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マーカスの秘密研究所  作者: 森野 コリス
大騒動だよ花火大会
28/33

大騒動だよ花火大会 2

 晴れの日があれば雨の日もある。

 その翌日は空から細い糸を垂らしたような小雨の降る肌寒い日だった。それでもジェニーとアーニーは友達になったばかりだから、きっと一緒に遊びたいに決まってる。

 だから僕はみんなを僕の家に呼んで、マーカスさんに作ってもらう花火の設計図を書くことにした。もっとも、大人が見たらみんなでお絵かきに夢中になっているだけにしか見えないだろうけど……僕たちはすごく大真面目に画用紙に向かって黙々と自分のアイディアを描きこんでいた。

 カーリーなんかは、すっかりただのお絵かき気分だ。大きな画用紙にクレヨンでグリグリと丸を描きこみ、その周りに小さな花の絵を散らす。

「花火っていうんだから、本物のお花が出てきてもいいと思うの!」

 その一方でカールなんかはちゃんと定規とコンパスを使って緻密で複雑な図形を描いている。図形の横には小さい字で説明が書きこまれていて、まるきり本当の設計図みたいだ。

「花火が球形である必要はないと思うんだ。もっと変則的で不規則な形に作れば、きっと面白い飛び方をするだろう」

 マッシュはその隣に座って、いろんな食べ物の絵で画用紙を埋め尽くそうとしている。

「ああ、ピザが出てくるのもいいな。丸いピザが、UFOみたいに飛ぶんだ」

 アーニーは真っ白い画用紙を前にして頭を掻きむしりながらアイディアを練っているし、僕は僕で花火の丸を描きこんだところで手が止まっていた。

 なにしろ僕の考えているのは『素直花火』、見た人が素直に自分の気持ちを話してしまう効果のある花火なんだから、形に特徴があるわけじゃないんだ。

「しょうがない、カールみたいに説明をつけようかな」

 鉛筆は、ちょうどジェニーの手元にあった。僕はそれをとってもらおうと声をかける。

「ねえ、ジェニー」

 どうやら僕の声が聞こえなかったみたいだ。ジェニーは白い画用紙に視線を落したまま、ぼんやりと座っている。

「ジェニー!」

 少し大きい声を出すと、彼女の肩がビクッと震えた。それから、ゆっくりと振り返った顔の、なんと白いこと!

 画用紙よりも白くて……ううん、少し青ざめて、ジェニーは思いつめたような顔をしていた。その顔の中でも赤みを失わない赤い唇が静かに動く。

「ブライアン君、私……」

 その次の言葉が続かない。ジェニーは水の中に沈んだ魚みたいに、声の出ない唇をパクパクさせるばかりだ。

 僕はすごく心配になって、ジェニーに向かって身を乗り出した。

「大丈夫かい、ジェニー」

 他のみんなも、設計図を描く手を止めて振り向く。

「どうした、ブライアン」

「何かトラブルかい?」

「いいや、大丈夫だ、自分の作業をしていていいよ」

 僕は片手をあげてみんなを押しとどめようとしたけれど、その手に縋りついたのは他でもない、ジェニーだった。

「ブライアン君、いいから」

「いいって、何がいいんだよ」

「これは、みんなに聞いてもらわなくちゃいけない話なの。だけど、みんなに話す前に、あなたの許可を取らなくっちゃいけない。だって、『二人だけの秘密』だったんだもの」

 それで僕は、ジェニーが何を話そうとしているのか、すっかりわかってしまった。

「いいよ、ジェニー、君が話したほうがいいっていうんなら、僕は構わない」

「ありがとう、ブライアン」

 ジェニーの両目から、ぽろりぽろりと涙がこぼれる。カールやマッシュはこれを見て、すっかりうろたえてしまった。

「ジェニー! どこか痛いのかい?」

「それとも、ブライアンが意地悪を言ったのかい?」

「ううん、そうじゃない、そうじゃないの!」

 カーリーはものすごく心配そうな顔をして、ジェニーの手を握る。

「お姉ちゃん、なんで泣くの?」

 ジェニーはその手を握り返した。

「みんなが優しいからよ」

「優しいと泣くの? じゃあ、カーリー、意地悪になったほうがいい?」

「そうじゃないわ、私は優しいカーリーちゃんが好きよ」

 アーニーは自分のポケットをごそごそと忙しくあさっている。

「待って、今、ハンカチを……あれ? ここにあるはずなんだけど」

「あなたも優しいわね、アーニー」

 ジェニーは自分の手のひらで涙を拭って、「すん」と鼻をすすりあげた。

「みんな優しいから、つらいの」

「何がつらいのさ?」

「私には、あなたたちに話していない秘密があるの。その秘密を話さないままなのに友達でいてもらおうっていうのは、嘘をついているのと一緒だなって……そう思ったの」

「じゃあさ、今、ここで話しちゃえばいいじゃん」

「そうそう、友達なんだから、何でも話してよ!」

 ジェニーはそれでも決心がつかないのか、少し体をゆすって、居心地悪そうに首をすくめる。

「あのね、本当は私、ずっとこうしてみんなと遊びたいと思ってる」

 カールが呆れたように鼻先で笑う。

「遊べばいいじゃないか、何なら僕らが、毎日遊びに行ってやるよ?」

「それは無理よ」

「そうだね、たしかに毎日は無理かもしれない。僕だって毎日ヒマなわけじゃないからね。だけどその時はマッシュが代わりに遊んでくれるだろうし、カーリーやアーニーもいる、ブライアンだっているんだし、遊ぶのには困らないだろ」

