友達の誓い4
研究所について呼び鈴を押すと、もちろんジェニーではなく、マーカス博士がドアを開けてくれた。
「やあ、君たちか、いらっしゃい」
マーカス博士は疲れたような顔をしていて、声もなんだか元気がない。マーカス博士と一緒に僕たちを出迎えてくれたドラゴも、いつもより尻尾も耳も垂れて、しょんぼりしているみたいだ。
心配になった僕は、ぎゅっと両手を握って聞いた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫……でもないかな。ジェニーはランドセルも持たずに帰ってきた理由を話してくれないんだが、君たち、何か知っているかい?」
カールがきりっとした顔で前に進み出る。
「おそらく、給食の時間に起きたことが原因だと思います。僕が説明しましょう」
「ああ、助かるよ。では中で、お茶でも飲みながらゆっくりと」
博士がドアを開いてくれるから、僕らはランドセルを抱えて家の中へと入った。廊下はますますいろいろな機械が増えていて、前に来た時よりもずっと狭くなったみたいだ。
カールが嬉しそうな声を出す。
「すごい、ますます秘密の研究所っぽいじゃないか!」
マッシュはにこりとも笑わず、そんなカールをたしなめた。
「カール!」
「なんだよ」
「ジェニーが……」
「あ、そうか」
どうやらカールは自分がここへ来た理由を思い出したようだ。二、三度うなずいてから、ポンと手を打つ。
「二手に分かれよう、僕はリビングでマーカス博士に今日の出来事を話して聞かせる。君たちはジェシーの部屋へ行って、彼女と話をしてくるがいいよ」
これはどうやらカールなりの気遣いだったみたいだ。彼は軽く首をすくめて小声で付け足した。
「僕はたぶん、ジェニーに優しい言葉とか、かけてやれないからさ」
だから僕とマッシュは、ジェニーの部屋がある二階へと上って行った。部屋は二階の一番奥にあって、ドアは女の子が喜びそうなピンク色に塗ってある。
僕はそのドアを軽くノックして、中に向かって声をかけた。
「ジェニー、いるかい?」
中から静かな声が返ってくる。
「ブライアン君なの?」
「そうだ、僕だよ。あと、マッシュもいるよ」
ドアの向こうが急に静かになった。声どころか物音一つしない。
僕は急に心配になって、もう一度ドアをノックした。
「ジェニー、大丈夫かい?」
力づよい、だけど強情そうな声がドアの向こうから聞こえた。
「ブライアン君だけ入って」
それを聞いたマッシュは、特に何も思わなかったみたいだ。小さく肩をすくめて「やっぱりね」とつぶやいた。
「僕も下でマーカスさんと話をしてくるよ。何かあったら呼んで」
マッシュが階段を下りて行ってしまうと、僕だけが二階の廊下に取り残された。目の前にあるドアの色は淡くてかわいらしいピンク色で、いかにも女の子の部屋という感じだ。
僕はドキドキしながらドアの向こうに声をかけた。
「ジェニー、入るよ?」
「どうぞ」
そっけない返事だったけれど、とりあえず「どうぞ」といわれたんだから、入ってもいいだろう、僕はドアノブに手をかける。
「本当に入るよ?」
「どうぞってば!」
ドアは可愛らしいピンク色なのに、その向こうにある部屋は驚くほどがらんとしていた。
置いてあるのは小さなタンスと、小さな勉強机と、小さなベッドだけ。ベッドのシーツもくすんだ灰色で、華やかな色というものが一つもない。後ろを見るとドアの裏側にはピンク色を隠そうとするように、科学雑誌から切り抜いた天体写真や難しい数字のいっぱい描きこまれた紙が張ってあって、僕はとても悲しい気持ちになった。
妹のカーリーはぬいぐるみを集めるのが大好きで、小さな自分の部屋のあちこちに黄色やオレンジやピンク色のふわふわしたぬいぐるみを飾っているから、部屋中がいろんな色であふれかえっている。ガキ大将みたいに男っぽいアーニーの部屋も、実は彼女が少女漫画を読むのが大好きだから、本棚の周りは女の子らしいピンクや赤い色の小物でキラキラに飾り付けられている。
