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11 追撃 岳陽

昭和16年5月14日。百号作戦+7日


百号作戦の開始から一週間が過ぎた。東西北の各戦線共に、作戦の進捗は順調だ。作戦目的である敵第1戦区軍の包囲殲滅は達成されつつある。作戦開始翌日に、想定戦域の中央の垣曲を占領確保し、以降、西の敵4個軍は分断されていた。


西正面では敵4個軍、およそ8万の2重包囲に成功し、3万を粉砕した。遺棄死体数千のほかに捕虜が1万近い。

東正面では、西戦線から分断された4万近い敵兵を北へと追い上げている。

北正面は1個師団で敵2個軍を拘置しており、東正面と挟み撃ちの体勢に入った。





未明。西正面。


5月11日朝に始まった殲滅戦は、黄河沿岸から北上した各挺身隊が、13日深夜にそれぞれの終点に到達した。24時間の大休止が認められ、休養と補給、再編成を行っていた。


今日の深夜には再度出撃して、一斉に南下する。第1軍の構想は、中條山中の縦断をもう一往復行って、残存する敵兵を完全に掃討することである。それまでの帝国陸軍の作戦に見られない周到で徹底的な、つまり粘っこい作戦だ。



第37師団と第41師団の挺身隊は、それぞれ運城と臨汾の師団本部から補給を受けていた。今回の作戦のために遠路出動してきた第36師団、独立混成第9旅団と第16旅団の部隊は、第1軍直轄の輜重隊や輸送隊から補給を受ける。補給品受領の事務と実務を負う主計課員は大童である。


師団旅団隷下の各連隊では、各級指揮官による作戦会議が開かれる。戦闘日誌を持った中隊長と大隊長が連隊本部の仮設指揮所に集合し、戦果と戦訓を報告した。連隊参謀がこれからの行動と戦闘序列を説明する。連隊長は訓辞を終わると、士気高揚をねらって、早々と論功行賞の内示も行った。



中條山の西側山麓は、どこも混雑していた。およそ10万名の将兵・軍属が同時に、補給や補充、作戦会議や配置転換を行っているのだ。ひっきりなしに弾薬糧秣を満載した自動貨車が往来し、自動車両の参謀や側車に乗った伝令が行き交う。憲兵や特務機関員も忙しい。命の洗濯で朝から騒いでいる兵隊もいるのだ。まさか、憲兵も制止は出来ない。不祥事を防ぐために張り付いているしかなかった。



支那人の商人が、各部隊の主計将校を慇懃に訪問する。その後ろには、苦力に引かせた米麦野菜が満載の大八車が続く。生きた豚や鶏が大八車の後ろに繋がれている。家鴨や鵞鳥もいる。

がぁがあ、ぶうぶぅ、こけっこけ、ぶくぶく。


支那商人は、勉強してきた協和会言葉で話す。

「しゃちょー、しゃちょー。肉食って生気をつけるヨロシ」

「ええい、しゃちょーではない!主計中尉だ」

「・・。たいしょー、鶏の生き血は効くアルヨ」

そう言って、握った右手で力瘤をつくる仕草をする。

「知ってるぞ。だが蛇の方がもっと効く」

「蛇あるアルヨ、蝮もコブラもあるアルヨ」

商人が指差す籠の中には、太くて黒い蛇がとぐろを巻いていた。


「なるほど、たしかに」

覗き込む中尉の脇から部下の軍曹が囁く。

「中尉、わが大隊は師団長より感状を頂きます」

「うん、そうだな」

支那商人が満面の笑みを浮かべる。主計中尉は部隊全員に行き渡る生き血の量を暗算し始めたらしい。

「各分隊に鶏一羽、さらに小隊ごとに蝮一匹でどうでしょう」

軍曹が言うと、商人も大きく頷く。

「明日も大手柄、間違いないヨロシ」

「それでいくか。しかし、大隊本部はどうする?」

困っている中尉を見ると、商人は水瓶を指差して囁いた。

「すっぽんもあるアルヨ」

「「おーっ」」



商人に命ぜられた苦力たちが、籠や瓶を運び始めた。

ほかの支那人の商人や苦力も忙しく全力で駆け回っている。絶好の商売の機会なのだ。あたりは喧騒で煩い。だから、日本軍駐屯地の間隙を、便衣の支那兵が何十人も駆け抜けて行っても、注意を引かない。


