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プロローグ

 中学三年生。

 義務教育最後の年であり、初めて受験というものを経験する。

 高校受験には戸籍謄本が必要であり、そこには家族構成、本籍、現住所など様々な情報が載っている。

 もちろん、実子か、養子かも。


「嘘、だろ……」


《養子》


 何度見たって、自分の欄のとろろだけ《養子》と書かれている。

 養子……。

 自分は養子だったのだ。

 つまり、今まで家族と思っていた人たちは、本当の家族じゃない。


「クソッ」


 地面に転がっていた石を蹴る。


――コン、コン。


 その音は虚しく響き渡る。


「なんで……」


 ギュッとつぶった目から、涙がこぼれ落ちるのが自分でもわかった。


「うっ、うっ……」


 自然と嗚咽が溢れる。

 ここが人通りの少ないところで良かった。

 思い切り泣くことができる。


「なんで、なんで……」


 そう言いながら泣いても、誰も気にする人なんていない。


「うっ、うっ……」


 俺は人目も気にせず、ただただ泣き続けた。






 俺の家族構成は、父、母、妹、俺の四人家族。

 普通に仲がよく、母さんも父さんも優しくて、妹もわがままはしょっちゅうだが、可愛いと思っていた。


 そうだ、妹だ。

 あいつは養子じゃないだろうか。

 緊張で汗ばんだ手で、戸籍謄本の妹の紙を見てみる。


「……良かった」


 妹の欄には、俺のように《養子》と書かれてはいなかった。


 ということは、俺だけ血が繋がっていないということ。


「雷~、ご飯よ」


 母さんの、俺を呼ぶ声が聞こえる。

 いつもは気にしないその声も、今はうるさく感じる。


「いらない」


 聞こえたかどうかはわからないが、とにかく俺は今、誰とも話したくはなかった。




 道中で泣きつかれた俺は、フラフラと家に帰ってきて、二階に上がってすぐの自分の部屋にただいまも言わずに直行した。

 でも、俺は何かあるとすぐに部屋にひきこもるから、今回もそうだと思っているだろう。


「はあ」


 意味もなくため息がこぼれる。

 とにかく、今は何も考えたくない。


「勉強でもするか」


 俺は中学三年生、受験生だ。

 高校に入学するために、受験勉強をしなければいけない。


 いつもは面倒だなと思う勉強が今はありがたく感じる。

 何も考えず、ただただ覚えては問題を解くという作業の繰り返しが、とても心地いい。

 頭の中に覚えなくてはいけない単語がスラスラと入っていくのがわかる。


(……勉強って、こんなに簡単なものだったっけ)






《ねえ川橋くん。志望校上げる気、ない?》


 さっき言われた先生の言葉が、頭の中にこだまする。


《最近成績上がってきてるし、元々内申点もそんなに低いほうじゃなかったし》


 皮肉なことに、あの日から無心に勉強を続けてきた俺の成績は、うなぎのぼりに上がっていった。


《じゃあ、そうします》


 高校なんてどうでもいいと思っていた。

 どこでも変わらないと思っていた。

 だが、今はとにかく、誰も俺のことを知らないところに行きたくなった。


《虹城高校に行こうと思います》


 無表情でそう言い放った俺をまじまじと見つめてきた先生が、目に浮かぶ。


 虹城高校は、県内でもトップスリーに入るほどの進学校で、俺の成績では夢のまた夢のところだ。


 でも、無理ってわけじゃない。

 めちゃくちゃがんばれば、少しかもしれないが希望はある。


 俺は、自信に満ちていた。

 今の俺なら、なんでもできるような気がした。

 あのことを忘れられるくらいなら、なんだってしてやる。

 そんな思いしか、俺の中にはなかった。






 数ヶ月が経った。

 俺はただただ勉強漬けの日々で、希望通りあのことについてあまり考えずに済んだ。


 そして今日は、結果発表当日。


 俺の番号は331。

 隣には、母の姿。


「あった、あったわよ、雷! すごいわね、こんな高校に受かっちゃうなんて!」


 興奮しているのかぴょんぴょんと飛び跳ねる母を、苦笑しながら見ている俺。

 そこには確かな温度差が感じられる。


「帰るよ、母さん」

「……なによ、自分のことだっていうのに、冷めてるわね」


 プーっと頬を膨らませる母は、俺の本当の母親ではない。

 そんなことが頭の中に浮かんできて、慌ててその考えを頭から消した。


「どうしたの?」


 と心配そうに顔を覗く母に「なんでもない」と言って、俺はここまで乗ってきた車へと向かう。




 そうして、俺は無事虹城高校に合格し、入学式を迎えた――。

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