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4 『はい』と『イエス』しかない



 ◇ ◇ ◇



 城内を案内してもらって、わかったことがある。これは、案内してもらっている間にウェルにも確認を取ったから間違いがない。

 この城の中には、電化製品がない。電気を使用する物が、全くなかったのだ。

 ランプなどの明かりは、魔石を動力とした魔工品を使い、食堂で火をおこすにも魔工品を使い、食材を冷蔵するのも魔工品を使い、各地に置かれた時計も魔工品だった。

 実際に僕が見た魔工品が、どれだけの性能なのかは詳しくわからないが、その用途は予想通りだと思う。

 話を聞くだけでは、半信半疑だったが、実際に自分の目で城の中を見ると、本当に異世界なのではないかと思えてきた。いや、ほぼ異世界で考えは固まっている。

 なぜなら、この世界の文字を見たからだ。

 この世界の文字は、日本語ではなかった。言葉は日本語で通じるのに、文字は日本語ではない。

 このこともウェルに聞いてみたところ、召喚の儀式は、口語が通じる者を探すように出来ているそうだ。何とも便利な仕様である。

 よって、召喚された者は、口語は問題なくとも、文字を判別することは困難だそうだ。これは、過去に召喚された者も皆同じだと言う。

 そうなると、過去に召喚されたのも日本人の可能性が出てくる。それとも、日本語と同じ口語を使う別の世界の人間だろうか。

 可能性だけの話だが、実際にそれがあるならば、天文学的な数値の確率ではないだろうか。普通に日本人だと考えたほうが、可能性は高い。

 帰還するのが、どれほど先になるかはわからないため、僕もこの世界の文字を学ぶことになった。明日からは、そのための勉強時間が存在する。外国語ならぬ、異世界語の授業だ。英語も苦手だったのに、異世界語なんて不安しかない。

 これを聞いたのは、つい先ほど。使用人の女性からだ。

 昼食を取って客室へ戻って来ると、使用人の女性が部屋で待っていた。名前は、エレン=セリテア。僕の身の回りの世話をするように言われたそうだ。世話役は、エレンだった。

 これでウェルが、世話役(仮)ではなくなった。世話役(仮)から警護役(仮)へランクアップした。

 エレンは、部屋の掃除をして、立ち去って行った。何かあれば、ちょくちょく来るらしい。

 そして立ち去る時に、僕に一つの魔工品を渡して行った。

 僕は今、一人でその魔工品を手に椅子に座っている。ウェルは、部屋の外で待機していた。

 部屋の窓は開けられ、外の風がさわやかな空気を運んでくる。だが、いまはそんなことよりも、手の中にある魔工品に関心が向いていた。

 見た目は薄い板状で、色は真っ黒だ。大きさは、手の平ほどであり、表面は滑らかで凹凸はない。すっきりとした形をしている。

 この魔工品は、[ステータスピクチャー]と呼ばれていた。つまり、[ステータスピクチャーミラー]の小型版だ。個人所有版とも言える。

 機能は、[ステータスピクチャーミラー]とほとんど変わらないらしい。自身のステータスを表示させる。ただ、内容を確認できるのは自分だけだ。他人は確認できない。個人情報にやさしい作りをしている。

 他にも機能はいくつかあるそうだが、いま一つ理解できない。先ほどから[ステータスピクチャー]の表面にある画面をスクロールして操作しているのだが、文字が読めないため、ただ眺めているだけだ。

 何をするか決まっていれば、念じるだけでそれをできるのだが、何も決まっていなければ、機能の羅列しかできないらしい。その状態では、スマホに似ている。

 そうやって僕は、視線を下げて、部屋の中で過ごしていた。

 だから、窓から侵入してきた人物に気付けなかった。僕が気付いた時には、すでに目の前にまでその人物が迫って来ていた。


(誰だ?)


 僕が進入してきた人物を確認するよりも、その人物が手を出すほうが、圧倒的に早かった。

 僕の口はふさがれ、両手を掴まれて頭の上まであげさせられ、椅子の上で体を硬直するしかなかった。振りほどこうと腕に力を入れたが、全く動かない。かろうじて、手に持っていた[ステータスピクチャー]を床に落とすことはできたが、その程度の音では、部屋の外にいるウェルに届きはしない。


「静かにして」


 目の前の人物は、僕を睨みつけながらそう言った。

 僕の口をふさぎ、手を拘束しているのは、少女だった。金髪の長い髪を頭の後ろで一つに束ねている。少女の顔が至近距離にあるため、全体を見ることはできない。むしろ、そんな確認をする余裕はない。


