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マーカスの秘密研究所  作者: 森野 コリス
マッシュ空を飛ぶ?
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マッシュ空を飛ぶ? 4

『マーカス秘密研究所』についた僕たちは、納屋に案内された。

 カーリーとジェニーだけは母屋に通されて、温かい湯を張った普通の浴槽を用意してもらったのだから、ますます不安が募る。

「博士、ぼくたちが男だから頑丈で、普通の洗濯機に入れても壊れないとか、思ってるんじゃないですよね?」

「心配することはない。この『人間丸ごと洗濯機』は楽しくてね、私も時々、これで体を洗っているよ……ところで、泳げない子はいないよね?」

 博士に水中眼鏡を手渡されて見上げたそれは、まったくの洗濯機だった。

 もちろん人間を洗うんだからすごく大きい。コインランドリーにある大きな洗濯機よりも、もっと大きいんだ。

 パンツ一枚になって中に入ると、ドラムはやわらかい素材でできていた。

「じゃあスイッチオンだよ~、いいかい~?」

 ガラスの扉が閉じられて、まずは四方からシャワーが注がれる。

「うわ、冷たい!」

「これはきもちいいや!」

 夏の日差しに暖められた肌が冷やされてゆく。ふきだした水はドラムの中に浅くたまり、ちょうど底の丸いプールができたみたいになった。

「じゃあ、まわすよ~」

 博士の合図と共にドラムがゆっくりと回転する。僕たちは思い思いに手足をばたつかせて、浅い水の中を楽しく転げまわった。

 なにしろ泥だらけだったのだから水はすぐに茶色くにごってしまう。

「ようし、脱水一回目~」

 ごぽごぽごぽ、と足元から水が抜かれて、僕たちは空になったドラムの中で転がされた。壁がやわらかいのだから痛いことなんかない。むしろ遊園地なんかにあるバルーンハウスの中で飛び回っているみたいに楽しいんだ。

「よし、次は石鹸洗いだ~」

 マーカス博士はボディソープの瓶を取り出した。普通にスーパーで売っているお徳用の大きなやつだ。それが注ぎ口にたっぷりと入れられると、今度はシャワーと同時に泡が吹き出した。

「いろいろ試したんだが、高級なボディソープよりもこういうお徳用のほうが泡がたって面白い、そうは思わないかね?」

 ドラムの中は泡だらけ、しかも水温はさっきよりも温かいのだから、なんだかすごく心地よい。僕たちはお互いの泡をなすりつけっこしたりして、泡の中を転げまわった。

 ゆっくりと回転するドラムの動きに逆らってみたり、素直に流されてみたりと、遊び方はいくらでもあった。

 二度目のすすぎが終わって、いいかげんに泳ぎ疲れたころ、マーカス博士が『人間丸ごと洗濯機』のドアを開けてくれた。

「お疲れさま、すっかりきれいになったみたいだね」

 マーカス博士が一枚ずつタオルを渡してくれる。マーカス博士も時々これで体を洗っているということもあって、納屋にはお風呂上りに必要なものが一通りそろえられているのだ。

 僕とカールは壁に取り付けられた鏡を見ながら、髪の毛を拭いていた。鏡の隅には、タオルを腰に巻いたマッシュ映っている。

 マッシュは『人間丸ごと洗濯機』の隣に体重計が置いてあるのを見つけて、トコトコと歩み寄っていった。

 肝心の体重計に乗った姿は鏡の外。だから僕はマッシュのことなんか気にしないで、ぼさぼさになった前髪を手ぐしで整えることに夢中になっていたんだ。

 そんな僕を振り向かせたのは、マッシュがあげたけたたましい叫び声だった。

「たっ! 体重が増えてるぅううううううう!」

「またかよ」

 反射的に振り向いてはしまったが、こんなやり取りは僕たちの間ではいつものことで、このあと、取り乱すマッシュを僕とカールがなだめるところまでが僕たちの普段どおりのワンセットだった……はずなんだ。

 だけどこの日、いつもとは違うことが起こった。というのもここがマーカス博士の研究所の一部であり、天才科学者マーカス博士本人がここにいるからこそ起こった事件なんだけど。

