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20 うまくはいかないな

 ◇



 僕たちは、小休憩を取った後、行動を開始した。


「うーん、見当たらないね」


 僕たちは最初に、目的を定めた。共通の認識を持って行動するためだ。その目的とは、もちろん無事に帰ること。廃鉱山から無事に脱出すると決めた。

 そのために僕たちはまず、僕と姫が落下した場所へ、いろいろな確認のために向かった。あの戦闘の後、兵士たちがどういう行動をとったのか、上に上がるための道はないのか、そういったことを改めて確認する。

 落下した場所、空洞の底に辿り着いたが、兵士たちの姿は、やはりなかった。戦闘後に退いたのだろう。上を見上げれば、小さな明かりがあるのが見える。おそらく倒されたゴブリンの持っていた松明が、通路に転がっているのだ。

 この空間の壁にも、やはり通路になるものはなかった。上から下へ順に視線を移して見ても、途中で通路が崩れているのがわかるだけで、ここから上に向かう手段は見つからない。


「まあ、うまくはいかないな」


 そう簡単に事が進むとは、始めから思っていない。

 上から縄でも下ろしてくれれば、行けなくもないだろうが、それまで兵士を待つのも危険だ。

 兵士たちと合流できるのが最善だったが、それが出来ないのならば仕方がない。


「ユータは、どの辺から落ちたんだ?」


 アルは、首を倒して上ばかりを見上げている。気楽なものだが、本人はすぐに動けるように剣を抜ける体勢でいた。


「そんなことよりちゃんと探して」


「……右よし、左よし」


 それに対して、ルルミックとキールは、周囲を十分に警戒している。

 これは、スキルの関係があった。コルニス姫とルルミックは《アイサーチ》、キールは《フィールドレーダー》と言うスキルを持っている。それらを使って、周囲の警戒に当たっているのだ。

 この辺りは、クラスなどの関係もある。完全に役割分担だ。


「それじゃあ、次に行きますか」


 これ以上ここにいても、何も収穫はないだろう。むしろ、ゴーレムに見つかる前に移動する必要がある。


「おう、行くぞ!」


「ちょっと、あんまり大声出さないでよ」


 気合を入れるように声を出すアルを、ルルミックが注意している。

 先を歩くアルにルルミックが、急いで並んだ。その後をコルニス姫が続く。最後を僕とキールが並んでいく。

 これは、事前に話し合いで決めた並び順だ。

 スキルで警戒をできるコルニス姫、ルルミック、キールの三人を一カ所に固めないようにそれぞれ並ぶ。そして、魔物を発見した時のためにアルが前を歩き、後ろを僕が守るという形だ。[カンカンテラ]は、アルと僕が持っている。

 基本的に前方に警戒を集中して進んでいる。

 そのため、仮に戦闘があるとしたら、前列であり、アルとルルミック、姫の三人でほぼ片付く。キールには、支援の役目があるが、槍しか持たない僕に出番はない。一番弱いのだから、一番安全な所に押し出されるのは自然だった。仕方がない。

