友達の誓い3
僕を焦らせないようにだろうか、先生の声はいつもより優しくてゆっくりとしている。だけど僕は自分の気持ちを話すのがすごく難しいことのような気がして、先生の視線から逃げるようにうつむいてしまった。
「あの、僕は……」
「慌てないで、ゆっくりでいいのよ、ブライアン君」
「だけど、二人みたいに上手に話をおまとめられそうにありません。僕はジェニーに両親がいないのを聞いた時、気持ちがふたつあったんです」
「大丈夫よ、一つずつ話してごらんなさい」
「はい、一つ目は、かわいそうだという気持ちです。別にジェニーに両親がいないからかわいそうだとか、そういうことじゃなくて……難しいんですけど……」
「ゆっくりでいいわよ。自分の言葉で」
「僕たちが大きな声で話していたら、ジェニーにも聞こえちゃうじゃないですか。その中にウソとか、大げさな話があったら、ジェニーはきっと嫌な気持ちになるだろうなと、そういうかわいそうです」
「なるほどね。もう一つの気持ちは?」
「ざまぁみろ、です」
僕は普段、あんまり乱暴な言葉を使わない。その僕が口悪く人を罵るような言葉を言ったものだから、カールとマッシュはぽかんと口を開けた。
先生までもがびっくりしたように口を開けて、ただ僕を見るから、僕はもじもじと体を揺すって吐き出した言葉を飲み込むみたいにもぐもぐと口を動かした。
「いえ、あの……そんなに意地悪な気持ちじゃなくて……」
先生は丸い顔を少し厳しく引き締めて、静かな声で僕に言った。
「いいのよ、ブライアン、今だけは素直に」
「でも……」
「大丈夫よ、先生が聞きたいのは素直な気持ち、それなのよ。だから、怖がらないで」
「はい」
僕は大きく息を吸って、背筋を伸ばす。
「朝、マリエルがジェニーの話を始めた時、僕はすごく意地悪な気持ちになったんです。『ジェニーがみんなと仲良くしていたら、こんなふうに秘密を探られるようなことはなかっただろう』って、そういうふうに思ったんです」
「今でもそう思っているの?」
「いいえ、そう思ったのは一瞬だけで、僕はすぐに怖くなりました」
「何が怖かったの?」
「そんなことを考えた自分が、です。だってジェニーがみんなと友達になりたくない理由も知らないのに、ジェニーが意地悪だって決めつけているみたいで、すごく嫌な気持ちになった……」
「あなたは優しいのね、ブライアン」
「優しかったら、そんな意地悪なこと、思わないですよ」
「あら、言い方が悪かったわね、とても『人間的』で素直だと思うわ」
先生は元通りの優しい顔でにっこりと笑って、僕たちの顔を順番に見る。
「私の生徒たちはみんな、とてもいい子だわ」
僕たちは顔を見合わせる。
「いい子?」
「いい子なんかじゃないよね、僕は、カールの考え方はひどいと思うよ」
「僕だって、マッシュの考え方はあまあまの甘ちゃんすぎて笑っちゃうよ!」
先生はますますニコニコした顔になって、深く頷いた。もしも先生に腕が三本あったら、きっと僕たちの頭を撫でてくれたに違いない。
「それでいいのよ、だって、誰の気持ちも間違いじゃないもの」
先生は言うけれど、マッシュもカールも不満そうな顔だ。
「間違ってないんですか? 両親を亡くした子をかわいそうだって思わないのが?」
「他人をとっつかまえて、お前はかわいそうな子なんだって押し付けるのが?」
先生は二人の、どちらの言葉にも大きく頷いた。
「だって、どっちも自分が感じたことでしょう。心で何かを感じることは、誰にも止めることができないわ。大事なのはその後でどう行動するか、なのよ」
その後で片手を伸ばして、マッシュの頭を撫でる。
「マッシュ君、ジェニーさんが『私はかわいそうだと言われたくありません』ってあなたに言ったら、どうする?」
「ええと、そうですね、かわいそうだって思うのはやめられないけれど、それをジェニーに言ったりしないと思う、絶対に」
「そうね、カール君、あなたはどう? 両親がいないことでジェニーさんが困っていたら、それでも『かわいそうじゃない』って見捨てるの?」
ノッポのカールの頭を撫でるには、先生は少しつま先立ちにならなくてはならなかった。頭を撫でられたカールは、少し戸惑って腕組みする。
「いや、そんなことはないです。それとこれとは話が別ですから、目の前で困っている相手をあざ笑うようなこと、僕はしないですよ」
ついに先生の手は、ふわりと宙を泳いで僕の頭に届いた。髪の毛を押さえるようにふんわりと優しい、お母さんみたいな手つきだった。
「ブライアン君、あなたは、どうしたらいいと思う? このままここで、自分の気持ちだけ話していていいのかしら?」
難しい質問だ。だから僕は一生懸命に考えた。
先生の言う通り、誰の気持ちも間違っていない。意地悪なことを思ってしまったり、おせっかいなことを思ったりするのは自由なんだ。だったら、ジェニーが嫌な気持ちになったり、友達が欲しくないと思うのも自由なはず……。
「だったら、今先生が僕たちにしてくれたみたいに……僕がジェニーさんの気持ちを聞いてあげようと思います」
僕は真っすぐに先生を見た。先生は本当に心から嬉しそうに、にっこりと笑ってくれた。
「いい考えね、ブライアン君、だけど、ジェニーさんがあなたの気持ちを分かってくれるとは限らないのよ」
「僕は今、先生の気持ちがわかりましたよ。僕たちはみんな個性があるから、どんなに仲良しでも違うことを考えている、だから、ちゃんとお互いの気持ちを聞くことも大事だよって、そういうことですよね」
カールがパチンと指を鳴らす。
「そういうことか!」
マッシュは僕の肩をドスンと叩いた。
「なるほどなあ、さすがはブライアン!」
これで僕らはすっかり元通りだ。だけどまだ、解決していないことが一つある。
「先生、僕たちはジェニーさんのところへ行ってみようと思います」
「もちろん、ジェニーさんが何を思うかはジェニーさんの勝手です。だけど僕らは、自分が何を思ったのか、まずジェニーさんに伝えたいです」
「聞いてもらえないなら、それもまたジェニーさんの気持ちの一部だもんね」
僕らが言うと、先生は何回も頷き、それからロッカーに残されているジェニーのランドセルを指さした。
「じゃあ、お使いを頼んでいいかしら。あのランドセルをジェニーさんに届けてほしいのよ」
「はい!」
こうして僕たちは、マーカスの研究所に向かうことになった。