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9 誰だ、そんなことを言ったのは



 ◇ ◇ ◇



 ポロム王子の実験に付き合わされた僕は、その後もコルニス姫に振り回された。日が落ちるまで動き続け、その後、寝る前に自主学習をして眠りに落ちた。少し疲れたが、朝になれば問題なく体力は回復していた。

 そして一夜明けた次の日、やること自体は昨日と変わらない。起床して、朝飯を食べ、異世界の授業を受けた。

 授業が終わって自由になった僕は、ウィルと共に城下町に来ていた。町に来ている主な目的は、宿題をこなすためだ。けっして姫から逃げるためではない。

 今日の授業では、宿題が出た。町に出て、町にある建物を資料として、異世界の文字で表すというものだ。実際に書いてみようということだ。そのために、僕は街をウィルに案内されながら写真を取って回っている。

 この世界にも、写真があった。僕がカメラとして使用している魔工品は、[ステータスピクチャー]だ。なんと[ステータスピクチャー]には、カメラ機能があったのである。

 [ステータスピクチャー]は、情報を司る魔工品ということで、こういった情報の記録や読取の利用に適しているそうだ。これに通信機能があれば、携帯にかなり近いのだが、残念ながら通信機能はない。

 僕は、城壁を出てすぐ目の前の通りを歩き、町の建物や風景を撮影しながら、ウィルから町の説明を聞いた。


「生活に必要な品物は、この通りでほとんど手に入ります。野菜、果物、肉、衣服、雑貨などの店舗が並んでいます」


 要するに、商店街のようなものだろう。店先に商品が並べられ、それを眺めながら買い物をしている人たちがいる。今の時間帯だと、昼飯の買い出しになるのだろう。

 説明をしながらウィルは、片手を横へ向けた。示したのは、この通りの脇道、その先だ。


「一つ隣の通りに移ると、冒険者用の店舗が並びます。そちらの通りでは、武器、防具、鍛冶、魔工品、酒場などの店舗が並んでいます。冒険者ギルドもその通りにありますね」


「冒険者もいるんですね」


「魔物のいる地域での仕事では、護衛などで必要になります。素材採取の依頼も請け負っていますね」


「ふーん、なるほど」


「回ってみますか?」


 ウィルが、道を変えようと立ち止った。僕が関心を示したから、気遣ったのだろう。


「いや、帰りに回りましょう」


 僕たちは、そのまま元の通りを進んだ。

 僕が関心を持ったのは、冒険者にというよりは、冒険者という職業があることだ。やはり異世界では、その意味もかなり異なり、生活に密接している。

 町の中を撮影しながら、通りを順調に進んでいく。

 小川に架かる橋を渡ると、家の建つ間隔が広くなり、少し背の高い木が見られるようになった。鳥の鳴き声などが、すぐ近くで聞こえる。


「この辺りは、住宅街からは少し離れています。森林や公園などの広場となっていて、子供たちの遊び場や初心者の訓練場、年配者の散歩道となっています」


 ここで出た初心者というのは、戦闘経験の少ない者という意味だ。冒険者を志す者でも、最初から危険な場所へ出向いたりしない。訓練などで、ある程度の経験を積まなくてはならないということだ。

 この世界は、クラスのおかげで誰でも戦闘をこなすので、冒険者以外でも訓練場は利用できるそうだ。

 自然の中に作られた道をしばらく進む。町中から少し距離を離れると、ウィルが先に見える建物を示した。


「あそこです」


 ウィルが示した建物は、三階建で離れた場所からでも良く見える。町では比較的大きな建物だ。周囲を塀で囲まれている。そこが、今日の目的地だ。

 僕たちは、授業で出された宿題をこなす目的で町に出ているが、別にただ回っていたわけではない。僕のわがままで、目的地を決めさせてもらっていた。

 目的地に近付くと、子供が騒ぐ声が聞こえてきた。塀でさえぎられて様子は見えないが、賑やかな雰囲気が伝わって来る。

 塀を回って、開けた入口から敷地内を覗き込むと、騒ぎ声に比例した元気な子供たちの姿があった。今は、自由な時間なのだろう。それぞれ自由に遊んでいるようだった。

 僕が目的地とした場所は、孤児院だった。


(……なんだろうな)


