出会い
ゆっくりと連載します。
何でもありな方よろしくおねがいします。
空は蒼々しく輝いていた。
穏やかな気候に、爽やかな風。よく見ればたまに鳥類や化鳥が空を飛び、独特な声を響かせる。
そんな空の下の草原に、一人の少女が死人のように眠っていた。
雲が風で移動し、少女に太陽の光が降り注ぐ。そうすれば、この世界では珍しい黒の髪が神の賛美を受けるかのように太陽の粒子を纏って輝いた。
──僅かに草が人に踏まれる音が耳に届けば瞼を瞬時に開き、いつ手にしたのか一丁の銃を──目の前で驚きの表情を浮かべる金髪の青年の額に向けた。
青年は両手を挙げる事で自分は無害だと主張を見せる。だが肝が座ってるのか、芯のある声を発した。
「ここで寝ていたら危険、って言おうとしたけど君には必要なかったね」
青年は苦笑する。少女は表情を一切変えず、ただ睨むだけだった。
そこで青年はある事に気付く。
「驚いた。君のソレは天然か?」
「……。」
「……初めて見た。その、」
「黙れ」
「──凄く綺麗だ。」
一つの銃声が傍にいた小鳥が飛び立つと同時に鳴いた。
銃口から煙が上がる頃、少女は舌を一つ打つ。
「危ないなぁ。この数分で君は僕を驚かせまくりだ」
青年はイタズラが成功した子供のような笑みを浮べた。そう、彼は人並み外れた身体能力により鉛玉を紙一重で避け、頭突きが可能な距離まで詰め寄ったのだ。
だが少女は焦りを見せず──再度発泡しようとした銃を持つ左手首を青年に掴まれれば、それは叶わずした。
「今時魔力を使わない銃なんて珍しいね。君の髪色といい瞳の色といい、興味がそそられるよ」
銃に魔力を送る機能装置がない事を視認して、ぺろり。青年は舌なめずりして少女の漆黒の瞳を眺めれば、冷たい眼差しを向けられていた。
「……呆れた。」
少女は言う。
「ボクを食べるつもりかい?」
掴まれていない方の手で男性よりの短い髪をすくい上げれば、中性的な声が青年の耳へ透き通った。
青年は少女の腰へ腕を回して体をより密着させる。
「それもイイね。君は凄く美味しそうだ」
「……そう」
その答えを聞けば──少女は髪を掬うのを止め、青年の頬に拳をめり込ませた。
***
「ハァ、ハァ、ハァ……っ」
左右で二つに結ばれたピンク色の長い髪と共に、女の豊満な胸が上下に揺れる。
広い会場内をずっと走っていたせいか、女の頬は桃色に染まり、その色気で周囲の男を魅了していく。何人もの男が声を掛けようとするも、女の潤んだ深紅の瞳を見てしまえば次々とその場に崩れ落ちていった。
女にはそれが当たり前の光景だった。
男達がその場に倒れるのを知りながらも、一切視界に写そうとはせずに走り続ける。
「ッハァ、っあ……」
──お肉のにおい……。
食欲をそそられる香りが鼻を掠めれば女は立ち止まった。横には食堂部屋がある。
その部屋からジューシーな肉の香りがすれば腹の虫が餌を求めるように鳴り出す。女は突如訪れた空腹に根負けして食堂にへと足を踏み入れ、そして呆然とした。
入口のすぐ目の前の座席には先程女が会場内にて探していた、旅仲間である黒髪の人物の後ろ姿と、テーブルの上にはその人物が全て腹に収めたのか、一人で食べるには信じられない量の皿が幾つもの塔を作り上げていた。
女はその食欲を目の当たりにすれば溜め息を零す。
それが耳に届いたのか、黒髪の人物は回転式の椅子を足で地を蹴る事で、座ったまま反転させた。
その手には食後のデザートなのか、細長いスプーンとオシャレな容器に入ったパフェが持たれている。
「やぁ、リュキール。君も来たのか。ここの食事は美味しいよ」
ボクは大変満足だ。と黒髪の──漆黒の瞳が魅力的な少女は女──リュキールにスプーンを向け、再度それを口に含んだ。
リュキールは長年共に旅する少女の時折見せる食欲には未だ慣れないのか、愛らしく性的な唇を引き攣らせる。
「そんなに食べて、試合で動けなくなるよ?」
「ご安心を。ボクはそんなヘマな事はしないから。……それより、」
少女は行儀悪くスプーンを使わずに、パフェの頂上にある生クリームを躊躇いなく頬張った。
「今すぐ君の身体から溢れる膨大なフェロモンを抑えてくれないかい? ボクには刺激が強すぎて思わず孕んでしまいそうだ」
チロリと赤い舌を見せた。
