大騒動だよ花火大会 1
その日、僕たちはマーカスの秘密研究所に集まって夏休みの宿題をしていた。
夏風が気持ちいいからと、マーカスさんは木陰に木でできたテーブルとベンチを出してくれたんだけど、これももちろん、ただのベンチじゃない。テーブルの真ん中にパソコンが埋め込んであって、分からないことはすぐに調べることができるんだ。
「へえ、マーカス博士も、たまには役に立つものを作るんだな」
カールはパソコンをいじりながらご機嫌だけど、マッシュの方は広げた計算ドリルの上に顔を伏せて不機嫌だ。
「そんなことないよ、計算機が使えないようにしてあるなんてさ~」
「計算は自分で頑張れってことだろ」
「え~、計算が一番めんどくさいのに~」
テーブルの反対側では、ジェニーがカーリーの絵日記を手伝っている。
「へえ、カーリーちゃんって絵が上手なのね」
「えへへ、今度お姉ちゃんの絵もかいてあげるね」
「ホント? わあ、うれしい!」
僕は一人で自由研究のまとめ。だけど、そろそろ図鑑を写すのに飽きて、投げ出したくなっていた。
ちょうどそこへ、マーカス博士がやってきたんだ。
「やあやあ、君たち、がんばってるね!」
博士は子供の身長ぐらいある大きな筒を、重たそうに抱えていた。
「一休みして、おやつにしないかね?」
筒が地面におろされるよりも早く、僕らはぱっと立ち上がってマーカス博士に駆け寄る。だって、相手はマーカス博士なんだから、絶対に『面白い』おやつが出てくるに決まっているじゃないか!
「博士、それは何ですか?」
「花火の打ち上げ装置にみえるよね?」
「早く、早くおやつ~」
大騒ぎする僕たちに向かって、マーカス博士は片手を突き出して押し返すようなしぐさを見せる。
「危ないから下がりたまえ、これは、なんと、『お菓子が出てくる花火』だ!」
カーリーがおさげを揺らしながらぴょんと飛び上がった。
「カーリーが考えたやつだ!」
「そのとおりさ、ミス・カーリー!」
「早く、早く打ち上げて~!」
「よしよし、じゃあみんな、二歩ずつ下がりたまえ!」
僕たちが下がると、マーカス博士は地面に筒を立てる。それから花火用の長いライターを取り出して、カチッとスイッチを押した。
「危ないぞ、大きな音が出るぞ、もっと下がりたまえ!」
そう言いながら博士は、へっぴり腰で導火線に火をつける。
「そら、ついたぞ! 来るぞ、来るぞ!」
博士はライターを投げ捨てて逃げ出す。導火線はチリチリ音をたてながら燃えて、筒の中に吸い込まれるように、ほんの一瞬だけ音すらしなくなった。
次の瞬間……
――シュ……ポォーン!
筒の中から飛び出した花火は空高くに上がって、『パン!』と短い破裂音を立てた。あたりには砂糖を焦がす甘い匂いが漂う。
「みて、かわいい!」
カーリーが小さな手を精いっぱいに伸ばした先には、真夏の底ぬけに青い空と白いくらいにまぶしい太陽……そして花火の中から散った色とりどりの落下傘がいくつも浮かぶ。
マッシュはふわり、ゆらりと落ちてきた落下傘をつかんで叫んだ。
「見て! お菓子だ!」
手のひらに乗るぐらい小さな落下傘には、お菓子を入れた小さなビニール袋がぶら下がっている。僕らは歓声をあげて両手を伸ばし、空から降りてくる落下傘を捕まえるために駆け回った。
「うむうむ、実験は成功だ」
マーカス博士は満足そうに頷いているし、ドラゴも嬉しそうに僕らの足元を駆けまわっている。もちろんジェニーも、小さな子供みたいにはしゃいで落下傘を追いかけているし、とても幸せな光景だ。
だけど落下傘を捕まえに門の近くまで行った僕は、そんな幸せそうな庭先の光景を時とっとにらんでいる人物がいることに気づいた。
「あれ、アーニーじゃないか」
アーニーは門にしがみついて中を覗いていたんだけど、その顔はほっぺたをぷうっと膨らませて、じろりと鋭い目つきで、なんだかすっかり怒っている様子だ。
「……るい」
「え?」
つぶやいた声を聞き取ろうと片耳を差し出せば、そこに大音量の叫び声が吹きこまれた。
「ず る い !」
「うわっ! そんな大きな声を出すなよ」
