22 何とかしないと
◇
それは、ほんの一瞬の出来事だった。
僕の体を押しつぶすような圧力が発生し、視界が強制的に移動した。圧力によって苦痛だけが体の中を走り抜け、気がついた時には地面に横たわっていた。
「ぐあがああああ!」
そして、体中に激痛が走った。叫び声を上げて、何とか痛みを体外に出そうと必死に努めた。
体を丸めるように強張らせて、流れ込むようなその痛みを耐えるしかできない。周囲のことに気を配るほどの余裕もない。ただただ、痛みをこらえて波が去るのを待つしかできない。
「はあ、はあ、はあ……」
幸いにして、痛みは徐々に引いてきた。
だが、それで体を動かせるようになるわけではない。動けば痛みの残滓が現れるし、痛みの引かない場所もある。視界も思考もはっきりしない。
それでも何とか確認をしようと首を動かす。
僕の体は、四肢がちぎれたりはしていなかった。一応は、五体満足に繋がっている。
持っていた槍はどこかに飛んでしまったが、まだ背中に魔工品はある。無事かどうかは確認できないが、そこは心配しても仕方がない。いま心配するのは、他の部分だ。
遠くでは、四足型ゴーレムが立ち上がろうとしているのが見える。両手を地面について体を起こしている。無理な体勢で腕を振るい、体を支えられなかったのだろうか。倒れた現場を見ていないから、そう予想するしかない。
四足型ゴーレムが起こす振動が、僕の倒れている場所まで響いてくる。音が聞こえない。朦朧として現実感が、遠のいている。
その前をゴブリンたちが、小走りしているのも見える。確実に僕との距離は狭まっているだろう。完全にとどめを刺そうとしている。
(これは、終わったかな……)
僕は、茫然とした頭で確認を続けた。
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名前 芳川勇太
性別 男
年齢 15歳
種族 人族 人間種
職業 学生
状態 左腕部骨折 左手部骨折 鼓膜破損 脳震盪 少量出血 防御膜発動中
カラー ブラック
クラス アタッカー
空き
パラメータ レベル 17
HP 8/123
MP 12/64
SP 72/74
心 ■■■■
技 ■■■■■
体 ■■■■■
知 ■■
感 ■■■■■
徳 ■■■■■■■
スキル 空き
空き
空き
称号 異世界の住人
疾走する変態
闇に潜む変態
自爆芸人
無策の連敗者
王国の実験台
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念じるだけで目の前にステータスが現れた。
どうやら[ステータスピクチャー]を手に持たなくても、ステータスを確認できたらしい。それは、僕用に調整したことと関係あるのだろう。
ステータスでは、いま必要なことだけを確認する。
注目すべきなのは、状態だ。
僕の状態を見ると、左腕が使い物にならなくなっていた。まだ足が無事なだけましかもしれない。頭がくらくらするのも、音が聞こえないのも、これで納得できた。
一つ、防御膜発動中という項目がはっきりしない。おそらくは、背負っている魔工品の能力だろう。防御的な効果も持っているということだから、間違いではないはずだ。
僕は、体に力を込めて、無理矢理に体を起こす。ただ体を起こすだけなのに、力を精一杯に込める。動くたびに痛みが走り、体が自由にならない。
背中を壁に押し付けて、姿勢を安定させた。寄りかからないと立っていられない。
その間も、ゴブリンたちが近づいて来る。
(やっぱりダメかなー)
僕は、自分の様子を俯瞰したような、ある意味で他人事のようにとらえていた。思った通りに動かない体で、何とか立ち上がりはしたが、それ以上のことはできそうにない。
四足型ゴーレムの歩く振動も近づいている。ゴブリンよりも先に、攻撃射程の長い四足型ゴーレムの射程に入ってしまうだろう。
四足型ゴーレムは、遠慮せずに腕を振り上げた。
僕は、その動きを見上げることしかできなかった。
振り上げられた剛腕が、頂点に達して止まる。後はそれを振り下ろすだけだ。
変化が起きたのはその時だった。
視界の中を炎の帯が突き抜けた。
(なにが、起きた?)