苺のような舌に白が交われば、リュキールは噛み付きたいという衝動を静かに抑え、言われた通りに溢れるフェロモンを意図的に制御する。
「直接当たっても気絶しないのに、何言ってるの。むしろ当てられてホルモンが活性化すればそのまな板も大きくなるんじゃない?」
「冗談じゃない。そんな脂肪はいらないよ」
そう応え、今度は生クリームに刺さっていたウエハースを口に咥える。
気付けばテーブル上にあった皿はここで雇われているのか、エプロンを着ける小さなゴブリンが下げていた。テーブルの上は本来の姿を見せた。
そこで自身も空腹だというのを思い出したリュキールは、そのゴブリンにこの食堂のオススメメニューを通貨を渡して頼めば、少女の隣の席に腰を下ろす。
スレンダーで露出した足を惜しみなく組み、卓上に肘を付け、顎を手の甲に乗せた。
「で? " ヤケ食い "なんて珍しぃことをした理由はなぁに紅葉?」
悪戯っぽく聞かれた問に少女──紅葉は「あぁ、」といつの間にか空となった容器を卓上に置く。胸焼けしたのか、既に用意されていた茶を食道に流し込んだ。
「リュキール。どうやらボクでもセクハラを受け、口説かれる対象になるようだ」
「え、その貧乳ボディに?」
「母親がサキュバスで父親がヴィーナスの子である君と比べないでほしいね。ボクはグラマーでなく、スレンダーで良いんだ」
そう言って紅葉は飲み終えたコップの回収を待っていたらしきゴブリンに礼を言ってから渡した。
「でも女の私から見ても紅葉は魅せられる所あるから。加えてその髪と瞳の色は希少価値も高いしね」
「……いい迷惑だよ」
そう呟いて、紅葉は二杯目の茶を注ぎに行った。
ある時代から世界に魔力が生まれた。
そのせいで全ての大陸の地形、名は失われるが人類は勿論、動物や植物なども徐々に適応していき、変化を辿っていった。
その結果、今まで存在を潜めていた異界人や天界人、その他の外界人が魔力で溢れた地上に居心地を覚えて住み着き、人類と共存をし始めた。
だが、その外界人の世界にはいなかったのか、人類の──西洋人では無く、東洋人が、特有の絹のような肌、何色にも染まることのない美しい黒髪や黒目に見初められ、現在は絶滅危惧種とまで減少されてしまった。
ここまで減ってしまった理由は沢山あるが、最も多いのは外界人らと混じえてしまったせいで純粋な東洋人がいなくなってしまったからである。
そして旅人である少女──紅葉はその絶滅危惧種の人間だった。
しかし彼女に家族はいない。
正確に云うなら──幼き頃、ある外界人の一族の組織にその血を狙われ、食されてしまった。
その時の憎き光景を彼女は鮮明に覚えている。
目の前で必死に足掻きながらも叶わず死した両親。旨そうに血を飲み、挙げ句の果てに研究材料として持ち帰えった外界人。
因みに彼女が狙われなかった理由は、その組織の中にいた若き王に生かされたからだ。
その王は当時の彼女と近い年齢で、怯える彼女に対してこう言ったのだ。
『きーめた。君をオレのお嫁さんにする。』
そして王は彼女の顔を持ち上げ、
『大きくなったら迎えに行くから。それまで──死なないでよ?』
──幼い唇を重ねたのであった。
彼らが去ったあと、紅葉は怒り狂った。何も出来ず、されるがままの、無力な自分に嫌気がさした。
彼女は努力した。両親の仇を取るために。迎えに来られるその時に、今度こそ抵抗出来るように強くなろうと。
それが彼女が現在旅をする理由でもある。
そして彼女は途中で出会ったリュキールと共に旅を始め、先日訪れたこの国で行われる魔導士達の大会に参加する事にしたのであった。
目的は勿論、力試しと賞金である。
「オマチドーサン」
ふと、第三者の声が聞こえたかと思いきや、先程リュキールに頼まれたゴブリンが芳ばしい香りを放つランチを運びに来ていた。
「あら、美味しそう 」
「コチラハツリトナル」
「ありがとう」
下手な言葉だが、丁寧にツリを返されると思わなかったリュキールは内心驚くも、素直に受け取る。
去り際にゴブリンは離れた位置で飲み物を注ぐ紅葉の姿を目に写すも、すぐに逸らして別の客の相手をしに行った。
「……働き者なのね。あのゴブリン」
いただきます。と、まずはマグカップに入ったスープを飲み、リュキールはゴブリンの背中を見つめる。