この騒ぎを聞きつけたジェニーが、僕らのところへ駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
アーニーはジェニーのことをにらみつけて喚いた。
「ずるいずるいずるいずるい!」
「な、何がずるいの?」
「私とは友達になってくれなかったくせに、男の子たちとは仲良くなって、面白そうなことをしてるなんて、ずるい!」
「ああ、えっと……」
すっかり困ってうつむいてしまったジェニーと、それをにらみつけているアーニー……『一触即発』っていう感じの雰囲気だ。
だけどアーニーの方が、先にぐしゃっと顔を歪めて半べそをかいた。
「違う、そうじゃないのよ、ジェシー。私はあなたがかわいそうだとか、一人ぼっちだから友達になろうとしたわけじゃないの。それだけはわかってほしくて、ここへ来たの」
「その、えっと……」
「これだけはわかってちょうだい、私はあなたと友達になって、こういうふうにただおかしく遊びたかった、それだけなの!」
「ああ、うん」
ジェニーがうつむいたままだから、僕はその背中をそっと押した。
「ほら、ジェニーも言うことがあるんじゃないの?」
二歩ぐらいアーニーに近づいて、ジェニーはそっぽを向いて小さな声で言った。
「私なんかと友達になっても、面白くないわよ?」
「どうして?」
「私、女の子がしているみたいなおしゃれの話とか興味ないし、都会での話だって、あなたたちが喜ぶような楽しい話題なんてもってないもの」
「そうじゃないのよ、ジェニー!」
アーニーは、ガチャンと音を立てるぐらい強く門に飛びついた。
「私が聞きたかったのは都会がどんな楽しいところかじゃなくて、あなたがどんな人なのか、だったの!」
「私がどんな人か?」
「そう、あなたがどんな人で、何が好きで、どんなことを楽しいと思うのか」
「それなら最初に、そう言ってくれればいいじゃない」
ジェニーが少し怒っているみたいなキツい声を出すから、僕は焦ってしまう。これでアーニーが腹を立てたりしたら、ケンカになってしまうからだ。
だけどアーニーは怒ったりせず、むしろ静かな声で話し出した。
「だって、出会ったばっかりの人に、『あなたってどんな人?』って質問責めするのは、お行儀が悪いじゃない?」
「確かに……」
「だから、会ったばかりの相手とは、そういう軽い話をするものだわ。違う?」
「そうだけど……軽く話せるような内容じゃないのよ、私の都会での暮らしは」
「だったら話題の選び方を間違った私が悪いわ、ごめんなさい。だけどね、本当にあなたと仲良くなりたかっただけなの」
これを聞いたジェニーは黙ってしまった。ずっと黙ってうつむいているから、僕は心配になって、もう一回、ジェニーの背中を押す。
「ジェニー、素直に言っていいんだよ」
「素直にって、何を?」
「友達になりたくないなら、そう言えばいい」
「それって、相手を傷つけない?」
「傷つけるだろうね。だけどさ、ジェニーが素直に言ってくれなかったら、自分の何がいけなかったんだろうって、アーニーはずっと悩むと思うんだよね」
「ずっとって、どのぐらい?」
「ずっとは、ずっとさ」
「そう」
ジェニーは決心したのか、きりっと顔をあげる。
「ごめんなさい、アーニー」
「あ、やっぱり友達になりたくない?」
「いいえ、いいえ、そうじゃないの。いままで嫌な言葉をたくさん言ってしまったから、そのごめんなさいなの」
「じゃあ、友達には?」
「なりたいわ、もちろん! でもね……」
ジェニーがまた、うつむいてしまう。
「私と友達になっても、本当に面白くないかも」
「どうしてそう思うの?」
「だって、私の話って、本当に面白くないって、みんなが言うの」
「みんなって?」
「前の……学校の……」
「なあんだ、みんなじゃないじゃない」
アーニーはジェニーの言葉を笑い飛ばした。
「少なくとも私は、まだ、あなたの話を聞いたことがない。もしかしたら本当に面白くないのかもしれないけれど、それがどうだっていうのよ」
「話の面白くない人と一緒に居ても、つまらないでしょう?」
「おしゃべりをするばかりが友達じゃないよ。例えばさ、男の子たちは、『秘密の花園』に連れて行ってくれた?」
