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マーカスの秘密研究所  作者: 森野 コリス
マッシュ空を飛ぶ?
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マッシュ空を飛ぶ? 1

 終業式、通知表をもらって大掃除を済ませたら、後は長い夏休みが始まる。畑には僕の頭よりも大きなスイカがごろごろと転がって出荷を待っているし、空はバカみたいに青くて、絵の具のチューブから絞り出したような真っ白い入道雲が浮かんで暑い。

 そんなカンカン照りの道のまん中で、僕は立ち尽くしていた。背中にはランドセルをしょったままだし、肩からは道具箱や一学期の工作なんかを詰め込んだ大きなバッグを下げているので、本当は一刻も早く家に帰って冷たいお茶でも飲みたい気分だ。

 それでも家へ帰るために足を上げようとは思わなかった。

 ところが、世の妹というのはみんなそんなものだとは思うが、こういう気分の悪いときに限って現れるんだ。そして無遠慮なものだと相場が決まっている。

 ちょうど通りかかったカーリーは、汗まみれになって突っ立っている僕を見て首を傾げた。

「何やってるの、お兄ちゃん」

「うるさいなあ、あっちに行けよ」

「ねえ、何やってるの? なんか面白いこと?」

「別に面白いことなんかないよ。あっちへ行けってば!」

 いらだちまぎれにドン!と肩を押すと、カーリーは少しよろけた後で僕をにらみつけた。

「お兄ちゃん、乱暴!」

「ちょっと押しただけだろ!」

 あんまりにもに熱いから、僕はいらだっていたんだと思う。もしもこれが涼しい季節ならもう少し余裕を持って兄らしく、カーリーに対して謝罪でもしたかもしれないけれど……こんなに熱くては無理だ。

「乱暴って言うのはこういうのを言うんだよ!」

 僕は腹立ち紛れに、カーリーの頭をポカリと殴った。

 カーリーは最初、びっくりしたように目を見開いて、それからちょっとべそをかいて……しまいには顔を真っ赤にして怒り出した。

「どうしてそうやってすぐぶつの! お兄ちゃん、カニシウムが足りないんじゃない!」

「ば~か、カルシウムだろ。確かにカニはカルシウムいっぱいありそうだけど、殻は食べないだろ」

「あ~、バカにした! カーリーのことバカにした!」

 カーリーは両手を振りまわして駄々っ子パンチを繰り出してくるが、僕よりふた周りくらい小さな体ではリーチの差というか、攻撃にすらならない。

 僕はそれをひょいとかわしてさらに憎まれ口をたたいた。

「カーリーのネションベンたれ。おとといもスイカの食べすぎでもらしただろ」

「もらしてないもん!」

「いいや、もらしたね。夜中に母さんにばれないようにタオルをとりに行ったことを、僕は知っている」

「お兄ちゃんのバカぁ!」

 顔を真っ赤にしてべそをかいて、カーリーが両手を振り上げる。僕は次の一撃をよけようと身構えた。

 そのとき……ちょうどそのときだった。道の向こうからやってくるマーカス博士の姿が見えたんだ。何か買い物帰りなのか片手にはスーパーの袋を抱えて、もう片方の手でドラゴをつないだリードを握って、足元は……

「え?」

 何かの見間違いかも知れないと思って目を凝らした瞬間、カーリーの駄々っ子パンチが僕の背中に向けて振り下ろされた。

「おふぅ!」

 クリーンヒットだった。こぶしに揺すられた肺が悲鳴を上げて、僕はわずかに咳き込む。

 僕らのすぐ近くまで来たマーカス博士は、びっくりしたような顔をして言った。

「おやおや、兄弟げんかかい?」

 カーリーに気づいたドラゴはもう、遊んでもらう気満々で尻尾を振っている。

 そして僕は、遠目にも気になっていたマーカス博士の足元をはっきりと、間近で確かめた。

「浮いてる!」

「そうだよねえ、やっぱり浮いているよねえ」

 マーカス博士はのんきに答えたけれど、これは大変なことだと思う。だって博士は10センチぐらい空中に浮かび上がっていて、足を動かさずにドラゴに引っ張ってもらって移動していたんだもの!

 ふわふわしながら紐を引っ張る博士は、なんだか遊園地で売っているガスを入れた風船みたいだ。

 ドラゴはカーリーに飛びつきたくて右へ、左へ、小刻みに飛び跳ねながらワンワンほえている。博士はドラゴのリードを引っ張ったけれど、それはむだだった。

「おいおいドラゴ、ミス・カーリーと遊ぶのは、家まで私を連れて行ってからにしておくれ」

 ドラゴの動きに激しく揺すられてゆらゆら、ふわふわしながら博士が叫ぶ。見かねたカーリーは座り込んで、ドラゴの頭をなでながら言った。

「マーカスさん、私、お家までついて行ってあげる。そうしたらドラゴも一緒についてきてくれると思うの」

「おお! それは素晴らしいアイディアだ! 君は賢いね」

 マーカス博士はニコニコしながらカーリーの頭をなでる。

「そんな賢い君が、どうしてこんなところでおにいちゃんをぶったりしていたんだい?」

「だって、お兄ちゃんが……」

 唇を尖らせた妹を見て、僕はついに覚悟を決めた。というよりも、この博士に話したら僕のこの悩みをナントカしてくれると直感したから、なのかも知れない。

「成績が……下がってたんです」

「ほうほう」

「で、家に帰りづらくてここにいたら、カーリーが来たから……」

「だから八つ当たりかね。感心しないねえ」

「はい……」

「しかし、ふむ、君ぐらいの年の子には成績が人生の一大事だということもわかる。どうだろう、夏休みの間、家に来て勉強してみては?」

 マーカス博士は何でもないことのように言った。けれど、僕はこの意外な申し出にひどくうろたえてしまった。

「夏休みなのに、勉強ですか!」

「逆だよ。夏休みだから勉強、だ。もちろん、私が見てあげよう」

「いや、だって……」

「ジェニーがお世話になっているお礼さ。とびきり面白い勉強の仕方を教えてあげよう」

「面白い……?」

 勉強は嫌いだが、『おもしろい』は魅力的だ。

「心配することはない。マーカス式勉強法なら、夏休みの宿題もあっという間さ! 遊ぶ時間もたっぷりあって、ご両親にも褒められる、いいことづくめじゃないかね!」

 マーカス博士は笑っていた。なんだかいたずらっ子みたいな……僕よりもずっと子供みたいな、きらきらした笑い顔だ。

 だから僕はつい、うなづいてしまった。

 マーカス博士も満足したように、大きくうなづく。

「そうだ、ぜひともマッシュ君を連れてきてくれたまえよ。彼に頼みたいことがあるんだ」

「頼みたいことですか?」

「そう、なあに、まったく安全な、とある実験に参加してほしいだけなんだよ」

「はあ、伝えておきます」

 風がひとつ、強く吹いた。

 蜃気楼立ち上るスイカ畑を抜けてきた風は生暖かくて体を冷やすには何の役にも立たなかったが、風船みたいなマーカス博士の体を揺らすには十分だった。

「や、や、これは大変だ! とりあえず私を家まで送ってはくれないかね?」

 僕は風邪に吹き飛ばされそうになっているマーカス博士の体を捕まえて、カーリーはドラゴのリードを受け取って……僕らはスイカ畑の間を歩きはじめた。

 こうして、僕の夏休みは始まった。


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