「私の言うことを聞けば、何もしないから」


 少女は、抑えた声で僕に告げる。

 僕は、素直に従うことにした。この状況では、何をされてもおかしくない。小さく頷いて、了解したことを少女に伝える。


「絶対に静かにしてね」


 僕に念を押しながら、少女の手が、僕の口から離れた。

 僕は、少女の言う通りに静かに口を閉じていた。

 その様子を確認して、今度は、手の拘束を解いてくれた。それで僕の体は、自由になる。


「いきなり窓からはあっ――」


 僕の発言は、途中で止まる。僕の目の前に剣の切っ先が付きけられていたから、続きを言うことが出来なかった。

 少女が、僕が口を開いたのに合わせて、腰の剣を抜き、僕の目の前に突き出したのだ。


「勝手に話をしないで。私の言うことを聞いて。いい?」


(……選択肢が、『はい』と『イエス』しかない)


 鋭い剣の切っ先を向けられて、僕は何度も縦に頷いた。

 それを見届けた少女は、剣を下ろした。下ろしはしても、鞘へ収めはしない。何かあれば、すぐに僕へ剣を向けられる状態だ。

 そこで改めて、少女の全体を視界に入れられた。腕や胸部に防具を纏っている、戦闘を前提とした格好をしていた。衣服は、ドレスを模したような服なのだろう。鉄の防具を身につけるには、いささか釣り合いが取れていないように見える。盗賊などと言うには、違和感があった。


「私の質問に正直に答えること。いい?」


 僕は、一度だけ、しっかりと頷いた。


「君が、召喚された勇者であってる?」


 次に来た質問は、頷くだけでは答えられない。しょうがないので、口を開いて答える。


「……召喚されたけど、勇者じゃない」


 少女が、首をかしげる。この答えは、少女にとって予想外だったようだ。


「魔王討伐を頼まれなかったの?」


「……本当は、そういう流れになるみたいだけど、僕のステータスが低かったからそういう話にならなかった」


「本当に?」


 いぶかしむ少女に僕は、頷きを返すしかない。嘘をついている訳ではないのだから、それ以外にできることはない。

 僕はそう思っていたのだが、少女には違ったらしい。一歩後退して、僕から少し離れた。


「[ステータスピクチャー]を拾って」


 僕は、少女の命じるままに、床に落とした魔工品を拾う。少女を視界の端に入れて、ゆっくりと腰を落とした。

 僕が拾って椅子に座り直すと、少女が次の指示を口にする。


「ステータスを表示させて」


 その指示に従って、僕は[ステータスピクチャー]に念じた。

 魔工品が、一瞬だけ黒く輝き、表面がきらめく。その表面から僕の目の前、空中にステータスが投影された。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


名前  芳川勇太

性別  男

年齢  15歳

種族  人族 人間種

職業  学生

状態  健康

カラー  ブラック


クラス  アタッカー

     空き


パラメータ  レベル 16

       HP  108/112

       MP  56/60

       SP  66/68

       心 ■■■■

       技 ■■■■■

       体 ■■■■

       知 ■■■

       感 ■■■

       徳 ■■■■■■■


スキル  空き

     空き

     空き


称号  異世界の住人

    疾走する変態


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(称号が、増えてる?)


 改めて確認したが、称号【異世界の住人】が、確かに増えている。最初の確認から一日もたっていないが、他にも変化があるのだろうか。


「読み上げて」


「えっと、全部?」


 表示されたステータスは、僕にしか見えていない。少女に見えていないから、読み上げるのは構わない。構わないが、読み上げたくない部分もある。具体的に言うと、称号の部分だ。


「全部」


 僕の疑問を少女は、端的に、一言で片づけた。

 そう言われて、それで僕の逡巡が消える訳ではない。


(そこは、隠すか)


 ばれたらばれたで、正直に話すしかない。

 少女は、侵入こそ大胆に行なっているが、こちらに危害を加える様子はない。隠して何かされるとは思えないから、大丈夫だと思う。

 僕は、名前から称号【異世界の住人】までを読み上げた。パラメータの『■』の所は、数を数えて伝えた。微妙にHPとかが減っていたが、少女はその辺りを疑問には思わなかったようだ。


「称号は、それだけ?」


(聞いてほしくないことを聞いて来た!)


 聞かれてしまっては仕方ない。答えるほかない。

 少女の持つ剣の刃が、今さらながら恐ろしくなる。称号を口にしたとたんに、切りかかったりはしないと思う。正直に称号を口にして、大丈夫だよね?


「他にもう一つある」


「それも教えて」


「あまり口にしたくないんだけど……」


「他言したりしないから、ここだけのことだから大丈夫よ」


 少女は、僕が危惧することをある程度推測しているみたいだ。安心させるように言葉を続ける。


「でも、私の目的にも関係あるから、聞かないといけない」


 それでも、見逃してはくれないらしい。こんな称号にどれほどの価値があると言うのか。ものすごく疑わしく思いながら僕は、その称号を少女に伝えた。


「……【疾走する変態】」


 僕が、称号を口にした後、少女は特に反応を返さなかった。理解するのに時間を要したのだろう。徐々に少女に変化が表れて来る。

 少女は、顔を真っ赤にしてまくしたてた。


「あっ、あれは、君が悪い、訳じゃないけど、私にも非はあるけど、でも、いきなりあんなことになるなんて普通は考えないし、普通はあり得ないし、だから、私は悪くない……、訳じゃないけど、あれは仕方なくて、そう、仕方がなかったから、だから、あれは、何と言うか、驚いて、自衛的な意味で、その……、もう、君が悪い!」