突然現れた炎の帯は、四足型ゴーレムの振り上げられた剛腕に激突し、その巨体を揺らした。一度だけでなく、何度も炎にさらされている。
何度も吹き荒れるその炎が、四足型ゴーレムの行く手を遮っている。
視線を炎の帯の根元へ向けると、そこにはコルニス姫がいた。座り込んでいるが、無事ではあるようだ。四足型ゴーレムの邪魔をするように、炎を当てる位置を選んでいる。
さらに、こちらに駆けて来るアルたちの姿も見えた。元気な三人が、ゴーレムやゴブリンたちを倒して突き進んでいる。
最初にこの空間にいたゴーレムたちは、あらかた残骸となっており、三人の進軍を阻める者はいない。
先陣を切っていたアルが、僕を包囲していたゴブリンたちの元まで辿り着き、あっという間に乱戦へとなだれ込んでいく。
それをルルミックが、後ろから支援している。
その隙をついて、キールが僕の元まで近づいて来た。僕に向かって手の平をかざし、口を開けて何かを叫んでいる。
「悪い、耳をやられて聞こえない」
僕は、それだけを伝えて、キールにされるがままになった。僕からでは動けなかったのが正直なところだが。
キールの手の平から淡い緑色の光が発せられ、その光が僕の体を包み込む。
そのおかげで、僕の体から痛みが消えていった。
おそらく《ヒール》で回復をしてくれたのだろう。重症と見られる怪我は治せないが、初期の治癒スキルである。
まだ左腕を動かすことはできないが、それ以外は自由に動かすことはできるようになった。
キールが、口をしきりに動かしている。そこから何の音も聞き取ることはできなかった。まだ僕の耳は、聞こえないままだ。
周囲にいたゴブリンたちは、アルとルルミックで危なげなく排除されていく。
(こっちは何とかなりそうだな)
順調に数を減らしていくゴブリンの様子を見ながら、僕は最大の問題を見上げた。
四足型ゴーレムは、姫を敵として認識している。その巨体を揺らして、姫に迫るために足を動かしている。
コルニス姫は、炎を生み出して、四足型ゴーレムの巨体を押し返していた。
炎の帯にさらされている四足型ゴーレムは、その勢いに押されて自由に進めないようだが、炎の渦に巻かれても大きな損傷は見られない。進行の障害にはなっても、決定打にはなっていない。
(あっちは何とかしないと)
このままでは、逃げることもままならない。四足型ゴーレムが下手に暴れて、廃鉱山が崩れでもしたら生き埋めになってしまう。
自分一人が生き埋めになるのならば、特に困らない。その時はその時だ。何とかしようとも思わないだろう。後悔も何もない。
だが、いまは一人ではない。姫や子供たちが一緒では、そうそう諦めるわけにもいかない。
僕は、この時点で打開策を考え始めていた。
それは、称号【異世界の住人】だ。【異世界の住人】で新たなスキルを作り出す。この状況をひっくり返すことのできるスキルを。
いまの僕にできるのは、それしかない。
(とは言ってもなー)
この状況を変えるには、戦闘用のスキルが必要だと思う。
しかし、僕のスキル枠は三つしかない。戦闘用で考えるとしても、できる限り汎用性の高いスキルが良い。
戦闘用とするならば、僕のスタイルにも合わせて考えないといけない。防御を強化するようなものは不向きだ。そもそも、何か攻撃が来たら絶対に避ける。受けたり、壁役になったりするのは無理だろう。
魔石を使用するような形にするのも良いと思う。スキルには、魔石を利用して細分化するものと魔石を必要とせずに単体で使用するものがあるが、汎用性と言う意味から魔石を使用するような、細分化するのが理想的だ。
後は、危険な状態などの限られた状態で使えるスキルでも良い。今回は、HPが一桁まで減ってしまう経験もした。そんな状態を回避できるような、もしくは、そこから逆転が可能になるようなスキルも必要かもしれない。常に自分のペースで戦闘が進むとは限らないのだから、不測の事態に対処できるようにしたい。
(……これも結局は、汎用性の延長線上にある考えか)
このままだと、ただ単に汎用性だけを求めたスキルになってしまう。
必要な物、不要な物に限定して考えてみよう。
まず防御能力は不要だ。受けることよりも避けることに特化する。
それに対して必要なのが、攻撃能力と機動力だ。巨体の四足型ゴーレムに決定打となる攻撃能力。攻撃を回避する機動力。これらがなければ、僕は戦えない。
戦えないと言えば、僕は一人で戦う気もしない。一人でいるならば、逃げるはずだ。逃げるためにも機動力は、高くないとだめだ。
逆に一人でなかったらば、戦うのだろうか。
(……戦うのかな?)