実は、中條山の西側では、国府軍から脱走兵が相次いでいた。もちろん、山麓は第37師団と第41師団の2つの師団で閉鎖されている。しかし、それを破って、脱出する国府軍兵が相次いだ。ほとんどは、捕虜に出来たが、なにしろ数が多すぎる。

なかには、遠く北の臨汾あたりまで逃げ出す兵もいた。




挿絵(By みてみん)



同日、朝。臨汾、県城。


臨汾の県城でも、作戦会議と論功行賞が行われていた。

作戦会議は、もちろん、攫われたおふくと安安の救出についてだ。論功行賞は、石腹の折檻だった。


ふく、安安に加えて、石川の妻女のさよ、それに国府軍の氾中佐が、同時に拉致されたと判明したのは、朝方だった。

石川は腕を組んで頭から湯気を立てていた。知恵熱である。


四郎は、石腹を折檻していた。

ぴしぃ、ぴしい。

「少佐どの、勘弁してください。石腹はいなかったのであります」

「だから、なぜいなかったのだ。ええい、おのれ」

ぴしぃ、ぴしい。

「ひぃー。だって、餡巻きを買って来いと言われて・・・」


後先を考えましょうと進言したのは石腹兵長だった。昨晩は、石川も山口も、今にも飛び出していきそうだったからだ。水を飲ませ、酒を吐かせ、仁丹を飲ませ、介抱した。

そのあげくに、二人からいじめられている。



石川はさっきから、誰がなぜ狙われたかを考えていた。運城や夏県ほどではないが、臨汾も日本兵であふれている。折檻に厭きた四郎が声をかける。


「しかし、ふくは薙刀道三段、なぜに?」

「そうなのです。さよも初段持ってます」


先日、石川の発案で、ふくとさよは、県城の庭で演武を行った。まず一通りの型を披露する。警察隊や保安隊も、集まった支那人は薙刀をはじめて見た。関羽の青龍偃月刀とは違うらしい。長巻でもなく、槍でもない。大刀を棒につけたものを長巻とするならば、薙刀は小刀を棒につけたものである。大刀は重い、長い棒につければ重心は先端にいくから、振り回し難い。薙刀の重心は手前にあり、振り回し易い。


ふくとさよは、それぞれ型どおり、薙刀を突き、払って見せる。型が終わると試合である。もちろん真剣だ。さよが振りかぶると、ふくは石突きの方で受けて流す。回転させた刃先をさよの面に向ける。さよは後ろに跳んで、間合いを外す。二人の薙刀は両手の中で自在に伸縮する。また、二人の体は右へ左へ旋回し、高く跳び低く走った。日本女性二人の真剣試合は、支那人の度肝を抜いた。


「一昨日の試合は、その日のうちに広まっています」

「そうだな。ここの日本人を攫おうとは思うまい」



演武会は、百号作戦の戦勝を祈るためのものであり、四郎は居合い、石川は柔術を披露していた。日本人は兵隊だけでなく、民間人も強い。そう、臨汾県中の話題になっていた。


中條山を脱出した国府軍将兵が、このへんまで逃げているそうである。彼らは、県城の四人の武芸は知らないだろう。彼らが中共に手土産として日本人を攫った。そう考えるべきか。しかし、ふくや安安に価値があるのか?


「ふくもさよさんも、手元に折畳薙刀があったはず」

「そう易々と賊の手に落ちるわけはない」

「「・・・」」

「ところで、安安て何者だろう?」

「え?」




挿絵(By みてみん)



同日、昼。東正面。


第1軍司令部附の陸軍少尉、奥田道夫は頭城上等兵と共に、邵源北方の山中にいた。第36師団や第35師団に先行して、敵残存部隊の動向を偵察中である。

東正面で壊滅した敵9軍の敗残兵は、このあたりに逃げ込んだ。北正面の薫封で第33師団に撃砕された敵98軍は、この北方の横河まで撤退している。ほかに、敵15軍と93軍も、やはりこの山中にいるはずである。


