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6 何ですか、その条件は?



 ◇



 模擬戦でぶっ倒れた僕は、訓練場の端っこで地面に腰を下ろして休んでいた。膝を曲げて足を投げ出し、訓練場の様子を見つめる。

 訓練場では、兵士たちが訓練を続けている。模擬戦は、ちょうどいい休憩となったようだ。


「勇者殿は、まだまだじゃの」


「全然、鍛えてないみたいだしね」


 僕の隣には、老人とコルニス姫がいた。

 コルニス姫は、模擬戦をした後なのに、全く疲れた様子がない。逆に言うと僕の体力が、全くないということだ。

 僕の息が整うと、それを見計らっていたかのように姫が話をしてくる。


「それじゃあ、一戦したことだし、ステータスを確認しようか」


「ステータス?」


「[ステータスピクチャー]は、持ってるでしょ?」


 僕は、姫の言葉を受けて、黒い端末を取り出した。魔工品[ステータスピクチャー]だ。これは、日常生活でもかなり有用らしい。詳しい使い方は、ほとんど知らないが、授業でも使っている。先生にもいつも身に付けているようにと言われていた。


「それで? ステータスを見て、何を確認するの?」


「称号を確認するの!」


 称号が、増えているかどうかということか。だから、一戦したからステータスを見るのだろうか。

 別に僕の害になる行動ではないから、姫に言われた通りにステータスを確認する。僕の目の前に、ステータスが投影されて映し出された。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 名前  芳川勇太

 性別  男

 年齢  15歳

 種族  人族 人間種

 職業  学生

 状態  健康

 カラー  ブラック


 クラス  アタッカー

      空き


 パラメータ  レベル 16

        HP  107/112

        MP  58/60

        SP  68/68

        心 ■■■■

        技 ■■■■■

        体 ■■■■

        知 ■■■

        感 ■■■■

        徳 ■■■■■■■


 スキル  空き

      空き

      空き


 称号  異世界の住人

     疾走する変態

     自爆芸人


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 また、称号が増えていた。大変、不本意である。

 ステータスについて、文句を言ってやりたい気持ちが悶々としている僕に、コルニス姫がわくわくした気持ちを乗せた瞳を向けている。早く結果を聞きたいのだろう。僕の右隣に座って、ジッと見つめてくる。

 ついでに、訓練場から複数の黒い視線も感じる。何の視線だ。


「……増えてたよ」


「なんて称号?」


「……【自爆芸人】」


 それを聞いた姫は、明らかに表情を曇らせた。視線を下げて、溜息をつく。

 それを見ていた老人は、笑いながら、姫に語りかける。


「ほっほっほ。仕方があるまいて。望みの称号を得ようとしても、簡単にはいかん」


「それは、わかってるけど、でもね……」


「そもそも、勇者殿にその気がなければ、無理な話じゃ」


 僕を間に挟んで姫と老人が、二人で話を進めていく。

 僕は、話を聞いても何のことだかさっぱりだ。とりあえず、その辺りの確認をしておきたいと思う。

 いったい僕が、何をやっているのか。それと、呼び方についても。まずは、呼び方のほうから聞くことにする。


「その、『勇者』って言うの、何なんですか? はっきり言って、やめて欲しいんですが」


「ふむ。まあ、そうじゃろうな。わしが言われても、ちと恥ずかしい」


「わかってもらえるのはありがたいです」


「じゃが、やめんよ」


「……どうして?」


「わしは、姫様の味方だからのー」


 意味がわからなかった。僕のことを『勇者』と呼ぶのが、姫の味方となるらしい。

 僕は、老人から姫に視線を移して、疑問の表情を浮かべた。

 話を聞いていたコルニス姫は、口をとがらせている。口を開く様子はない。説明をする気はないらしい。

 代わりに老人が、話をしてくれた。


「姫様の希望をかなえるのに、『勇者』が必要なのじゃよ」


「僕が必要ってことですか?」


「正確には、『勇者』の称号を持った者じゃな。じゃから、今のところ勇者殿は、『勇者』とは違うのー」


 それで、ずっと姫は、称号を気にしていたわけだ。昨日も今日も、ステータスの項目の中で気にしているのは、称号ばかりだった。


「それだったら、その称号を持った人を探せばいいんじゃ?」


「称号を得るのも簡単ではなくての、条件が複雑な称号もある。『勇者』の称号もその一つじゃ。歴史上、その称号を得たのは、異世界から召喚された者だけじゃ。そのことから、異世界の者しか『勇者』の称号は得られんと考えられておる」


