友達の誓い 1
それから三回、僕たちはマーカスの秘密研究所に遊びに行ったけれど、ジェニーはいつも不機嫌だった。ひどいときには自分の部屋に引きこもって、僕たちと顔を合わせようともしない。
マーカス博士とはとても仲良くなって、いろんな発明品を見せてもらったけれど、僕たちはみんなで決めたとおり、ジェニーの両親がいない理由をマーカス博士に聞いたりはしなかった。
だけどある日の朝、僕は思わぬ形でジェニーの両親の話を聞いてしまったんだ。
僕が教室に入ると、クラスで一番おしゃべりな赤毛のマリエルが駆け寄ってきた。
「ねえねえねえねえねえ、知ってる?」
マリエルはクラスで一番おしゃべりな女子だ。それにあちこちから噂話を集めてくるのが上手で、クラスのみんなの誕生日から昨日の夕ご飯まで、なんでも知っている。それを大きな声でクラスのみんなに話して歩くから、『スピーカー』なんて仇名がついているんだ。
そのマリエルが、にやにやしながら僕の顔を覗き込む。
「ねえ、ねえねえ、あんた、マーカスの秘密研究所に行ったことあるんでしょ、だったら知ってるかしら?」
「何をだよ」
「ジェニーに両親がいないことよ」
心臓がドキンと飛び跳ねた。それに気づかれないように、ランドセルを乱暴に置く。
「知ってるよ。それがどうかした?」
「じゃあ、どうしてジェニーに両親がいないか知ってる?」
ドキン、ドキン……心臓の音がうるさいくらいに早くなる。
「それは知らないけど……」
「うふふ、教えてあげよっか?」
僕はにやにや笑うマリエルの顔の前に片手を突きかざして見せる。
「いらない。聞きたくない」
マリエルはびっくりした顔をして、大げさに身を引いた。
「ええっ、なんで?」
「だって、君はそれをジェニー本人の口からきいたのかい?」
「ううん。うちのおばあちゃんがご近所で聞いてきた話を聞いたんだけど?」
「だったら、みんなに言いふらしちゃダメだと思う」
「そんなことないよ。みんなはジェニーがどうして不機嫌なのか、その理由を知らない、でもね、これはジェニーの不機嫌の理由を知るためのヒントになると思うの。そうしたら、ね、みんなジェニーに親切にしなくちゃいけないんだってわかって、仲良くなれると思うのよね」
その言葉を聞いた僕が感じたのは違和感――心の中で誰かが『違う、これは何かおかしいぞ、ブライアン!』って叫んでいるような気がする、あの感覚だ。
だから僕は反論することすらできなくて、黙っていた。マリエルはこれをどう受け取ったのか、すごく得意そうに「ふふん」と鼻を鳴らして、僕に詰め寄る。
「ようやくわかったみたいね、これはジェニーのためでもあるのよ」
「違う」
「違うっていうんなら、何が違うのか言ってみなさいよ」
「それは……」
「ほおら、言えないじゃないの」
僕は泣きそうな顔で言うのがやっとだった。
「ともかく、僕は聞きたくない」
マリエルは不満そうに「ふーん」と唸ったが、それ以上の話はしなかった。ちょうど登校してきた女子の二人組が、教室の後ろのドアから入ってきたからだ。
マリベルは僕のことなんか忘れたみたいに走り出して、その二人に駆け寄った。
「ねえねえ、知ってる?」
そんなわけで、ジェニーに両親がいない理由は、あっという間に広がってしまった。クラス中はこの話題で盛り上がって、特に女子は額同士をぶつけそうなくらいに近づけあって、ジェニーの両親がどうして亡くなったのかを話し合う。できるだけ気を使って小声で話しているつもりだろうけど、興奮してだんだん声が大きくなっていくことには気づかないらしくて、クラスのどこで誰が何の話をしているのかが丸聞えだった。
「飛行機が落っこちて死んじゃったんだって。お父さんもお母さんもその飛行機に乗っていたんだってさ」
前の方の席でマリエルの得意そうな声がしたから、僕は心配になって振り向いた。今の声はジェニーにも聞こえたはずだし、彼女が怒ったり、泣いたりしているんじゃないかと不安になったんだ。
だけど、ジェニーはまるで何も聞こえていないみたいな無表情だった。机の上に肩ひじをついて本を読んでいるんだけど、その本に夢中で周りの騒ぎなんか聞こえていないみたいだ。
僕は安心して前を向く。心の奥にはまだ少しだけ違和感があって、『ブライアン! これでいいのか、ブライアン!』と叫んでいるけれど、ジェニーが何も気づいていないのにわざわざ騒ぎを大きくするのも、なんだか違うなと思っていた。
そういうわけで僕はジェニーに関するうわさ話を聞いて、そのたびにジェニーの表情を確かめて……給食の準備が始まるころには、すっかり気持ちが疲れ切ってしまっていた。
それなのにカールとマッシュときたら、一緒に給食を食べるために机を移動しながら、僕にささやきかけてくる。
「ねえねえ、ブライアン、聞いたかい?」
どうせジェニーの身の上についての話に決まっている。僕は思いっきり不機嫌な声で答えた。
「何を!」
案の定、カールが話し出したのは……
「ジェニーさ、マーカス博士に引き取られる前は、街の違う親戚のところに預けられていたんだってさ」
「へ~」
「冷静だな、ブライアン、彼女が人造人間じゃないって証明されちゃったんだぞ?」
「それが何?」
マッシュの方は、今にも泣きだしそうなくらい目を潤ませて体を震わせている。
「かわいそうだよねえ、お父さんもお母さんも小さいころに死んじゃって、寂しい思いをしただろうねえ」
「そうとは限らないだろ」
僕があまりにも不機嫌な声だったから、マッシュがびっくりして体を大きく震わせる。そのとたんに、彼の目から涙がポタリと落ちた。
「そんな冷たい言い方ってないよ、ブライアン……」
これを見たカールは、ついに怒って僕の胸倉をつかんだ。
「何やってるんだ、ブライアン! マッシュを泣かせて!」
「マッシュが勝手に泣いたんじゃないか」
「いいや、君の言い方がひどいからだよ。いったい今日はどうしたっていうんだ、イライラして……」
「イライラなんか……してないよ」
「いいや、しているね!」
僕たちはにらみ合った。