておくれ!」

 ジェニーは不安げにあたりを見渡してつぶやく。

「そんな、無理よ……」

 確かにスイカのつると葉っぱは茂りすぎて、ジャングルみたいになっている。花はいっぱい咲いているけれど、逆にいっぱい咲きすぎていて、どこから手をつけていいか迷うのも無理はない。

 僕はジェニーを押しのけて、カールとマッシュに向かって叫んだ。

「雄花は見つけたらちぎって僕のところに持ってきて! 雌花を見つけたときは呼んでくれ!」

 スイカというのは雄花と雌花が明らかに違う形をしている。雌花は花の付け根にうすい縞模様のついた、小さなスイカそのものみたいなふくらみがついている。だから花びらをめくってみれば見分けるのは簡単だ。

 僕たちはジャングルのようなスイカ畑の中を汗だくになって這いながら、雄花の花粉を雌花に押し付けてまわった。一通りの作業を終えて上を見上げると、マーカス博士はまだつるされたままで、それでも満足そうに腕組みしながらうなづいている。

「うむ、これでおいしいスイカができるに違いない。ところで、私はいつ下ろしてもらえるのかな?」

 ジェニーも腕組みをして、マーカス博士を見上げた。

「このスイカが枯れるまで待っていたら、自分で降りられるんじゃないかしら?」

「うむ、いや、しかし……ここは暑くてな」

「そうかしら? 風もほどよく吹いているみたいだし、少しそこで頭を冷やしたほうがいいんじゃない?」

 マーカス博士は大人、ジェニーは子供……いまだってマーカス博士がジェニーを見下ろしているはずなのに、なんだかジェニーのほうが偉いみたいで、僕たちは思わずくすくすと笑ってしまう。

 ジェニーはこれが気に食わなかったらしく、腕組みを解いてビシッと僕たちを指差した。

「そこ! 別に面白くないから! 笑わない!」

 それから指先の方向をかえて、マーカス博士をビシッと指す。

「おじさん、次からスイカはお店で買ってきてちょうだい! こんなの、二人で食べきれるわけがないでしょ!」

 たしかに、葉っぱの間で膨らみはじめたスイカは子供の背丈ぐらいある。それがいくつもいくつも……ゴロゴロと転がっているんだから、僕たちがお腹いっぱい食べても食べきれないだろう。

 小さく「わんわん」とほえる声が玄関からこちらに向かって近づいてきた。ドラゴと一緒に庭に駆け込んできたカーリーも、この光景に驚いたのか、目を丸くして立ち止まる。

「すご~い! これ、どうやったの!」

 はしゃいだ声をあげるカーリーとは対照的に、ジェニーは眉間を押さえてうめいた。

「どうすんのよ、これ……」

 だけどそのときにはもう、僕はいいアイディアを思いついていたんだ。だからジェニーに明るく声をかける。

「じゃあさ、こういうのはどう?」

 みんなが僕に顔を寄せ、耳を差し出す。僕がその耳に向かってコソコソコソっと囁くと、みんなは顔をぱあっと輝かせた。

「いいね、それ」

「僕、お父さんに頼んで料理を用意してもらうよ!」

「じゃあ、私はお母さんに頼んで、放送を入れてもらう!」

「カーリーもお手伝いする~」

 みんなが走り出すから、巨大なスイカが転がるジャングルと化したマーカス邸の庭には、僕とマーカス博士と、それにジェニーだけが取り残された。

 スイカのツルの先でぶらぶら揺れながら、マーカス博士が困り切った声を出す。

「ブライアン君、ねえ、お願いだから助けておくれよ」

 僕はマーカス博士を見上げて、胸を張る。

「いいですよ、助けてあげます。でも、その代わり、僕らの計画に協力してください」

「計画って何だい? 私も大人だからね、君たちが危なかったり、悪いことをしようと計画しているなら、全力で止めるよ」

「危なくも、悪くもないですよ、このスイカを食べるのに、街のみんなを招待しようと思うんです。で、その時に花火大会もしてしまおうと……この前みんなで設計図を作った花火、あれ、完成しているんですか?」

「うむうむ、もちろん完成しているとも! そういう楽しい計画になら、いくらでも手を貸そうじゃないか!」

 胸を這ったマーカス博士だったが、自分の足元に地面がないことを思い出して、ゆらんゆらんと揺れながら情けない声を出した。

「協力するから、早く下してくれたまえ~」

「わかりましたよ、ロープを探してくるので、待っててください。あと、ジェニー、君も手伝ってよ」

「何を手伝えばいいの?」

「みんなが集まる会場を作ろう。公民館の裏に大きな公園があるだろう? あそこにテーブルやいすを運びたいんだけど、なにかいい発明品はないかな」

「それなら、おじさんが作った『えっちらおっちら運ぶ君』が使えるかも。納屋にしまってあるはずよ」

「いいぞ、納屋にはロープもあるはずだ、行こう」

「ええ!」

 僕たちも、パッと走り出した。


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