10日に第36師団司令部に合流した奥田は、第1軍戦闘司令所からの最新情報を受け取った。その情報に従い要員の任務を更新、装備を補充して潜行させる。2日後に全員が再配置した旨を受信すると、頭城と共に山中に入っていた。



奥田には焦燥感があった。

今日は5月14日。五郎との合流の期日は18日から20日の間で、場所は岳陽。ここからは120kmほど北方、しかも山中だ。期日には2日間の幅を持たせているが、今からすぐに北上しても、ぎりぎりの距離である。

しかも、敵軍偵察の任務もある。半数が敗残兵がとはいえ、3個軍が盤踞する山中の敵中突破だ。戦闘か何か起これば、それだけで半日が費える。


代案が必要だな。

五郎との合流は、ソ連赤軍の連絡員だというロシア人との会同を意味していた。遅れるわけにはいかない。できれば、きっちりと18日中の方がいい。

しばらくの間、奥田は沈思する。頭の中の地図に、これから1週間の敵味方の行動予想を落としてみる。

そうか。当初の腹案どおりでいいじゃないか。



少し離れた場所で、頭城上等兵は苛立っていた。

突然、奥田少尉が動きを止めて、熟考を開始したからだ。こんな敵のど真ん中で、どういうことだ。頭城は、周囲の警戒を一人でやらなければならない。二人でも十分とはいえないのに。


周囲は敵だらけ、4万か5万の敵の中に、味方は二人。素性の知れない情報要員とやらは、どこにいるかもわからないし、戦力になるかも不明だ。密偵のほとんどは支那人だから、味方かどうかがまず知れない。情報要員同士の仁義はあるだろうが、真っ当な歩兵の頭城にまで及ぶのかどうか。

頭城上等兵は気配を殺して、五感を研ぎ澄ました。







同じ頃。沁河上流、山中。


山口五郎は、指定された場所から装備と連絡を受け取った。符牒を読むと、細かくちぎり、複数個所に分けて埋めた。それから、周りを伺い、異常がないことを確認する。手順に従って、十数歩ほど離れた場所に移動すると、こちらからの符牒を埋めた。また、異常がないか確認する。

それから、アレクセイたちの待つ場所に戻った。


五郎とアレクセイ、丁、毛の4人は行動を共にしていた。五郎は、アレクセイを方面軍の諜報担当官に引き合わせる。待ち合わせ場所は、岳陽だ。中共軍の根拠地で、連絡と調整を済ませると4人は出立した。途中で、五郎は、装備を回収した。装備は、五郎の支援担当が密偵を使って隠していたものだ。





挿絵(By みてみん)



朝。岳陽。


岳陽は、山西省南部にあって、汾河盆地と沁河盆地を結ぶ太行山脈越えの峠の一つである。

霍県あたりではまだ峻厳な谷が続くし、山を越えても沁河水源の沁源だから、あまり長所はない。もちろん目的が隠密移動なら、長所となる。

曲沃から、翼城を越えて沁水、陽城へ抜ける経路は、自動車両が通れる道路があって、最も使われていた。沁河盆地に駐屯する日本軍への兵站路でもある。


しかし、臨汾や洪洞から発するならば、岳陽を越えて圓寳鎮に出る経路である。汾河支流の水運も使えるから、晋の古から使われていた道である。

臨汾から岳陽を目指すならば、馬があっても4、5日はかかる。途中で舟を手配できれば、1日か2日は縮まるかもしれない。いずれにせよ、岳陽では馬を下りなければならない。

舟を使うことで行程を縮めることが出来る。逆に解すれば、伸ばすことも可能だ。それは、上下流の取り方である。



「じゃあ、さよさん。元気でね。ここまでありがとう」

「おふくさん、本懐を祈ってます。死なないで」

「ばかね、さよさん。あなたは、怨みの1つも言う処よ」

「だって、おふくさん。わたし、楽しくてよ」

「うふふ。この先もっと楽しいけど、連れていけないの」

「いいわ。でも、ここでもう一働きするから」

「大事にしてね、ほんとに」

「ありがとう、うふ」

「御機嫌よう、さよさん!」

「おふくさん、ご機嫌よう!」





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