3 帰還を望みます
◇
僕もね、多少は期待していました。
半信半疑な状況であっても、異世界とか、勇者とか、召喚とか聞いて、多少は心が躍っていた。僕のステータスを確認するとか、興味も関心も集中していた。
白状します。期待していました。
それが、ふたを開けてみた結果が、これだった。
パラメータの項目は、基準がわからないし、比較対象も大臣の物しかないため、強いか弱いか判断できないが、それでもわかる部分がある。
僕は、思案顔のバラス王子と表情を笑みから崩さないダジン大臣を交互に見て、事実を確認するために聞いた。
「称号、ありますよ」
「ございますね」
「来たばかりだと、称号ってないんですよね?」
「ユータ様は、こちらに来てから、すでに一晩過ごされておりますので、当てはまらなかったのでしょう」
ダジン大臣が、丁寧に僕の言葉に答えてくれる。僕の名前を口にしたのは、[ステータスピクチャーミラー]に名前が載っているからだろう。
説明自体は、違和感がない。大臣の考えていた流れでは、一晩も待つことなく、ステータスの確認を行なっていたのかもしれない。
だが、それで僕が、これを納得できるわけではなかった。
「それで、何でこんな称号になるんですか!」
とてもではないが、口にはしたくない称号だった。意味もわからないし、何があってこうなった。
「【疾走する変態】、でございますね」
(言っちゃったよ、この人!)
「称号を得る条件でございますが、特定の個人に対する自他の認識と理解において、条件を満たすこととなります。称号を得るための最低限の条件であり、また同時に、絶対の条件でもあります。それをユータ様が、満たしたということでございましょう」
ダジン大臣は、詳しく説明をしてくれた。だが、それを聞いているだけだと、いま一つ理解がしにくい。
「どういうことですか?」
「つまり、ユータ様が御自身を変態と思い、他の誰か様がユータ様を変態と思ったということでございます」
その説明だとわかりやすかった。自分が自分を変態と思い、誰かが僕を変態だと思ったから。
「あ〜、なるほど……」
心当たりがあることだった。身に覚えがありまくりだった。
僕がこの称号を得たのは、召喚されてからすぐだろう。
召喚された状況で僕は、自分の状況をどこの変態かと思った。そして、逃げる途中でうっかり出くわした女の子に、僕は変態と呼ばれた。
これで称号を得る条件を満たしてしまったのだ。
あの時のことを思い出すと、さすがに恥ずかしい。変な状況を見られたし、さらにそれが、称号として形に残ってしまった。嫌でも思いだすし、忘れられない。何と残酷な称号だろうか。
「称号を取り消すことはできないんですか?」
「基本的に自身の意思で取り消すことはできません。あるとすれば、上書きされることでしょう」
「上書き、ですか?」
「その称号の上位に当たる称号や他の称号との合体によって、もともとの称号が消える場合がございます。それは、他者の認識が、上書きされた称号にすり替わったとも表現できるかと存じます」
称号には、上位版があるらしい。それに取って代わらせることができれば、今ある称号を消すこともできる。
(【疾走する変態】の上位版って、どんな称号だ?)
僕の考えは、すぐに行き詰った。【疾走する変態】をパワーアップしても変態な名前にしかならない気がする。どう考えても嫌な称号の上位版でしかない。
「そんなの無理じゃないですか?」
「無理でしょう」
「間髪入れずに、否定しないでください! 上書きは、自分で言ったことですよ!」
「職務上、多くの方のステータスを見て参りましたが、こんな称号を持った方は、初めてお会いしました。ある意味では希少です。上書きなど考えなくても良いのではないですか?」
「絶対に、嫌です!」
笑みを浮かべる大臣に僕は、拒否を叫んだ。
そんな騒ぎを展開する隣では、バラス王子が僕のステータスを眺めながら思案を続けていた。そして、こちらの話が一段落ついたと思ったのだろう、顔を上げて口を開く。
「大臣、このステータスを見て、どう思う?」
「とても変わったステータスかと存じます」
「そうだな。基本とは、かなりの隔たりがある」
「クラスや称号による修正によって、現在の数値は上昇されていますが、それを除けば最低数値になるかと存じます」
(マジで?)