 最後は、ビシッと僕を人差し指で突き刺すように示して、言い切った。

 その姿が、僕の記憶を刺激した。


「……ああ、あの時の」


 この部屋に窓から侵入して来た、いきなり剣を突きつけて来た、目の前で顔を紅潮させて僕を指差す少女は、召喚直後に逃走する僕を殴った女の子だった。僕を指差す姿勢と僕を殴った時の姿が、よく似ている。


「何と言うか、あの時は、悪かった」


 悪いと言い切られては、僕には謝るしかなかった。あの時の行動は、後のことを考えるのを放棄した行動だったから、不利益を被る可能性は十分にあった。僕に非がないかと言われたら、多少はあると答える位には、僕も悪い行動だったと思う。

 だから、素直に謝った。

 それを受けた少女は、僕に向けていた腕を下ろして、バツが悪そうに口をへの字に曲げた。


「二度と同じようなことがないように」


「気をつけます」


 それで、この件は、とりあえず許してくれるようだ。そう言われても、僕だけが悪い訳ではないのは、間違いない。

 少女は、一つ咳晴らしをして、話を再開させた。


「それで、これで全部ね?」


「ああ、今度こそ全部だよ」


「そっか……」


 全部だと聞いて、少女は、明らかに落胆していた。

 少女が興味を持っていたのは、パラメータではないらしい。称号にあったようだ。王子や大臣は、全体的に気にしていたのだが、この少女にはそれらは関係ないようだ。目的もあると言っているから、それに関係したことなのだろう。

 目的がなんなのか知らないが、用が済んだのならば、僕もそろそろ行動していいだろう。


「僕は、いつまでこうやっていればいいの?」


 そう問われた少女は、今の状況を呑みこんだ。

 いまの僕は、抜き身の剣を見せられ、身動きを許されない状態だ。


「もう用は済んだから、好きにしていいよ」


 少女は、そう僕に答えながら、剣を腰に差した鞘へと収める。

 少女からの許しも出たので、僕は大きく口を開いた。


「ウェルさーん! 助けてー!」


 部屋の外に待機しているはずの警護役(仮)のウェルへ聞こえるように大きな声を張り上げた。

 その声を聞いたのだろう、すぐに部屋の扉が乱雑に開かれる。


「ちょっと!」


 目の前の少女が、抗議の声を上げるが、出してしまった言葉を取り消すことはできない。


「何事ですか!」


 部屋に入って来たウェルは、すぐさま僕と少女を視界に入れ、腰に差した剣を抜こうと身構えた。だが、その動きは、すぐに止まる。目を見開いて、全身の動きが止まっている。


「あ、あなたは……」


 そんなウェルには構わずに、少女は、開けっぱなしの窓へ近づいた。そして、入って来た時と同じように部屋の窓から外へと退室する。

 それを見たウェルは、すぐに窓へと駆け寄った。窓の下を見下ろしている。

 僕もウェルの後ろから窓を見下ろす。

 窓からは、少女が走る後ろ姿が見えた。

 窓の下には、梯子が掛けられていた。この梯子を使って、侵入をしたのだろう。脱出するのにも、これが役に立ったわけだ。

 ウェルは、少女が無事に走り去るのを確認して、溜息をついた。


「後で、梯子を片づけないと」


「追いかけたりしないんですか?」


 僕は、落ち着いているウェルに問う。王国の城の中に侵入されたのに放っておいていいのだろうか。この国の法律は知らないが、城への侵入は、安全面を考えて重大だと思う。

 そんな僕の心配をよそに、ウェルは笑顔で答えた。


「あの方は、大丈夫ですよ。いつものことです」


「あの方?」


 ウェルの口ぶりだと、ウェルの知っている人物のようだ。僕は、ただ聞かれただけで、あの少女のことを何も知らない。なので、ただの会話として聞いただけだ。


「あの方は、コルニス=サイフィルム。王国の姫君です」


 この時、僕の受けた衝撃と驚愕と疑問の嵐は、言葉では言い表せないものだった。



 ◇ ◇ ◇



 読んで頂き有難うございます。

 今回の解説コーナーは、魔工品についてです。


 『魔工品』

 魔工品は、魔石を加工した品という意味である。魔石加工品と呼ばれていた時もあるが、縮めた呼び名である魔工品が定着した。

 魔工品は、この世界における機械製品である。設計は、魔法使いや錬金術師が行ない、製造は鍛冶師が行なうのが一般的。魔石の種類により、性能が変化する。

 完成した魔工品が、魔石の特性を十分に発揮できるかどうかは設計にかかっている。そのため、魔石の研究を専門に行なう研究者もいる。研究者は基本的に魔法職に就いた者しかなれない。魔石の取り扱いに優れているのが、魔法色のため。

 魔工品は、日々の生活や安全な旅、または戦闘のために日夜作られ続けている。

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