「なに、それ!」
「ふふ~ん、やっぱりね、男の子なんてそんなもんよね。あのね、ちょっと遠いけれど、お花がいっぱい咲いている空き地があってね、私たちはそこを『秘密の花園』って呼んでるの」
「素敵だわ!」
「お菓子と水筒もってさ、そこにピクニックに行こうよ!」
「行きたい! 連れて行って!」
飛び上がるほど喜んだジェニーを見て、アーニーは「ふ」と笑った。
「これで私たちは友達ね」
「え、もう? これで友達なの?」
「当たり前でしょ、ちゃんとお互いの気持ちも聞いて、遊びに行く約束もしたし、友達じゃん!」
「なんだ、友達を作るって……簡単なのね」
ジェニーはにっこりと笑って門を開く。
「さあ、入って、一緒におやつにしましょう!」
ところが、これを聞いたマーカス博士は困った顔をして両手をあげてしまった。
「すまないが、ジェニー、お菓子花火は一つしか作らなかったんだよ」
「でも、落下傘はあんなにいっぱいあったんだから、お菓子はまだあるでしょ?」
「それが……ねえ」
マーカスさんが視線をやった先には、モッチャモッチャと口を動かすマッシュが。その足元にはお菓子の包み紙が散らばっている。
どうやらお菓子のほとんどはマッシュのお腹に収まってしまったあとらしい。
「ええ~、私もお菓子、拾いたかったのに~」
アーニーが駄々っ子のようなふくれっ面をするから、マーカス博士は困り切って頭の後ろを掻きむしった。
「ううむ、しかし、いかに私が天才とはいえ、お菓子花火を今すぐに用意することはできないし……」
ここで僕は、素晴らしいアイディアを思いついたんだ。
「すぐじゃなければ、お菓子花火を用意できるんですか?」
「それはもちろん!」
「だったら、お菓子花火で花火大会をしましょう!」
「それは素晴らしいアイディアだよ、ブライアン君! とても楽しそうだ!」
「はい、とても楽しいと思います。だから、その花火大会の日には、クラスの友達も誘ってあげようと思うんです。もちろん……ジェニーが嫌じゃないならば、だけど」
僕が振り向くと、ジェニーは少しおびえたようにビクッと体を震わせる。だけど、アーニーがその肩を強く抱いて、囁いた。
「大丈夫、私がついてるよ」
「そうね……」
ジェニーが戸惑いながらも頷くから、話は決まりだ。
「そうとなったら、お菓子花火だけじゃ寂しいだろう。画用紙とクレヨンを持ってくるから、面白い花火のアイディアを考えてくれないかな?」
家に向かうマーカス博士の後ろを、カーリーとドラゴが追いかけた。
「面白い花火って、どんなの?」
「それを君たちが考えるんだよ。君たちが面白いと思うものをうんと詰め込んで、この世で一番楽しい花火大会にしようじゃないか!」
「やったね!」
マッシュとカールはテーブルの上に散らばった勉強道具を片付け始める。アーニーはその手伝いだ。
僕はジェニーのそばに行って、小さな声でそっと聞いた。
「例えばさ、人の気持ちを変える花火っていうのも作れるのかな」
「また、おせっかいなことを考えているの?」
「僕はそんなにおせっかいかなあ?」
「おせっかいよ。嫌いじゃないけどね」
大きなため息をついた後で、それでもジェニーは答えてくれた。
「一時的に人の気持ちを変えるだけなら、光のパターンや音なんかを組み合わせれば理論的に可能だわ。だけど、たぶん、一時的な効果しかないわよ」
「一時的って?」
「びっくり箱を開けた時に、ワクワクした気持ちが一瞬でびっくりに変わるでしょ、そういう感じの、簡単な心の動きしか制御できないってことよ」
「それでも十分だよ、よし、マーカスさんにお願いしてみよう」
「まったく、今度はどんなおせっかいをしてくれるつもりなのよ」
口調は少しキツかったけれど、ジェニーはニコニコしている。だから僕は、とびっきりの笑顔を反して口の前で人差し指を立てた。
「まだ、内緒さ」
「本当におじさんにそっくり」
ジェニーの明るい笑い声が真夏の空に吸い込まれるように響く。どこまでも高く、まぶしく……夏休みも半分ほど過ぎた、良く晴れたある日のことだった。