本人の聞いている隣でさらりと言ってくれる。
僕のステータスは、最低数値らしい。そう聞いても、どの辺りが最低なのかはわからない。
「そうならば、基礎クラスがアタッカーなのも厳しいな」
「確かに前衛を担うことが多いアタッカーは、厳しいかと存じます。ただ、パラメータを見たところでは、キャスターで後衛を行なうのも厳しいでしょう。エンチャンターならば、あるいはといったところでございましょうが、それも厳しいかもしれません」
「それは、スキルの数か?」
「さようでございます。スキルの空きが三つしかないのであれば、支援の幅も狭くなります。支援を主に行動するのであれば、限定的な行動しかできないのは短所でありましょう」
王子と大臣の二人で、何やら考察をしているようだが、当人である僕は、全く理解できていない。置いてきぼりを食らって、ポカンと眺めているしかできない。
二人の間で称号の話は出ていないから、そこは悪くはないようだ。大臣の言っていたように、本当にこのままでもいいのか。いや、このまま残しても悪印象しかないと思う。
僕は、説明を欲していたが、二人が真剣に話を繰り返していたので、静かに待った。
待っている僕に、バラス王子が顔を向けた。
「ユータは、何か得意なことはないのか?」
「得意なことですか?」
「何でもいい、いつもしていたことでもいい。何かないか?」
「ん〜、いつもしていたことと言われても、ウチの手伝いぐらいしかないですね」
「家の手伝いか。どんな手伝いだ?」
「畑仕事をしたりとか、小さい子の面倒をみたりとかです。得意かと言われると微妙ですね」
「そうか……」
バラス王子は、また僕のステータスを見下ろした。僕の答えを聞いて、また思考の中へ潜ったみたいだ。
突然の質問の後、口を紡がれては、こちらが戸惑ってしまう。
「得意なことがあったほうがいいんですか?」
「得意なことがございますと、称号を得るための助けや次のクラスを選択するための参考になります」
ダジン大臣の説明は、理解できた。
得意なことがあれば、それを元にして幅を広げられるのだろう。最初からどこまでできるようになるかわからない未知のことに手をつけるのより、ある程度才能の見分けがついていることのほうが、先を読みやすい。
バラス王子が、一つ頷いた。
「ユータ。ステータスを確認させてくれて感謝する」
王子は、思案するのをやめて、僕へ向き直った。
今度は、何があるのか。行動を制限されている僕に選択肢があるとは思っていない。
「今後のことを決めさせてもらいたい」
「今後のこと?」
「そうだ。今後、戦士として戦うか、戦わないか。または、裏方として働くか、働かないか」
もともと、僕がここにいる理由が、魔族の王を討伐する戦士として召喚されたからだ。大臣は、勇者と呼んでいるが。いま王子が挙げた選択肢は、召喚をした王子側の理由でもある。
そして、別の選択肢も提示する。
「それとも、帰還を望むか」
帰還。
この場合の帰還は、どう考えても元の世界へと言うことだ。
僕は、この場にいる二人の様子を窺った。
バラス王子は、変わらぬ態度で僕に向き合っている。
同様に、ダジン大臣も、変わらぬ笑みで控えている。
それを見て、僕は、自分の希望を、理想を自然と口にしていた。
「僕は、帰還を望みます」
正直、戦うとか争うとかは、想像できないし、実際にもできないだろう。何より、ステータスを見た王子と大臣の反応は、あまり良くないようだった。そんな低い能力で、戦いなど無理だ。僕には、そんな適性はないのだ。
僕の望みを聞いたバラス王子は、頭を下げて、明らかに落胆した表情をしていた。少しでも戦力は、多い方がいいのだろう。ましてや、せっかく召喚したのだから、このまま何の成果もなしで返しては、労力の無駄だ。どんな手段を使っているのかは知らないが、召喚するために何の代償もないとは思えない。
「それでは、帰還のための準備を進めさせていただきます」
王子に対して、ダジン大臣は、笑みを崩さずに一礼をして今後を口にした。この人は、最初からあまり対応が変わらない。僕の答えをどう考えているのか、今一つ伝わってこない。
礼をしたままの姿勢で、大臣はさらに続ける。
「ですが、一つ問題がございます」
「えっ?」
僕は、思わず声を上げた。いきなりであったこともあるが、問題と言われては、気になってしまう。
「帰還の儀式のために必要な魔石が、不足しております。急ぎ収集を指示いたしますが、準備が整うまで、ユータ様には王国に滞在していただくしかありません。ご希望に添えず申し訳ございません」
問題と言うのは、すぐに帰れないということのようだ。
それを聞いた僕は、ほっとしていた。問題などと言うから、どんな不都合があるのかと思ったのだ。大臣の言葉では、単純に時間がかかるだけのようだ。
「その位なら、大丈夫です」
僕が肯定的な言葉を返すと、バラス王子が表情を改めた。
「ならば、滞在中は、不便がないように対応させよう」
「はい。よろしくお願いします」
頭を下げ続ける大臣と、少し表情を明るくさせた王子に、僕も頭を下げ返した。
とりあえず、僕がここにいる問題はないようだ。もしかしたら、何かの拍子に戦いに巻き込まれるかもしれないが、その時はその時だ。すぐさま、逃げさせてもらう。ステータスが最低数値とか言われて、戦う気なんて起きませんよ。
必要な話は終わったと、バラス王子とダジン大臣が退室した。[ステータスピクチャーミラー]や茶器も一緒に運び出される。
静かになった部屋の中で僕は一人、自分の足下に視線を向けた。そこには、鉄製の足かせが取り付けられている。
(いつまで、拘束されるんだろう?)