「そうじゃないの、私、この街からいなくなるの!」

 マッシュが驚いて後ろにのけぞる。カーリーは逆に前に身を乗り出して、ジェニーの顔を覗き込んだ。

「いなくなっちゃうの? いつ?」

「夏休みが終わるころには……」

 アーニーが少し怒ったようにほほを膨らませた。

「つまり、私たちとお別れすることが決まっているのに、友達になったってことね」

「ごめんなさい、アーニー」

「べつに、そのことは怒ってないわ。先に夏休みだけの友達だって言われても、私はあなたと遊びたいって思っただろうし。私が怒っているのはね……」

 アーニーは立ち上がり、どしんと足を踏み鳴らす。

「なんて暗い顔してるのよ、ジェニー! それ、あんたにとって、幸せじゃないお引越しだってことよね!」

 さすが、アーニーは鋭い。ジェニーもすっかり観念してしまったように、おとなしく話し始める。

「おばさんにとって、私はね、いらない子なの」

「いらない子なのに、あんたを引き取ったの?」

「お金のためよ。お家を売ったお金も、お父さんやお母さんが残してくれた貯金も、私の養育費に充てるって、おばさんが全部持っていっちゃったの。それでもまだ私には、お父さんとお母さんが残してくれた保険金が残っているから、それが欲しいらしいの」

 カーリーがポンと両手を合わせる。

「そんなお金、あげちゃえばいいじゃない! ここにずっといたらいいよ。ご飯が足りないなら、私のご飯、分けてあげる!」

「ありがとう、カーリーちゃん。だけど、そういう簡単な話じゃないのよ。保険金は私が大人になってから渡すようにって、大人のルールで決まっているの」

「ふうん、大人のルールって難しいんだね」

「そうね、大人のルールってとっても難しい」

 マッシュが真面目な顔で言いだした。

「だけどさ、ジェニーは子供なのに大人のルールに振り回されるなんて、おかしくない?」

 カールがそれに賛成する。

「そうだそうだ、僕らは子供なんだから、子供のルールってもんがある!」

 ジェニーが慌てて両手を振る。

「だめよ、おばさんは大人だもの、私たち子どものルールは通用しないのよ!」

「それでも、ジェニー、私はあんたとずっと友達でいたい!」

 アーニーの力強い言葉に、ジェニーの顔がぐしゃっと泣き顔に変わった。

「そんなの、私だって……」

「だったらきまりだね、私たち子どもは、おばさんからジェニーを守る!」

 マッシュは見た目よりもずっと賢い。だからすぐに、ジェニーを守る一番簡単な方法に思い当たったみたいだ。

「でも、それってさ、マーカス博士に相談したらいいんじゃないの? マーカス博士も大人なんだし、大人のルールでジェニーを守ってくれるんじゃないの?」

 それを大きな声で否定したのは他でもない、ジェニーだ。

「だめ! おじさんには言わないで!」

「どうして?」

「おじさんは大人だけど、普通の大人とはちょっと違うでしょ。だからおばさんはおじさんを裁判にかけるつもりなのよ」

「裁判ならいいじゃない。何も悪いことしてないんだから、マーカスさんが負けることはないでしょ」

「それは私たち子どものルールよ。裁判は大人のルールでするものだから、複雑なの。おばさんはそれを利用しておじさんを犯罪者にしようとしているのよ」

 僕は少し腹が立って、奥歯をギリッとかみしめた。自分でも驚くほど怖い声が出た。

「マーカス博士は悪いことなんかしない、絶対に!」

 ジェニーは僕の言葉に少しだけほっとしたみたいで、優しいため息をついた。だけどその顔は、まだ困った表情のままだった。

「もちろんよブライアン君、おじさんは悪いことなんか絶対にしない。だけどね、悪いことをしたように見せかけることはできるんだって」

「わかった、つまり僕らは、マーカス博士とジェニーと、両方を守ればいいんだね」

 僕の提案に感動したのか、みんなが「うおおお」と雄たけびをあげる。

「素晴らしいよ、ブライアン!」

「よし、みんなで作戦を考えよう!」

「とびっきりの作戦をね」

 ジェニーだけが、おびえたように両手をあげて僕たちを押しとどめる。

「ダメよ、皆にそんなあぶないことさせられない!」

「どうしてさ」

「だって、友達だから……だから、危ない目に合わせたくないの」

「それは僕たちもだよ、ジェニー。僕たちは友達だから、君を守りたいんだ」

「友達だから……」

「そう、友達だから」

「みんな、ありがとう」

 素直に頭を下げたジェニーの肩は震えていて、たぶん、泣いていたんだと思う。だけど僕は、ジェニーが悲しくて泣いているわけではないことを知っていた。

 しばらくして、顔をあげたジェニーは笑っていた。

「だったら、私も作戦に参加するわ。守られているだけなんて、私のプライドが許さないもの」

 こうして僕たちは、おばさんの襲来に備えて作戦を練ったんだ。毎日、誰かの家に集まって、時々はマーカスの秘密研究所から使えそうな発明品を持ち出して……カールは街の見取り図を手に入れておばさんを食い止めるワナの設置場所を考えてくれたし、アーニーは僕らにケンカの仕方を特訓してくれた。いつの間にか夏休みの終わりも近づいていたけれど、僕らの毎日はすごく充実したものだった。

 そう、この時の僕らは……僕らの力だけでジェニーをおばさんから守ってあげることができると、本気でそう思っていたんだ。


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