 僕が孤児院の全体を眺めた最初の感想だ。別に期待をしていたわけではなく、僕自身に問うために出た言葉だった。

 僕が元の世界で育ったのは、児童養護施設だ。だから、孤児院の話を聞いて、少し気になっていた。いや、少しと言うより、かなり気になっていた。異世界に僕が来て、まだ一週間もたっていないのに、もうホームシックにでもかかったのかと自問自答したが、結局自分の中で答えは出ていない。とりあえず、一度見てみれば落ち着くだろうと思い、ここまで案内してもらった。

 実際に見てみた感想は、やはり違うという思いが浮かんだ。場所が違えば、目的も違う。感じる雰囲気は同じだが、全く同じというわけではない。

 僕が、本気でホームシックを疑い始めた時、敷地内の庭で遊んでいた子供たちが、こちらの存在に気付いた。


「兵隊さんだー!」


「あっ、ほんとだー!」


 子供たちの目に止まったのは、隣にいたウィルだった。ウィルの恰好は、王国兵士の制服を着用しており、一目で兵士だとわかる格好だ。

 子供たちが走り寄って来て、ウィルの周囲はすぐに囲まれた。


「いらっしゃいませ!」


「今日は、何かあるの!」


「遊んで!」


「姫様は?」


「一緒に遊ぼう!」


 子供たちが、口々にしゃべりだす。こうなってしまうと、後が大変だ。ウィルには、少し同情する。


「ごめんよ、今日はただの見回りなんだ」


「こっちの人は誰?」


 子供のうちの誰かが、僕に興味を示した。隣にいれば、嫌でも気づくか。


「えーと、少し前に召喚された人だよ」


 ウィルは、子供たちに召喚の話を正直にしていた。僕は帰還をする予定でいるのに、そんな話をしていいのだろうか。それとも、世間ではすでに召喚の話は広まっているのだろうか。

 ウィルの言葉を聞いた子供たちは、一斉に僕に視線を変えた。その目は、獲物を見つけた猫のような目をしている。猛獣ではないのだが、それが無数にあると少し恐怖を感じる。これは、やばい。ロックオンされてしまった。


「召喚されたの?」


「勇者?」


「勇者だ!」


「勇者だよ!」


 僕の正体が判明して、先ほどまでウィルを囲っていた子供たちが、僕の周囲に流れて来る。すぐに囲まれた僕は、身動きが取れなくなってしまった。

 僕は、できる限りはっきりと伝わるように否定をする。


「いや、勇者じゃないよ」


「えー!」


「召喚されたのに勇者じゃないの?」


「召喚されたら、みんな勇者になれるんでしょ?」


「勇者って強いんでしょ!」


 勇者の話は、僕も少し聞いた。程度に差はあれ、召喚された者は、皆何かしらの功績を残している。その中には、実際に勇者として活躍した者もいた。だから、子供の言い分が間違っているわけではないが、それがすべて当てはまるわけでもない。実際に僕にそれは、当てはまらない。


「それはどうかなー?」


「召喚されたのに?」


「そんなわけないよ! 召喚されたら勇者になれるって、言ってたもん」


(誰だ、そんなことを言ったのは)


