不機嫌な転校生9
「ふふふふふふ、気づいてしまったようだね、諸君」
突然、マーカス博士が低い不気味な声を出す。顔も少しだけ伏せて悪そうなにやにや笑いを浮かべ、本当に漫画に出てくる悪の科学者みたいだ。ただ、手にはお盆を持ったままだから、あまり悪そうには見えないけれど。
マーカス博士は怖い顔で、僕たちに向かって足を踏み出した。クッキーがまた一枚砕けて、サクッと音を立てる。
「さよう、ジェニーは私が作った最高傑作、何人もの子供から優秀な部分を切り取ってつなぎ合わせた、スーパーキッズなのだぁ!」
その声があまりに怖かったものだから、カーリーが悲鳴をあげて泣き出した。カールとマッシュはパニックを起こして、おろおろと身を揺する。
「ど、ど、ど、どうしよう」
「どうしようったって……おい、ブライアン!」
僕もマーカス博士の怖い顔におびえてしまって、とっさにポケットからナイフを抜いた。
「う、動くな!」
人に刃物を向けたことなんかないから、へっぴり腰で両腕を前に伸ばし切ったかっこ悪い構えだったけれど、マーカス博士には効果てきめんだった。
「や、や、これはいかん! ジェシー、マーカス式侵入者対策トラップを!」
ジェシーが壁に飛びついて、何かのボタンを押す。と、天井が真っ二つに開いて大きな鉄の塊がシャンデリアみたいにぶら下がった。
「どうだ、これがマーカス式侵入者対策トラップ! あれは大きな磁石だから、そんなちっぽけなナイフなど吸い上げてしまうぞ!」
マーカス博士の言葉通り、ナイフはすごい力で僕の手の中から跳ね上がり、天井に向かって飛んでいってしまった。
武器を奪われた僕はせめてこぶしで対抗しようと、マーカス博士を見る。ところが、マーカス博士の様子が変だ。
「く、これは、たいへん……だ」
お盆を落とさないようにあっちこっちに体をくねらせながら、まるで踊っているみたいだ。腰がぐにゃぐにゃと動いて足元はふらふらしている。
「ベルトが、ベルトが!」
どうやらベルトの留め金が磁石に吸い寄せられているらしい。マーカス博士は大人のくせに泣きそうな声をだした。
「ジェニー、助けておくれ、ジェニー!」
ジェニーがもう一度ボタンを押すと、マーカス博士の動きが止まった。吸い上げられていた僕のナイフも床に落ちてきて、マーカス博士の足元に転がった。
博士はまずお盆を床に置いて、それから僕のナイフを拾う。今までの子供っぽいしぐさが全部ウソだったみたいに厳しい、大人の顔で。
「刃物は人類の大いなる発明だ。もしもこの世に刃物がなかったら、リンゴだってむけないし、床屋もないんだから人間は髪の毛ぼさぼさの、お化けみたいな生き物になっていただろうね」
驚いたことに、マーカス博士は僕にナイフの持ち手を向けて、それを静かに差し出した。
「受け取りたまえ、ブライアン君、これは君の大事なナイフだろう?」
「でも……」
「ただし、一つだけ約束だ。これを二度と誰かに向けてはいけないよ。刃物とは人を野蛮な戦士に変えるためにあるのではなく、人が人らしい生活を営むために使われるものだ」
「はい」
僕はそれを素直に受け取り、ポケットにしまった。マーカス博士はそんな僕のしぐさを見て、にっこりと笑う。
「さて、お茶にしようじゃないか。クッキーはいっぱいあるんだし、お腹いっぱい召し上がれ」
この言葉に、ジェニーが足を踏み鳴らして怒った。
「こんな散らかった部屋でお茶なんか飲めないわ、まずは片付け!」
「え~、そんなの、あとでいいじゃないか」
口をとがらせてすねた声を出すマーカス博士は、元通りの子供っぽいおじさんだ。怒っているジェニーにおびえて首をすくめているところなんか、お母さんに怒られているときのカーリーそっくりだ。
ジェニーはそんなマーカスおじさんの鼻先に人差し指を突き付け、開いたほうの手は生意気に腰に当ててさらに怒った。
「だいたいがおじさん、なんであんな怖い人のフリをしたの!」
「だって、ヒーローごっこがしたいのかと思ったんだもん」
「ヒーローごっこって……」
「よくマンガとかであるじゃないか、悪の科学者に立ち向かう勇敢なヒーロー、敵のアジトに囚われて絶体絶命のピンチ!」
「そうじゃなくて、おじさんは大人でしょ! なんでいつも子供みたいなことをするの!」
「だって……」
「だってじゃないでしょ!」
ジェシーは僕たちの顔を順番に見回して、それから深いため息をつく。
「おじさん、こういうの、よけいなお世話だから」
「え、どういうの?」
「この子たちをうちに招いて、私の友達になってもらおうとしたんでしょ。でも、そういうのいらないから」
「いらないって、友達がかい?」
「そう、友達なんかいらないの。一人もいらないの。わかったらみ~んな、出て行ってちょうだい、ここを片付けるんだから!」
ジェシーに追い出されて、僕たちはリビングの外へと出た。驚いたことに、白い謎の生物を抱いたマーカス博士も一緒だ。
マーカス博士は本当に困り切ったように眉毛をハの字に下げて、大きく肩をすくめた。
「あの子は強情だから、部屋が片付くまで入れてくれないだろうね」
「はあ、そうみたいですね」
僕がそっけない返事を反すと、マーカス博士はますます困ってしまったようにうつむいて、白い生き物の真っ白い背中にもさりと顔をうずめる。
これを見たカーリーは大騒ぎだ。
「あ~、いいな~! カーリーもワンちゃんモフモフしたい!」
「ワンちゃんじゃなくて『ドラゴ』だよ、お嬢ちゃん」
「カーリーだってお嬢ちゃんじゃないもん! カーリーだもん!」
「はっはっは、これは失礼、ミス・カーリー。ドラゴのお守りをしてもらってもいいかな?」
「うん! いいよ!」
カーリーがぴょんと飛び跳ねて白い生き物を受け取ると、ついに我慢できなくなったのかカールがずいと前に出た。
「博士、これは、いったい何の生き物なんですか?」
しょんぼりしていたマーカス博士の瞳が、きらりと光った。