最初にこれを外してもらうんだったと、王子と大臣が出て行ってから後悔した。
◇ ◇ ◇
僕の足かせは、すぐに取り外された。具体的には、監視役(仮)の一人が戻ってきた後、すぐに外してくれたのだ。
もう一人いた監視役(仮)は、すでに別の仕事を言いつけられて、ここにはいない。僕の近くにいるのは、一人の兵士だけだ。
今後、この兵士は、僕が城の中を歩く時に付き添って行動する。逆に言うと、この兵士と一緒じゃないと僕は、自由に動けないということだ。
その辺りは、仕方がない。城の中には重要な区画とかもあるだろうし、立ち入り禁止の場所もあるかもしれない。安全性を考えれば、その程度のことは許容できる。
監視役(仮)は、世話役(仮)にランクアップした。(仮)が取れないのは、僕が勝手に想像したため。実際には、そういう役割ではないかもしれない。
世話役(仮)の兵士の名前は、ウェル=セービス。王国兵士になってから一年で、まだまだ新米らしい。
僕は、早速ウェルに案内してもらって、城の中を見学した。
最初に案内してもらったのは、食堂だ。起きてから何も食べていないので、おなかが減っていたからである。
僕が利用する食堂は、兵士たちと同じ所だ。食事はここで取ることになる。食事の時間帯は決まっていたため、本格的な食事は出来なかった。そこは仕事中だった食堂のおばちゃんに事情を説明し、頼んでパンとスープをいただいた。食事の時間には遅れないようにしようと思う。
食堂の後は、フラフラと歩きまわりながら城内の案内を続けてもらった。訓練場、宿舎、大浴場、図書館、研究所、謁見の間などの主要な施設や場所は見て回った。
この中で、謁見の間と研究所には立ち入っていない。謁見の間は、王様と会うための場所だから、今は入れない。研究所は、所長である第二王子の許可がなければ入れない。むやみには入れない、立ち入り禁止の場所だ。
入れなかったことは、特に問題ではなかった。僕がフラフラとしていたのは、施設や場所の位置関係を把握するためだからだ。
基本的に人の出入りの多い所は、城の一階部分にあり、二階以上は王族の私室や客室になっている。専門的な施設は、別館が建てられて、その中に収まっていた。
城の外には庭園が広がっていた。噴水があったり、花壇があったりして、すみずみまで手入れがされているようだった。
庭園のさらに外側には町があるということだが、町と城は城壁によって隔離されている。庭園からでは町の様子は見えない。そこは、見張り用の塔があり、そこに登って町の様子を見させてもらった。
塔から見下ろした町の様子は、普通の城下町だった。高い建物はなく、レンガ造りや木造の家屋が並んでいた。高くても三階建てがせいぜいのようだ。
一通り見て回ると、ちょうど昼どきとなり、食堂へ戻って昼食を取ってから、僕が居座ることになった客室へと戻った。
◇ ◇ ◇
読んで頂き有難うございます。
今回の解説コーナーは、ステータスについてです。
『ステータス』
魔工品を利用して確認することのできる個人の情報。
初期の魔工品では、健康状態を知るための手段だったが、魔工品の改良により情報が複雑化されていった。健康状態を客観的に知る手段として広がった。そのため、この世界に診療をする医者はいない。治療法さえ確立されていれば、病気で苦しむことはない。
現在では、能力のパラメータも出るため、様々な確認が可能である。他者に見せるには、専用の魔工品が必要であり、身分の確認を行なう場所では、専用魔工品の整備が進められている。
基本的には、他者に知らせずに個人で確認するものである。