「ふーん」


 ステータスとして表示される称号は、そう簡単に得られる物ではないらしい。僕は、一気に三種類の称号を得ているが、条件が簡単なものなのだろう。いや、【異世界の住人】は、簡単な条件ではないな。


「それで、どうして『勇者』が必要なんですか?」


「それはのー、姫様が旅に出るために出された条件なんじゃ」


「旅に出る?」


 僕は、姫に改めて視線を向けた。姫は、少し不機嫌そうな表情をしていた。


「旅に出たいの?」


 僕が疑問を投げかけると、コルニス姫は、今度は口を開いた。ちょっと不機嫌な感じだが、ここまで聞いてしまったら、最後まで聞いておきたい。


「ええ、そうよ。私は、旅に出たい」


「旅に出て、どうするの?」


「……魔族との戦いを終わらせたいの」


 姫は、姫なりに現状を考えていた。

 僕には、この世界の戦いを実感できていないから、大事だとは捉えられていない。大変そうだとは思うし、かかわりたくないとは思うが、実感はわかない。でも、戦いを終わらせたいと言った姫が、どれだけ真剣なのかは感じられた。


「ずっと前から、お父様にもお兄様にもお願いしているんだけどね、なかなか認めてくれなくて……」


(それは、認めてくれないのが普通なんじゃ?)


「城ですべての兵士に勝ったらとか、瘴気の森を討伐できたらとか、いろいろ条件をつけて、私を旅に出させないようにするの」


(まあ、そうするだろうね)


 コルニス姫は、その時のことを思い出したのか、言いながら口調が強くなっていく。僕に顔を向けて、さらに言う。


「それで、その条件を私が満たしてきたら『状況が変わった』とかって言って、結局、許してくれないの」


 この姫様は、出された条件を満たしたらしい。

 城にいるすべての兵士に勝ったなんて、どれだけの強さを持っているのだろうか。僕なんかが相手じゃ、余裕なのは当たり前だった。

 それと、瘴気の森って何だ? 森の討伐ってできるのか?


「ひどいでしょ?」


(それを僕に聞かないでほしい……)


 これでは、何を言っても姫の考えは変わらないと思う。僕自身は、ただの部外者だから、何を言ったところで本気にはされないと思うが、世話になっている身であまりひどいことも言えない。結局のところは、当たり障りのない返事になる。


「……約束を破るのは、ひどいかな」


「そうよね! そうだよね!」


 僕の同意するような言葉に、姫は力強く頷いた。そのままの勢いで、今回出された条件を口にする。


「今度の条件は、『勇者と一緒ならば、旅を許す』なんて言ってきて、そんなの私の力じゃ無理だし!」


(何ですか、その条件は?)


 僕の立場が、かなり危ういことを言っていますね。すごく心配になることを言っていますね。そこに、僕の意見は取り入れられるのですかね。


「まさか、僕ってそのために呼ばれたの?」


 自分で口にしてみたが、その可能性はないと言えた。姫に旅を諦めさせるために条件を出しているのだから、それを認めるようなことはしないだろう。

 これは、老人のほうが答えてくれた。


「今回の召喚は、王国の防衛のためじゃな。今は落ち着いておるが、次に魔物の行動が活発化したらどうなるかわからん。国が滅びるほどの被害が出るかもしれぬから、それを防ぐためじゃ」