 マーカス博士は体重計のメモリを覗き込んでマッシュに言った。

「ああ、確かに君の年頃の平均体重をはるかにこえてるねえ」

「どうしよう、今度太ったらダイエットさせるよ、って言われているんだ!」

「ふむ、そのほうがいいんじゃないのかね、健康のためには」

「冗談じゃない! ダイエットってことはおやつも食べられないし、ご飯だって減らされちゃうんだよ! 痩せる前におなかがすいて死んじゃうよ~」

 何を大げさな、と僕らは笑ったけれど、マーカス博士だけはやたらと真剣な表情でマッシュの顔を覗きこむ。

「それは死活問題だね。そんな君にぴったりなクスリがあるんだが、試してみないかい?」

 マッシュはキラキラと瞳を輝かせて博士のほうに身を乗り出す。

「その薬を飲むと、痩せるの?」

「ああ、痩せるとも! それもあっという間に!」

「苦かったり、苦しいのは嫌だよ?」

「ご安心を。チョコレート味だ!」

「飲む! そのクスリ、飲むよ!」

「よしよし、では体重計の上に乗ったままでいたまえ」

 博士はポケットに手を突っ込むと、銀紙に包んだ何かを取り出した。

「では、これを食したまえ!」

 マーカス博士は自信満々に胸を張るけれど、受け取ったマッシュが開いた銀紙の中身は、どう見てもチョコレートで……

「こんなの食べたら、ますます太っちゃうよ~」

「心配後無用! マーカスにお任せあれ! これは君が食べやすいようにチョコレート風にアレンジしてあるけれど、そのじつ『タイジュウミルミルカルクナール』という薬品さ!」

 マッシュが恐る恐るといった感じでそれをかじる。

「やっぱり、チョコだ。それも極上の!」

 もっちゃもっちゃと音をたててマッシュがそれをむさぼり食う。

 マーカス博士はひどく慌てた様子で、マッシュからそれを取り上げようと両手を振り回した。

「や、や、いかん! きちんと体重変化を見ながら調節して食べるのだ!」

 しかし、太っちょの食欲というものをなめてはいけない。マッシュは瞬く間にチョコのようなものを飲み込んでしまい、マーカス博士が取り戻せたのはそれを包んでいた銀紙だけだった。

「やれやれ、ほんのひとかけらから様子を見ようと思ったのに、全部食べてしまうとは……」

 マッシュは指についたチョコの欠片を満足そうになめ取っているけれど、カールはこの言葉を聞いて心配そうに眉を顰める。

「あの、博士、これは過剰摂取により人体に何らかの副作用など引き起こしたりは……?」

「ああ、そういうものはないよ。これはある種のガスを発生させるだけの物質で、そのガス自体は人体に吸収されずに排出されてしまうからね。しかし、困ったなあ……」

「と、いうと?」

「このガスは空気に比べてとても比重が軽いんだ。だから腸内にとどまると浮力が発生する……そら、お祭りで売っている風船と同じ原理だ」

 これを聞いた僕は、博士がふわふわと浮かびながら歩いていた様子を思い出した。

「……あのときの博士は!」

「ご明察、この『タイジュウミルミルカルクナール』の実験中だったのだよ。ほんのちょっと、分量を間違えてしまったのだけれどね」

 あのときの博士ですら風が吹けば揺すられるほど頼りなくゆれていたというのに、『タイジュウミルミルカルクナール』を大量に摂ってしまったマッシュはどうなるんだろう?

 僕がどきどきしながら振り向くと、マッシュの変化はすでに始まっていた。

「おかしいぞ? 体がすごく軽いんだ」

 ガシャン!と音がして、体重計の目盛りがゼロに戻った。

「まだまだ、軽くなっていく感じだよ」

 マッシュの足がふわりと体重計を離れ、まあるい体が本物の風船みたいにフワフワと浮き始める。

「いふふふふ、おかしいや、空を飛んでいるみたいだ!」

「いや、マッシュ、飛んでるから! 本当に飛んでるから!」

 すでにマッシュの足の先は僕の胸の高さにまで浮かび上がっている。だから僕はそんなマッシュを地上に引きとめようと、彼の足にとびついた。

「マッシュ、踏ん張れ!」

「えええ? 踏ん張る地面がないよ~」

 マッシュは僕の頭よりも高くに浮かび上がった。爪先立ちで頑張っていた僕の体も、ついにふわりと浮き始める。

 マッシュは、まるきり大きな風船みたいだった。大きな風船にちっぽけな僕がつかまっているのだから、二人でふわり、ふわりと納屋の高い天井まで上ってしまう。

「いてっ」

 天井の垂木にボヨンとぶつかって、マッシュの体はやっと止まった。もちろん僕はその足にぶら下がったままだ。見下ろすと、あんぐりと口を開けたカールが小さく見えた。

 マーカス博士は何も慌てることなく、ひどくのんびりとした様子で言った。

「お~い、大丈夫か~」

「あ、はい、大丈夫です」

 かすかな風の流れに揺すられながら答えるマッシュの声には、びっくりした様子も、慌てた様子もない。少し戸惑ってはいるみたいだけど、それだって、どうしても困りきっている感じじゃあないんだ。