本来、彼らの種族は気性が荒く、こういったこまめな作業をするのは難しいとされる。
だから珍しいと思いながらゴブリンの接客を眺めていれば、団体客の一人の青年と目が合った。
──宝石みたいな綺麗な色……。
金色の髪とサファイアのような碧い瞳。
まるで宝石のような色合いに、在り来たりな人種の特長と理解しながらも、リュキールは青年を鑑賞する。
すると何故か青年は一人の──犬耳が着いた青年を連れてこちらへ歩んで来た。急いでスープを飲み干す。
「と、突然スミマセン! オっレは、レオンともっしま! あの、おおおお嬢さんは今っお一人ですか!?」
茹でタコのように顔を真っ赤にして犬耳の青年はリュキールに訪ねた。
女慣れしていないのか、初心すぎる反応に思わずリュキールは笑いを漏らす。
「ごめんなさい。私、連れがいるの」
「っでは、そっ、しょれまでオレとお話はどうですか!? 暇潰しにはにゃると思いましゅがっっ」
「落ち着けレオン。噛みまくりだ」
連れの取り乱し用にもう一人の青年が口出しをする。
そして彼はリュキールの姿を見れば、僅かに瞳を見開いた。
「連れが失礼した。僕の名前はシオン・アルバス。もしかして君の種族はヴィーナスかい?」
「半分正解。父がヴィーナスで、母はサキュバスよ。ハーフなの」
「それでその美しさか……。今日は驚きっぱなしだな」
そう言って青年──シオンは不自然な赤紫に染まる頬に手を当てた。
「? その痣は?」
「あぁ、これかい?」
シオンは痣について聞かれたのが嬉しかったのか、ウットリとした表情で語り出した。
「実は先程、一目惚れした子を口説いたら殴られてしまってね。男の勲章さ」
「アンタの場合、自業自得ッスよシオンさん」
「黙れ犬っころ」
「オレは狼だ!!」
呆れた、もしくは聞き飽きたのか犬ではなく狼耳らしい青年──レオンが告げ足せば、シオンは笑顔でその頭を殴った。
しかしリュキールはそのコントのようなやり取りに興味は持たず、シオンが言った台詞について考えことを仕出した。
──紅葉もさっき口説かれたって言ってなかったっけ?
そして戻るのが遅いと紅葉がいる方向に顔をやれば、いつから居たのか、テーブル一つ分の距離がおかれた場所で、彼女は凄い嫌な顔をしていた。
だが、その顔を向けられているのは自分ではないと理解すれば、紅葉のその視線辿っり──そこには先程よりも表情を輝かせるシオンがいた。
そして瞬時に彼は文字通りテーブルの上を跳び超えて紅葉の元へ移動し、彼女に話しかける。
「また君に会えて嬉しいよ!! 僕の名前はシオン・アルバス。先程は怖がらせてしまって申し訳なかった」
「また君か。これは嬉しくない再会だ。」
どうやらリュキールの女の感が当たったらしく、紅葉の機嫌が急降下する。
溜め息を吐くレオンに気付き「隣りに座ったら」と声をかければ、レオンはボンっと顔を真っ赤にして「っは、ひゃいっ!」と頷く。
リュキールはすっかり冷めてしまった料理を付属された小皿に「食べきれないから」と取り分けて彼に与えた。
次いでにセットで付けられたココアも渡す。アイスココアは好まなかった模様。
「あ、ありがとうございます!」
「いーのよ。アレも長引きそうだしね」
フォークを目の前の二人へと指す。
レオンもそこを見れば、何をすればそうなるのか。紅葉に銃を向けられるシオンに泣きたい感情が沸き起こった。
「何してんスかシオンさん!」
「案ずるなレオン。彼女なりのスキンシップさ」
「どう見ても殺意しか向けられてないっスよ!?」
「大正解。ボクとしては賢明な判断をする君の方が好感度があるね」
「レオン。後で覚えてろよ……っ!」
「理不尽! いつものクールなシオンさんはどこに行ったんスか!?」
「そんなもの、愛の前では無意味さ」
「変態だ!」
まるでコントのようなやり取りにリュキールは腹を抱え、紅葉は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
彼女は真っ直ぐな愛の言葉が苦手なのだ。
「……君の狙いはボク自身じゃなく、血筋だろ。何だい? 口説いて君の虜にしてから売り物にでもする気かい?」