「この国って、そんなに危ないんですか?」


「まだ時間は残っておるよ。その間に防衛を整えて、乗り切ることは可能じゃ。勇者殿の召喚は、念のためじゃな」


「それは、本当に安心できるんですか?」


 僕は、この世界のことをいろいろと知らない。知らなさすぎる。ただ話を聞いただけじゃ、不安感が強まるだけだ。


「国境を中心に防衛に力を注いでおる。今のところ、戦力は拮抗しておる。問題は確認されておらんはずじゃ。仮に問題が出ても、いま目の前で訓練している坊主たちや各地で治安維持に尽力している奴らも前線に出る。冒険者連中も駆り出されるじゃろう」


 老人の話しぶりだと、今の段階でも余力は残っているようだ。普段の生活もあるだろうから、全勢力を集中させることはできないだけで、何かあれば即座に集められるのだろう。


「防衛に力を回しているぶん、こちらから打って出るだけの戦力は、皆無に等しいがの」


「だから、私が出るって言ってるんだよ」


 コルニス姫が、胸を張って言う。姫の主張は、ここに端を発しているようだ。守るだけで戦いを終わらせられないと、そう考えているわけだ。

 コルニス姫は、より真剣さを増した瞳で僕を見つめた。


「ユータは、私と一緒に来てくれない?」


 僕は、姫の瞳を見返すだけで、何も言えなかった。姫の求めに応じられる答えは、持っていなかった。

 僕の沈黙を姫は、逡巡と受け取ったのか、なおも続ける。


「戦いは、私がするから。君は、ただついて来てくれればいい。もともと、私一人でも戦うつもりでいたしね。これでも私は、かなり強いんだから」


 コルニス姫は、自分の胸を叩くしぐさをした。自信を持っている姫の姿は、とても自然で頼もしく見える。

 それでも僕は、沈黙を保っていた。僕の希望は、あくまで元の世界への帰還だ。戦いにかかわる気は、全くない。


「無理、かな?」


 姫の表情に、影が落ちる。そういう姿を見るのは、個人的に、すごく嫌だった。


「……とりあえず、『勇者』の称号が出てから考えるよ」


 そんなあいまいな返事で僕は、この場を切り抜けることにした。答えを先延ばしにして、それでどうにかなる問題ではないのに。

 僕の答えに姫の表情は、明るさを取り戻した。むしろ、燃えて来た。


「よし! それじゃあ、次は――」


「ちょっと、待った!」


 僕は、手を姫の前に出して、姫の言葉を途中で遮った。この後の展開は、何となく予想できる。言い出したのは僕自身だから、それに口を挟むつもりはない。つもりはないが、もう少し説明が欲しかった。


「僕は、この世界のことを全く知らないんだ。そもそも、ステータスって何? 称号とか、スキルとか、クラスとかって何が出来るの? そこのところをもう少し教えて欲しいんだけど」


「授業で習ってないの?」


「習ってないよ!」


 授業では、まだ文字の基礎しか習っていない。そもそもあの授業で、ステータスとかも教えてくれるのだろうか。聞けば教えてくれそうだが、あの先生にはなんとなく聞きづらい。

 僕の言葉を聞いた老人が、思案顔で呟いた。


「そうじゃのう、何から知ってもらった方がいいかの?」


「ステータスに、『空き』ってあるのは何ですか?」


「おお、それはの、追加で取得できる数じゃな。『空き』の分だけ取得できる。クラスとスキルが、そういう表示になっとるはずじゃ」


 確かに、僕のステータスは、クラスとスキルに『空き』という表示がある。この答えは、予想通りと言えば、予想通りだ。


「クラスは、第二まで取得できる。第一クラスは、基礎クラスだから、選択はできん。生まれ持ってからそのままじゃ。全部で三種類あるが、これを元に第二クラスを決めるのが普通かの」


 つまり、僕の一つ目のクラスは、『アタッカー』で固定となる。変更はできない。


「第二クラスじゃが、こちらは、いろいろ種類があるぞ。基本的にはどんな攻撃手段をするかで選択することになる。剣を使うなら『ソードマスター』、槍を使うなら『ランサー』、魔石を使うならば『ウィザード』や『ソーサラー』、後方支援ならば『メイジ』や『ピショップ』じゃな。他にもいろいろある。こっちは、自分で自由に選択できるぞ」