 むしろ困りきって、慌てているのは僕のほうなんだ。

「いや、ちっとも大丈夫じゃないよ! ずっとこのままってわけにいかないだろ、何とかして下りないと!」

「でもさ、ブライアン、考えてごらんよ。僕ら、いま……飛んでるんだぜ?」

「『浮かんでいる』の間違いだろ!」

「やだなあ、そういう夢のない言い方」

「夢もなにも、浮かんで天井に引っかかっている、そして僕は落っこちそうになっている、それが事実だ」

 マーカス博士が下から大きな声で言う。

「しっかりつかまっていたまえ、ブライアン君! なにしろ、そこまで上れるだけのはしごがない、落ちたら大変なことになるぞ!」

「ひいっ! いつまでこうしていればいいんですか!」

「そうだなあ、彼の体の中からガスが排出されるまで……2~3時間というところかな?」

「そんなにつかまっていられないよう!」

 僕の悲鳴でカールはやっと我にかえった。いつもの自信満々な態度もどこへやら、おずおずと口をひらく。

「あの……そのクスリが残っているのなら、僕が丈夫なロープを持って飛んで助けに行けばいいんじゃないでしょうか?」

 マーカス博士が目を見開いて両手を大きく広げる。

「エクセレントっ! 君はなんて賢いんだ! ひょっとしたら天才かも知れない!」

「もう、何でもいいからた~す~け~て~」

 僕があまりにも大きな悲鳴をあげるから、マーカス博士は『タイジュウミルミルカルクナール』を取りに家まで走ってくれた。

 太い縄をもって僕らのところまで飛んできてくれたのは、その『タイジュウミルミルカルクナール』を食べたカールだ。その縄につかまって地上に降りた僕らは、まず真っ先にマーカス博士に文句を言った。

「こんな危険なクスリは、今後使用禁止です!」

「別に危ないことなんてないよ、人体に影響のでないガスだからね」

「僕はついさっき、危ない目にあいました! それにマッシュだってこんなにふわふわしちゃって、どうやって家に帰らせるんですか!」

 マッシュは浮き上がらないように足首をロープで縛って、人間洗濯機の取っ手につながれている。まるで本物の風船みたいだ。

 マーカス博士はさすがにむっとしたみたいで、僕たちに向かって不機嫌そうな声を出して答えた。

「それは『タイジュウミルミルカルクナール』を一気に食べてしまった彼が悪いんだよ。体重を減らすだけなら浮力はほんのちょっぴりで良かったはずで、私の計算では二口もかじれば十分だったんだからね」

 カールがかしこげに前髪をかき上げる。もっとも、彼も足首にロープを巻いて、風船みたいにつながれているのだから、それはマヌケなしぐさにみえたんだけど。

「ひとつ言わせていただきますと、単に体重を軽くしただけではダイエットとして不十分なのではないでしょうか? 脂質や等質を減らし、体を健康な状態に保てるようにコントロールするのがそもそものダイエットというものでしてね」

「ああ! そうか! いわれてみればその通りだよ!」

「この発明品は失敗ということで、それでいいですね?」

「うむ、うむ、確かにダイエットのクスリとしては失敗だ」

 マッシュはふわふわゆれながら、のんきな声を出す。

「それで、博士、僕はいつまでこうして飛んでいればいいんですか?」

「ガスの排出、つまりおならが出るまでだよ」

「ってことは、おならさえ我慢していれば、僕はずっと飛んでいられるってことだ!」

「残念ながら、大量のガスの排出を抑える括約筋を鍛えることは不可能だろう」

「え~、つまんないの~」

 ゆらゆら、ふわふわゆれながら浮かぶマッシュは、空を飛ぶという行為がよほど気に入ったのか、マーカス博士から捨てるはずだった『ダイエットのクスリの失敗作』を大量に譲り受けたらしいんだけど、それはまた別のお話。

 このマッシュふわふわ事件が、僕たちの夏休み最初の大事件だった。


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