スイカ畑の真ん中に
僕たちの暮らすリッチガーデンの町はサウザンリーフ州の隅っこにある田舎の町だ。
名産品はスイカで、僕たちが学校に通う通学路の隣にはスイカ畑がずうっと広がっている。夏休みも近くなれば、良く茂った大きな葉っぱを押しのけて大きなスイカがごろごろ転がっているんだけど、やっと梅雨が明けたばかりの今の季節は、まだ小さな握りこぶしぐらいのスイカが葉っぱの間に隠れんぼするみたいにうずくまっているだけだ。
いたずら盛りの小学生が通る道の隣にスイカ畑というのが珍しいらしくて、都会から来た人は必ずこう聞く。
「スイカ泥棒とかいないの?」
でもさ、ここで育った僕たちには畑にスイカがあるのは当たり前のことなんだし、家に帰ればスイカがおやつに出てくるんだから、わざわざ畑から盗もうなんて思わない。
ここがどのくらい田舎かわかってくれたかな?
そんな田舎なんだから、僕たちがワクワクするような事件なんか起きるわけがない。せいぜい誰かの家の牛が暴れたとか、トンボとりに行った子供が用水に落ちて泣き泣き帰ってきたとか、本当にその程度のことしかない、退屈なところなんだ。
だから、ずっと空き家になっていた屋敷に誰かが引っ越してくるらしいという、たったそれだけのことが僕たちにとっては大事件だったんだ。
その家はスイカ畑の真ん中にポツンとあって、僕たちはそこを『お化け屋敷』と呼んでいた。レンガで作られた立派なお屋敷だったけれど、ずっと人が住んでいなかったから、外壁の漆喰が腐って落ちた、みっともないくらいのボロ家だったんだ。
庭も僕たちの背丈よりも高い草がぼうぼうに生えていて、窓なんかいくつも割れて。
僕たちは割れた窓から入り込んでは、この家で肝だめしごっこをした。
家具の一つも置かれていない、電気もつかない屋敷の中をドキドキしながら探検するのは楽しかったけれど、レンガの落ちた壁をきれいに直されて、庭の草も短く刈り込まれたその家の門にかけられた看板を見た僕らは、お化け屋敷探検よりも、もっとわくわくした。
『マーカス秘密研究所』
普通の家じゃなくて研究所、しかも秘密だなんて!
僕のクラスの男子は、すっかり『秘密研究所』という看板のとりこになってしまって、そこがどんなところなのかの話題でもちきりだった。中でも一番に熱心だったのは、僕の親友のカールとマッシュだ。
僕たちは学校に行く途中で立ち止まって、この秘密研究所の中をのぞくのが日課になっていた。
「ぼくはさ、国家が新しい兵器開発のために、目立たない田舎に研究所を置いたんだと思う」そう言い出したのはノッポのカール――彼はクラスでいちばん勉強ができて、本だって僕の何倍も読んでいる物知り博士だ。
だから僕は、カールが言うならば本当かもしれないと、一瞬だけ、その話を信じそうになった。
だけどすぐに、肉屋の太っちょマッシュが、少しだけ口をとがらせて反論する。
「ちょっと待ってよ、だったらわざわざ看板に『秘密』なんて書くかなあ? 秘密なのを秘密にしようとしていないみたいだ」
確かに彼の言うとおりだ。大人は遊びで『秘密』なんて言葉は使わないから、本当に秘密の研究所を作るならば、誰にも見つからないようにうまく隠して作るだろう。
まったくマッシュは、カールとは正反対で学校の勉強なんかまるきりできやしないのに、とつぜん鋭いことを言って僕を感心させる。
僕はというと、カールみたいに頭が良いわけじゃないし、マッシュのように鋭い勘がはたらくわけでもない。背丈だって小さくて、クラスでは目立たない存在なんだ。
でもどういうわけか、この二人は会話のおしまいを僕に向けるクセがあって、この時も二人で口をそろえて僕に聞いた。
「ねえ、ブライアンはどう思う?」
あまりにも急に聞かれたものだから僕は焦ってしまう。
「ええと、映画に出てくるような怪しい科学者が、人間を切って縫い合わせたり、おかしな品種改良で作り出した人食い植物を栽培していたり、そういう『秘密の研究』をしているところなんじゃないかな」
おかしなことを言ってしまったような気がするのだけれど、二人はきらきらと目を輝かせて膝を打った。
「それだ! きっとそれだよ!」
あとは二人で、そのマッドサイエンティストがどんなおそろしい風貌をしているかとか、彼の研究がどんなにおどろおどろしいかとか、そんな話を始める。
だから僕はスイカ畑の向こうに見えるマーカスの秘密研究所を眺めた。
スイカのツルは畑いっぱいに広がって、大きな葉っぱをもっさもっさと茂らせている。その葉っぱの向こうにどんと建つレンガ造りの建物はすっかりきれいになって、今日は庭の手入れが入っているのか草刈り機の音がかすかに響いている。
夏が近づきつつあることを告げる太陽は底抜けに明るくて、映画に出てくるような悪の科学者がいそうな気配なんてどこにもない。
それでも看板には、見せつけるみたいにはっきりと『秘密研究所』の文字……。
「なにか、楽しいことが起こりそうな気がするぞ」
大事件の予感に胸を躍らせて、僕はその建物をいつまでも眺めていた。