 第二クラスは、いろいろ種類があるらしい。ただ、どれも戦闘に関係するような話ばかりだ。戦闘を考えていない僕には、あまり関係ない話かな。


「スキルは、クラスよりもさらに自由に選択できる。種類は、クラスに依存するスキルや生活の中で身に付けるスキルなんかもあっての、多種多様じゃ。『空き』の数も三十以上あるから、全部埋めるだけでも一苦労するはずじゃ」


「え?」


「ん? どうした?」


「三十って、そんなにあるんですか? 冗談じゃなく?」


「冗談なんて言っておらんよ。あるじゃろ? 三十くらい」


 僕と老人は、不思議な問答をしてしまった。

 王子と大臣の話から『空き』が少ないのは理解していたが、老人の口から出た数字は、さすがに予想外な数字だ。これだけの差があれば、あの王子と大臣の反応も何となく納得する。

 僕が何も言えないでいるのを、横から姫が説明した。


「おじいちゃん、ユータはスキルの『空き』が、三つしかないの」


「ほう、もうそこまでスキルを持っておるのか」


 どうやら老人は、姫の言葉を勘違いしたらしい。三十あった『空き』のうち、すでに三まで『空き』が減っていると。

 だが、そんな事実はない。事実ではない以上、それは訂正しなければならない。


「違うよ。初めからユータのスキルは、三つ分しかないの。最大で、三つなの」


 コルニス姫が、丁寧に説明してくれた。その説明を聞くと、なぜかみじめに思えてくるから不思議だ。全部、三十が悪い。

 それを聞いた老人が、目を大きく見開いた。


「そんなことあるわけなかろう!」


 そして、大きく叫ぶ。その声は訓練場内にいた全員に届いたようだ。訓練の手を止めて、こちらの様子を気にしている。


「そんな少ないはずがない! 最低でも十はあるはずじゃ! それとも、徳のパラメータが全くないのか!」


「いや、あります……」


「そうじゃろう! ならば、それに見合っただけのスキル枠があるはずじゃ! それがないなどおかしいにもほどがある! わしの眼には、おぬしはそんなものではないと映っておるのじゃ! わしの長年、若者を見て来た眼力が、外れることなど、ごほっ、ごほっごほっ!」


 突然、老人がせき込みだした。


「おじいちゃん!」


 その様子を見ていた姫が、慌てて立ち上がった。老人の隣へ回り込み、背中をさする。


「もう、あまり興奮しちゃだめだって」


「ごほっ、ごほっ」


 老人の様子は少し心配だったが、背中をさするコルニス姫の表情は穏やかだった。訓練場内にいる兵士たちも心配そうな視線を向けてくるが、慌てた様子はない。これは、まだ日常の風景の一部なのだろう。

 いきなりの老人の様子にも驚いたが、僕は他の驚きもあって、ただぼーっとしていた。

 僕は、規格外だった。弱いと言う意味で、規格外だった。老人が興奮して、せき込むほどに。全然うれしくない。



 ◇



 読んで頂き有難うございます。

 今回の解説コーナーは、勇者の称号について少しばかり。


 『称号【~勇者】』

 過去に召喚された者たちが手に入れた称号。その種類も複数が確認されている。【剣王の勇者】、【魔道の勇者】、【白光の勇者】などがあり、先に挙げた三種の称号が有名である。

 複数の称号が確認されているのは、その物の特技や特性が反映されていると言われ、同じ称号を得ている者はいない。その者の唯一の称号であると言われている。

 称号【~勇者】を得るための詳しい条件は判明していない。それは称号を、召喚された初期に得た者もいれば、大きな戦の後に得た者もいたりするためだ。人によっては、日常生活を送っているうちに得た者もいた。取得条件は、【異世界の住人】を持つことのみが有力な条件となっている。

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