女の子だけじゃない、カールの部屋は模型やラジコンが飾ってあってにぎやかだし、兄弟の多いマッシュの部屋は、いつ行ってもおもちゃが散らばってごちゃごちゃしている。
この部屋にはそういう無駄なものは一つもなくて、だから寂しいと感じたんだ。
ジェニーは、小さなベッドの灰色のシーツの上に、膝を抱えてしょんぼりと座っていた。だから僕は、机のところから椅子を持ってきて、それがジェニーと向かい合うように置いて座った。
最初のひとことは、こうだ。
「やあ、ずいぶんとシンプルな部屋だね」
ジェニーは特に表情を変えることもなく答えてくれた。
「この方が、私がいなくなる時に便利でしょ」
「いなくなるって、そういう予定があるの?」
ジェニーは僕の言葉には答えず、しっかりとした声で逆に僕に聞いた。
「そんな話をするために、ここに来たんじゃないでしょう?」
「そうそう、そうだったね」
「どうせ、給食の時間に私が帰っちゃったことでしょう。何か文句あるの?」
「それを聞きに来たのは僕の方だよ。言葉にしなかっただけで、本当は言いたいことがあったんじゃないのかい?」
「言ったって、どうせ誰も聞いてくれないもの」
「僕が聞くよ、そのためにここに来たんだから」
「そうね……たしかにブライアン君なら、聞いてくれそう」
「どうしてそう思ったの?」
「あなただけが、あのバカバカしい噂話大会に参加していなかったからよ」
ジェニーは少しだけ、膝を抱えている腕の力を弱めた。本当にほんの少しだけ緊張が解けたみたいなしぐさだった。
「ねえ、ブライアン君、私の両親がどうして死んじゃったか、聞きたい?」
「それは聞きたいよ。だけど、君が話したくないなら、聞かなくてもいい」
「別に話したくないわけじゃないの。だってお父さんとお母さんが死んだのは三年も前のことだし、それに隠さなきゃならないような理由で死んだわけじゃないし」
「飛行機事故だっけ?」
「そう、お父さんとお母さんは研究者で、外国で開かれる科学者の集まりに呼ばれていたの。だから二人とも同じ飛行機に乗っていたのよね」
「悲しかったかい?」
「もちろんよ。お葬式の間中、私はずっと泣いていたの」
「今は?」
「今は、そんなに悲しくない……」
そう言った後で、ジェニーは少し頭を振った。
「ごめん、嘘をついた、今でも悲しい。だけどね、いつでも悲しいってわけじゃないの、夜寝る前とか、何かしていてふとお父さんやお母さんを思い出した時にね、すごく悲しくなるの」
「じゃあ、教室を飛び出して行ったのは、お父さんやお母さんを思い出して悲しくなったから?」
「それだけじゃないのよ、なんていうか、すごく難しいんだけど……」
ジェニーがもぐもぐと言葉を口の中だけで転がすから、僕は先生がしてくれたみたいに優しい笑顔をジェニーに向けた。
「ゆっくり、慌てないで。一度にいろんなことを感じたなら、それは普通のことだよ。僕だってそうだったから」
それで落ち着いたのか、ジェニーははっきりした声で言った。
「私、自分がかわいそうな子だって思われるのが嫌いなの」
「うん、それは前に聞いたよ。だけど、どうして?」
「だってそれって、私がずっとかわいそうな子のままでいなくちゃいけないっていう呪いだもの。そういう人はね、今の私が幸せか不幸せかなんて、考えてもくれないの」
「なるほどね。君は今、幸せなの?」
「どうかしら、マーカスおじさんがいてくれるし、不幸せではないかな」
「じゃあ、どうしたら君は幸せになれるの?」
「わからない……」
ジェニーは膝を抱える腕に力を込めて、再びきゅうっと体を丸めこんでしまった。それはかたくなに自分を守ろうとしている貝みたいに見えて、僕の心の奥がもぞもぞした