「売り物だなんて外道な! やっと僕は君のような素晴らしい女性と出会えたんだ。絹のような滑らかな肌。クルミのような形した大きな瞳に凛とした態度! そしてハッキリとした性格に意志の強さ。全て僕の好みどストライクなんだ! 結婚してくれ!」
「……。」
紅葉は無言で発砲した。
しかし、またしても弾はシオンに当たらず──まるで彼の目の前に透明な壁が出来たかのように弾かれ、地へと静かに落下する。
紅葉は大きな舌打ちをし、シオンは満足気に笑みを浮かべた。
それを傍観していたリュキールは、弾が弾かれた仕組みに気付いたのか、隣りで仲間が危機に晒されているにも関わらず、平然とした様子でパンを齧るレオンに「ねぇ」と声をかけた。
レオンは咀嚼したパンが喉に詰まったのか、むせ返る。
「ッゲホッッ、ハッっぁあざっス! スミマセン。どうしました?」
タイミング良く水を持ってきたゴブリンから受け取って飲み干せば、驚きの方が強かったおかげか、リュキールに対しての緊張が解けた模様で普通に会話出来るようなった。
「シオン・アルバスって、セラフ?」
「一応セラフの血もありますけど、ちょっと特殊なんですよ。あの人、神々の女王[アーシラト]と神々の王[オーディン]の種族のハーフなんで、天界人の血を統合された、まぁ、チートッスね」
そうケロリと答えれば、レオンは残った拳サイズのパンをココアに浸してから一気に口に含み、丸飲みをした。
一方でリュキールは彼の口調が所々違うと気付くも、まさかの告白で驚きのあまり握力を失ったのか、指からスプーンを落とす。
紅色の瞳を再びシオンの方へ向ければどこから出したのか、色とりどりな花束を紅葉に差し出す場面だったので、冷めた眼でリュキールは信じられないと独り言のように呟いた。
「──人間と外界人が交わる時点で、神の頂点達が交わるなんて珍しくないさ」
「ッ団長いつから──っあだァ!!」
突如リュキールの背後から第三者の渋い声が聞こえれば、知り合いなのかレオンが勢い良く振り返って回転イスから落ちた。
彼は痛みが強いのか頭──銀色な狼耳をへにゃりと伏せ、愛らしさを漂わせるも数秒。すぐに彼は「……団長」と目尻の朱と顔に二本の傷が特徴的な筋肉質な男を睨み付けた。
「ビックリしたじゃねェっスか! てか何酒飲んでんだ! まだ昼だぞ!?」
「カッカッカッ。細かい事は気にするなマメシバ」
「だからマメシバ言うな! 噛み付かれたいんッスか!?」
ギラリとレオンの口から鋭い犬歯が覗きだす。しかし、団長と呼ばれる男はそれにモノともせずに豪快に笑い、酒の入ったジョッキを口に運んだ。
そしてこれには仲裁が必要だと察したリュキールは背後で紅葉の銃が発泡される音がしたが、無視してその男に声をかけた。
「ハァイ。あら、思ったよりお若いのね。私はリュキール・フレーバーよ」
「歳は一応26だからな。俺はコイツらが所属する"咲斬華"の団長を務める空狐だ。名前の通り、かつて存在していた大陸、ジャパンのモンスターの祖先だ。よろしく頼む」
そう挨拶すると、団長──空狐は手を差し伸べて握手を求めた。
その下ではレオンが「リュキール・フレーバー……。名前までも美しいッス……」と呟くが、彼女はその反応に慣れているようで、妖艶な瞳を空狐に向けながらその手を握り返した。
「ジャパンって事は、種族は違えど紅葉と同じ出身なのね」
「なんと! 他にもおるのか!」
「えぇ、丁度貴方の部下と会話をしているわ」
ほら、とリュキールは紅葉のいる方向へ促せば、嬉々としていた空狐の表情は一瞬で消えた。
そして一際大きく息を吸ったかと思いきや──
「女性を困らせるとは何事だシオン・アルバス!!」
銃ごと無理矢理紅葉の手を握るシオンに、鬼の様な怒声を投げ付けた。
言われた本人、シオンは突然の事に体を大きく震わせ、ぎこちない動きで顔を空狐の方へ向けた。その顔色は面白い程に真っ青である。
「げっ。だ、団長……!?」
「ッ放せ!!」
「フグっ!!」
シオンの気が自分から逸れた隙に紅葉は彼の腹に鋭い蹴りを食らわせれば、簡単にシオンはその場に崩れ落ちた。
紅葉は疲れきった表情でリュキール達の元へ歩み──隙を作ってくれた空狐に礼を言う。空狐は仲間の不甲斐なさを紅葉に謝罪すれば、お相子と云う事で、互いに名を名乗った。
