大人になりたいカーリー 4
洗濯を干す、これはどうしたって背の小さいぼくよりも大人の背丈をしているカーリーのほうが有利なわけで、彼女は蜘蛛の巣のように洗濯ロープを張り巡らせた庭を走り回る羽目になった。
「カーリーちゃん、そのシーツは大きいからこっちの広いところに吊るして」
「は、はい!」
「そのシャツは色が濃いから陰干し、こっちの木の陰ににハンガーで吊るしてね!」
「はい! わかった!」
こうして一通りの洗濯物を干し終わったころには、カーリーは疲れきった顔で座り込む。
「もう終わりでしょ~、遊ぼうよ~」
「まだよ、そろそろお次の洗濯物が洗いあがるから、それも干しちゃわなくちゃね」
「え~、もう飽きた~」
「それに、遊ぶといっても今のあなたは大人なのよ。なにをして遊ぶの?」
「おにごっことか?」
「小さな子供を連れたお母さんお父さんならともかく、大人が鬼ごっこをしているのを見たことがある?」
「じゃあ大人はなにをして遊ぶの?」
「そうね……音楽を聴いたり、本を読んだりかしら?」
「そんなの遊びじゃないよ~」
大人の姿をしているくせに、駄々っ子そのものの仕草で芝生の上に体を投げ出す。
「やだあ、もうやだあ~」
「おい、大人のクセにみっともない、ちゃんと起き上がれよ」
「え~、なんで~」
「だから『大人だから』だよ」
ちょうどそのとき、スーパーの袋をぶら下げたマーカス博士が庭先にひょっこりと顔を出した。
「ほら、マーカス博士に怪しまれるだろ、さっさと起きろよ」
「はぁい~」
しぶしぶ体を起こしたカーリーは、それでもまだ何か文句を、ブツブツと口の中で噛みまわしている。
マーカス博士はそんなカーリーの鼻先でわざとみたいにスーパーの袋を振ってみせた。
「バニラとイチゴがあるけれど、どっちがいいかね?」
「カーリ……私はイチゴ!」
「おや、カーリシアさんは大人だから、アイスなんか要らないでしょう?」
「う……」
がさがさと白い袋を鳴らして、マーカス博士はカップのアイスを二つ、取り出した。
「これ、本当にいいんですか?」
「ああ、暑い中で頑張って洗濯を手伝ってくれたお礼だよ」
手渡されたそれは、アイスといえば箱に入ったお徳用の棒アイスばかり買ってくる僕の家では年に数回しかお目にかかれない、スーパーで一番高い高級アイスだ。落ち着いた色のパッケージが大人っぽくて、カーリーなんかは良くスーパーでこれをねだるのだけれど、いつも母さんに買ってもらえないあれだ。
ふとカーリーを見ると、顔を真っ赤にして目の端に涙を浮かべて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「さあさあ、溶けないうちにめしあがりたまえ!」
マーカス博士は袋の中からスプーンを取り出したけれど、僕はそれに手を出すことができなくてカーリーの顔ばかりを見ていた。
可愛げのない顔だ。いつもの小さなカーリーがお下げ髪を揺らして駄々をこねるのとは違う。何しろ大人なのだから、ふくれっつらをすると口の両側にくっきりと皺が浮かんで余計大人じみて見えるのだ。
「どうしたね、さあ、はやく!」
マーカス博士がぐいっとスプーンを差し出すと、カーリーはついに、わっと泣き出した。
「ひどい! カーリーもお洗濯がんばったのに!」
「おやおや、カーリシアさんはカーリーちゃんだったのか、私の研究室からクスリを持ち出したね?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、子供にもどして!」
「なあに、アイスを食べて昼寝でもすれば、そのクスリの効き目は消えてしまうよ」
マーカス博士は手品師みたいに大げさな手つきで、スーパーの袋の一番底からアイスをもう一個取り出した。
「さあ、泣かないで、これでもお食べ」
カーリーが素直にアイスを受け取るから、ぼくもほっとしてスプーンに手を伸ばす。
「最初からわかっていたんですね」
「まあ、カーリーちゃんはあまりにもお母さん似だったから、すぐにね」
「気づかないふりしたのは?」
「ちょっとした意地悪と、ズルをして大人になったことに対するお仕置きだよ」
鼻をすすりながらアイスを食べているカーリーの頭を、マーカス博士はなでた。大人が大人の頭をなでているんだから奇妙な光景だったが、マーカス博士の手つきはひどく優しくて温かいもののように感じられた。
「君たち子供が大人になることに憧れを抱くのと同じように、大人は子供のころに戻りたがるものだ。しかし時間は不可逆だから、それはどうしてもかなわないんだよ」
「ふかぎゃくって?」
「簡単に言うと『取り戻せない』ってことだね。もちろん私の発明の中には大人を子供にするクスリもあって、肉体的な時間をまき戻すことはいくらでもできるんだよ。でも、大人がなりたがっている『子供』っていうのはそういう肉体的な時間のことじゃないんだよ。友達とケンカしたり、実にくだらない身にならない遊びなんかで時間をつぶしたり、いたずらをして怒られたり、そういう小さな時間の積み重ねの中に戻りたいということなんだよ、わかるかな?」
カーリーがこっくりとうなづく。
「そういう大事なものをきちんと積み重ねて、そうして初めてきちんとした大人になれるんだと、私は思うよ」
「なのに、カーリーはズルして大人になったから、おしおき?」
「そうだよ。だからちゃんと反省したなら、ちゃんと子供らしく遊んだりケンカしたり、怒られたりして大きくなりなさい」
クスン、と小さな鼻声が聞こえたから隣を見ると、ジェニーが目の端を掌でぬぐっていた。
「泣いてるの?」
「泣いてなんかいないわよ!」
でもそれは、やっぱり泣いていたんだと思う。なぜならマーカス博士の言葉はカーリーだけに向けられたものではなく、ぼくにも、そしてジェニーにも向けられていたからだ。
「焦らなくってもいずれ大人になるんだから、今は子供であることをめいっぱい楽しめばいいよ、それがいずれ大事な宝物になるんだから。わたしはね、そんな大事な君たちの宝物を守ってあげたいと、本当に思っているんだよ」
マーカス博士は天才発明家だ。だからきっと守ってくれる、そんな気がした。
ぼくたちの子供である時間も、そして、ジェニーのことも。