「勇者がいれば、魔物なんて怖くないって言ってたもん!」


「勇者がいれば、魔族を倒してくれるって言ってた!」


「勇者が、魔王を倒して平和になるって聞いたよ!」


 子供たちの主張が、どんどん危険な方向に話が進んでいる気がする。下手にこれを続けると、変な言い争いに発展しそうだ。

 僕は、流れを断ち切るために再度否定を口にする。


「だから、勇者じゃないって……」


「じゃあ、勝負だ!」


 僕の言葉を途中で遮って、一人の子供が声を上げた。

 その子供は、活発そうな様子の男の子だった。年は、十歳前後だろうか。僕を指差して、力強い瞳で睨んでいる。


「勝負をすれば、そんなの一発でわかる!」


 少年の言葉に僕は、納得した。確かに、そうだろう。この世界では戦闘が日常に溶け込んでいるし、勇者はその強さも高いはずだ。

 だからと言って、それを了承するわけにはいかない。


「子どもと勝負なんてできるわけがないだろ?」


 仮に勝負をして、怪我をさせるわけにはいかない。強さがどうであれ、息巻いている少年には悪いが、絶対に怪我をするようなことはできない。


「ちょっと、待ってろ!」


 そう言って少年は、隣で様子を見ていた別の少年の腕を引いて、建物へと走っていってしまう。

 残された僕は、気になってウィルに話を聞く。


「何をしに行ったんでしょう?」


「おそらく、何かを持ってくるのではないでしょうか?」


「何かって?」


「そこまでは何とも言えませんが、勝負をするための何かではないですか?」


 ウィルの予想は、当たっているのだろう。話の流れからしても、勝負がからんでいるのは間違いないはずだ。


「きっと、あれを取りに行ったんだよ!」


 僕とウィルの近くで話を聞いていた子供が、自慢するように教えてくれる。子供たちには、何があるのかわかっているようだ。


「あれって?」


「変な魔工品!」


 僕たちは、孤児院の敷地内におじゃまして、少年たちが戻るのを待つことにした。変な魔工品についても気になったが、子供たちの話だけでは要領を得ず、現物を目にしたほうが早いと言うことになった。

 少し待っていると、先ほどの少年たちが、何かを抱えて戻ってきた。一人一つ、子供の両腕に収まらない大きさの何かを持っている。その何かは、魔工品だと教えてもらているけどね。

 少年は、戻ってきてすぐに抱えてきた魔工品を示した。


「これを使って、勝負をする!」


 少年が持って来たのは、体に巻き付けるような防具と丸い棒だ。防具のほうは、腕や足に付ける物もある。それぞれ色は、藍色で統一して染められていた。

 もう一人の連れていかれた少年が、僕のほうへ持ってきた魔工品を差し出した。眼鏡をかけたおとなしそうな子供だ。こちら少年の年も十歳前後に見える。


「あの、どうぞ」


「ありがとう」


 戸惑いがちに差し出された魔工品の品々を、僕は礼を言って受け取った。

 受け取った魔工品に目を向ける。複数の魔工品を持って来たのかと思ったが、そうではなかった。各種防具も丸い棒も線で繋がれていて、これで一つの魔工品のようだ。体に巻く防具には、黄色い宝石が埋め込まれている。


「それで、これでどうするって?」


「これを使えば、安全な勝負ができる。これで、子供とか大人とか関係ないだろ?」


 この魔工品は、安全な勝負をできる物らしい。その見た目から、どんなものなのかはある程度判断できるが、一応、使用方法を尋ねた。


「どうやって使うんだ?」


「防具は体に装備して、その装備した場所をこの剣で叩くんだ。そうすると魔工品が、実際の剣だったらどのくらいのダメージを与えたか勝手に計算してくれる」


 思ったよりも多機能な魔工品だった。

 線でつながっている防具類は、体を守るためだけでなく、同時に打撃ポイントにもなっている。

 少年が剣と表現した丸い棒は、触れてみるととても柔らかく、どんな角度にも曲がる。試しに自分の腕を叩いてみたが、ほとんどの衝撃を逃がしてしまい、痛みを感じることはなかった。

 また、魔工品としての効果として、あまりにも強力な攻撃は、防御フィールドを発生させてはじく。もちろん、その攻撃もダメージとして計算される。

 そして、一定のダメージを受ければ、魔工品から音が鳴って勝敗が決定する。完全に勝負のための魔工品だった。

 僕は、少し迷ってウィルを見た。ここまでの準備をしているならば、勝負を受けてもいいのではないかと思ったのだが、よそ者である僕では本当に受けていいのか判断できない。


「良いと思いますよ」


 ウィルは、僕に軽い調子で返事をした。そこまで心配になることではないのか。

 ならばと、僕も軽い調子で少年に返事をする。


「じゃあ、勝負を受ける。それでいいか?」


 勝負を受けたその子供は、強気な表情で笑っていた。


「よし、勝負だ!」



 ◇



 読んで頂き有難うございます。

 今回は、話の中にできた魔工品について解説します。


 『[チャンバラブレード(試作品)]』

 黄金魔石を核とした訓練用として開発された魔工品。過去に召喚された勇者の一人の話を元にして作成されている。

 訓練とはいえ、実戦形式ともなると怪我の心配が付きまとう。それを取り除くことが目的で開発された。

 出来上がったのは、試作品のみである。

 その理由は、複数の魔工品を同調させなければ、ダメージの計算が出来ず、その調整が困難であるためである。一対一であれば問題ないが、一対多数や多対多などは対応できない。

 孤児院にあるものは、研究所からコルニス姫が持ちだしたものである。子供たちの遊びや訓練に有意義に使われている。

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