「そこの女性には言ったが、俺は空狐だ。その名の通りジャパニーズモンスターだ。宜しく頼む」
「ボクは紅葉。……まさか同じ故郷の人と会えるとは思いもしませんでした」
頭一つ分以上も上にある空狐の顔を見上げれば、何故かリュキールが紅葉の服の裾を引っ張り、顔を耳に近付けた。
「……紅葉、空狐さんに惚れちゃった?」
「いや、全然」
何を聞くかと思いきや、紅葉はリュキールの顔を覗き込み、唖然とした。
「リュキール……。君って奴は……っ」
リュキールの表情はすっかり恋をする乙女になっていたのだ。しかも数分前に会ったばかりの男相手に。
挙句の果て、彼女の瞳にハートが浮べば紅葉は盛大に溜め息を吐き捨て、空狐との会話に戻ろうとすれば何時そこにいたのか。
空狐の隣には、先程ダウンさせたシオンが立っており──紅葉はゴミを見る目で彼に分かるよう、二度目の溜め息を吐いた。
「酷いなぁ紅葉は。そこも素敵ではあるが」
「あの、此処に居るって事は空狐さん達もこの大会に参加するんですか?」
「ガン無視!?」
「ああ! 何しろ賞金がデカいからな!」
「団長もですか!?」
まさか己の長にまで冷たい対応が取られるとは思わなかったのか、シオンは「ぅあー」と情けない声を上げながら天井を見上げ、隣りで冷めた表情で自分を見つめる後輩に視線を写せば──理不尽にその足を踏み付けた。
勿論踏まれたレオンがシオンに文句を言えば、軽い戦闘に持ち込まれた為に再び空狐が怒鳴りつけて二人を黙らせる。
リュキールが小声で「空狐さん素敵……」と呟けば、その甘ったるい質が気に食わない紅葉は彼女の脇に軽く小突いた。
その時だった。天井から何かしらの音楽が流れ出し、全員がその音に耳を澄ませる。
『もうじき開会式を行います。参加する選手の皆様は会場にお集まり下さい。繰り返します──……』
どうやら大会に関するアナウンスの模様で、それを聴いた者は着々と食堂から姿を消して行った。
残ったのが極わずかになれば、「さてと」とレオンが背伸びを仕出し、肩を回した。
「そろそろオレらも行かないとヤバいッスね。リュキールさん、ご飯ご馳走様でした! また後でお会いしましょう!」
「え? あぁ、また……」
空狐を見つめるのに夢中だったが為に、突如自分の名が呼ばれたリュキールはよく分かっていないの点綴的な反応を示すと、レオンは微かに表情を歪め、すぐに笑顔に戻し「では!」と入口の方に固まる他の仲間の元へと行ってしまった。
「では俺達も行くとするか。互いに良い試合をしよう。紅葉、リュキール!」
「えぇ、是非と──リュキール! しっかりするんだ!」
急に肩が重くなったと思いきや、どうも空狐の笑顔に当てられたリュキールがのしかかった模様で、彼女は軽く気絶していた。
「スイマセン。この子、疲れているみたいで……」
「いや、こちらも長々と邪魔してすまなかった。その女性にも宜しく言っといてくれると助かる」
「勿論です」
そう返答すれば、空狐は再び太陽のような笑みを浮べ──何故かシオンの襟首を掴み上げ、ズルズルと入口の方まで連れていく。
その最中シオンは力では叶わないのか、彼に抗議をする。
「へ、っちょ団長!? 僕も彼女に言いたい事が!!」
「今日のお前では禄な事にならん!」
「酷い! せめて一言だけでも!! スマートに決めさせて下さい!」
「良し。十秒だけ待ってやろう。団の奴らも待たせてるんだ」
「短かっ!? え、待って、えっと、紅葉!」
「残念、時間切れだ。」
「待って待って!まだ何も言って──また会場で会おう、クレ──アダァ!?」
引きづられる最中、入口のドアに盛大に肩をぶつけられば紅葉の名が中途半端にとぎられ、結果的にカッコ悪い印象しか紅葉には与えられなかった。
そして彼らの姿が見えなくなっても尚、廊下から騒がしい声が耳に届けば──紅葉は近くを通ったゴブリンにリュキールの意識を戻す為に必要な水を頼み、本日何度目かの溜め息を吐き出した。
「……折角のランチタイムが最悪だ」
そう愚痴を零せば──早く戻って来たゴブリンから水を受け取り──それをリュキールの顔面に躊躇いもなくぶっかけた。
ありがとうございました。
早めに更新できるように頑張ります。
気軽にコメント頂けると幸いです。