それならば、連携を取るなり、守る方法なりが欲しいが、そこまでできる方法があるだろうか。その場合、僕が指揮をするのか、それとも前に出て相手の気を引くのか。僕にできることは、場を引っかき回すことぐらいしかない気がするが。前に出るならある程度の防御能力も必要かもしれないが、それはやはり気乗りしない。自分から攻撃を受けに行く気は起きない。
考えがまとまらない僕を置いて、戦闘は先へと進んでいる。
視界の中では、ゴブリンが一体、また一体と消えている。もうゴブリンが視界から消えるのも時間の問題だ。すでにゴーレムは、すべて残骸となっていた。
しかし、それで勝利へ近づいている実感は得られない。それは、この空間を支配しているのが、四足型ゴーレムだからだろう。
コルニス姫の攻撃も、最初ほどの衝撃はない。
いまは姫の攻撃を四足型ゴーレムが、うまくしのいでいる印象がある。体が傾く度合いが下がってきている。
何度も放たれる炎を四足型ゴーレムは、時に正面から受け、時に腕で弾き、うまく逸らしている。
そんな先頭の中、逸らされた一発が、天井に当たった。
炎の当たった天井部分が、勢いに押されて崩れ落ちてくる。
崩れ落ちた天井は、四足型ゴーレムの頭頂部に激突した。
(……あっ)
それを境に四足型ゴーレムの動きが、明らかに変わる。力加減を忘れたかのように足踏みをし、剛腕を振り回し始めた。まるで力を制御できずに暴れているようだ。
暴れる四足型ゴーレムは、姫の放った炎を、体を回転させて強引に威力を逸らしてしまっていた。確実に姫との距離が近づいている。
そして、四足型ゴーレムの足が浮いた。
それは、僕がこの状態になった時と同じ姿勢だった。四足型ゴーレムの渾身の一撃が、次の瞬間には放たれるだろう。
僕はその時、悩むのをやめた。
この空間内を、ただ全力で走り抜けた。
予想してしまった最悪の結末を変えるために。
◆
私は、自分の強さを信じていた。城の兵士たちには勝つ自信があるし、実戦も経験している。
旅に出たとしても、危なげなく続けられると思っていた。
でも、実際にはどうなのだろうか。
いま、私は、足に怪我を負い、動けない状態で魔物と相対している。
「《ファイアブラスト》!」
私と巨大ゴーレムの相性は、正直なところ悪い。
ゴーレムには、そもそも魔法系のスキルは相性が悪いのだ。その上、弱点である目を狙おうにも頭の位置が高すぎて狙えない。距離を取れば狙えるかもしれないが、この空間内ではそれもできない。そもそも足を怪我していて、うまく動けない。
巨大ゴーレムは、私の攻撃を受けつつも、確実に前進している。こちらが、単調な攻撃になっているためだ。こちらの攻撃を学習して、次の動きを読んでいるみたいだ。
「《ファイアブラスト》……」
私は、再びスキルを唱えた。
しかし、今回は炎が飛び出すことはなかった。
スキルの連続使用で消耗してきている。これ以上は、耐えられない。
私は、自分の強さを信じていた。
でも、一人でできることはたかが知れていた。こんな状態じゃ、旅を許されなくても仕方がない。それを知れたのは良かったと思っている。
そんなことを知るのが、こんな状態でなかったら、もっと良かったのだけど。
私からの妨害のなかった巨大ゴーレムは、体を傾けて腕を振り上げている。
私は、それを目にしても動くことが出来なかった。ただ、両眼を閉じて、次に来る衝撃に備えるしかない。
「……」
「せいっ!」
「……あれ?」
予想した衝撃は、掛け声と巨大ゴーレムが倒れる音によってかき消された。
すぐさま目を開けて状況を確認する。
私の目の前には、不思議な形をした鎧をまとったユータがいた。こちらに背中を向けていて表情は見えない。
そのユータの立つ少し斜め前方向には、ひっくり返っている巨体があった。
「……あいつを倒すぞ」
ユータは、毅然とした態度でそう言い放った。
その姿は、私の思い描く『勇者』の姿そのものだった。
◆
読んで頂き有難うございます。
今回の解説コーナーは、回復についてです。
『回復スキル』
回復スキルは、支援系のスキルとして認知されている。これは、魔法系以外にも存在するためだ。
回復スキルの使用には、深緑魔石か、海洋魔石が必要になる。ただ、海洋魔石は入手が困難なため、冒険者や一般に使われるのは深緑魔石となる。
深緑魔石で使用する回復スキルは、万能ではない。どうしても重症な怪我の治療はできない。回復では深緑魔石よりも、海洋魔石の方が効果が高い。
一般生活の中では、初歩的な回復スキルで基本的には間に合っている。骨折などの治癒できない事案になった場合は、自然治癒を待つか、教会に行き治療をしてもらうことになる。
ここで教会が出てくるのは、教会が海洋魔石を豊富に所有しているためだ。教会は、各地に存在しており、独自ルートで海洋魔石を確保、および使用している。その使用は、教会に訪れた者の治療に使われるが普通である。