 僕たちは、そうして通路を警戒しながら歩いて行く。

 ある程度進んだ所でルルミックが、小声で注意を促した。


「ゴーレムがいます」


 それを聞いたコルニス姫が、同じく小声で応じる。


「進んでる方向は?」


「私たちと同じ方向です」


 どうやら僕たちは、先を進んでいたゴーレムに追い付いているらしい。自然と静かに、音に気を付けて歩いてしまう。


「それじゃあ、このまま距離を保って、ゆっくり進みましょう」


 コルニス姫が、すぐに方針を決定した。

 その方針に沿って、ゆっくり進む。

 僕は、それとは別に、考えていなかったことに疑問を持った。


「この状況でゴブリンに遭ったらどうする?」


 事前に予想される状況には、対応策を皆で考えていた。そのため、単純な状況ならば、会話をしなくてもすぐさま対応できる。

 だが、ゴーレムの後を追うような状況は、事前に想定していない。考えていなかったことなのだ。

 そこで、最も危険な状況になったらどうするのか。余裕のある今のうちに確認しておきたかった。

 コルニス姫は、前を向いたままで僕の問いに応じた。


「速度重視で対応かな。その辺りは変更なし」


「了解」


 ゴブリンに遭遇した時に怖いのは、仲間を呼ぶあの声だ。あの奇声を防ぐためには、奇声を上げるその前に、こちらが仕掛けるしかない。

 このメンバーで最も速い攻撃は、ルルミックの《サンダー》だ。次点にアルの《フレイムラッシュ》が来る。そう言った意味からも、アルとルルミックが前列を担当している。

 しばらくの間、ゴーレムの後をゆっくりと辿った。


「ゴーレムが、分かれ道で逸れました」


「いまのペースを維持して、予定の道を進みましょう」


 ゴーレムは、僕たちが進む方向とは別の通路へ進んだようだ。

 僕たちが向かっているのは、廃鉱山の出口だが、そこへ向かうためにはいくつかの通路と空洞を通る必要がある。それらを、できる限り戦闘を避けて潜り抜ける予定だ。

 ゴーレムが進んだのとは別の通路を進み、僕たちは空洞へとたどり着いた。

 ここから上にあがって、また別の通路を進む。

 だが、ここをただ進んだのではゴブリンと遭遇した時が大変だ。前回のような乱戦になる可能性が高い。

 そこで、一つ工夫をすることになった。

 僕たちは、空洞から少し離れた通路の中で待機している。


「それじゃあ、キール君、お願いね」


「はい、……《ハイドクローク》」


 スキルを唱えたキールが、目の前から消えていく。闇の中へ解けるように見えなくなる。


「……《ハイドクローク》」


 続けてアルの姿が消えていく。

 キールが唱えているのは、隠蔽効果のあるスキルだ。これで姿を隠して空洞を上がる作戦だ。

 僕もスキルをかけられ、姿が消える。手に持つ[カンカンテラ]の明かりも隠され、通路の中は暗闇で満たされた。

 皆の姿が消えた。ここから行動開始だ。


(さて、行くか)


 一人一人が、この先の通路へ向かって進んでいるはずだ。

 スキル《ハイドクローク》には、利点もあれば、欠点もある。

 まず、姿を隠すこのスキルは、すべての者から見えなくなるため、仲間の位置すらわからなくなる。スキル使用者のキールならば、感覚でわかるが、それ以外の者には何もわからない。たった一人で行動しているのと変わらないのだ。

 そして、もう一つ、音を隠すことはできないという欠点がある。これはスキルの特性上、仕方がない。だが、姿が見えなくても、足音や何かにぶつかったりすれば、近くの者に気づかれてしまうかもしれない。そういったことには十分に気を使わなければならない。

 そういう状態で気をつけるのは、お互いが衝突してしまうことだ。進んでいるうちに気づかずに接近し、衝突してしまう可能性がある。

 そこで、僕たちは考えた。考えて、空洞内のらせん通路のどこを通るのかを事前に決めた。

 姫とルルミックとキールは、警戒に使えるスキルで感覚を鋭くできるため、らせん通路の内側を通る。僕とアルは、壁伝いに進むために外側を通る。

 内側は、一歩間違えば足場のない空中へ向かってしまうため、僕とアルは通れない。消去法で外側に決まった。そして、内側を比較的安全に進める三人が通ることになった。

 その事前に決めた通りに進むため、僕は通路から空洞へ足を向けた。

 次に向かう通路は、少し上にある。高さ的にはそこまででもないが、らせん通路を使えばどうしても距離が必要になる。

 アルたち子供組は、入る時に一度通った道だから心配はない。心配があるのは、初めての僕と姫だ。この微妙な距離をしっかりと把握できているか、それでこの空洞での行動が速やかに進むかが決まる。

 僕は、ともかく、ゆっくりと確実に進むことを考えた。


(見つからないのが第一だよな)


 僕の足取りは、いつもよりも遅い。壁に手をつきながら、確実に坂を上がっていく。足下が暗くて見ることができないから、確認のためにかなり慎重になっている。足を細かく動かし、踏み所を確認して進む。

 そんなことをずっと続けていると、不意に上空から光が漏れた。

 光が漏れた方に目を向けると、そこには松明の光があった。ゴブリンである。

 僕は、足を止めて、その様子を確認した。

 松明を持つゴブリンは、通路から出て来たところだ。その通路から体を出し、周囲を確認してから、らせん通路へ移っている。

 さらにその後には、何かを運ぶゴブリンたちが出て来た。


(あれが、聞いていたやつだな)


 ゴブリン四体がかりで何かを運んでいた。運んでいる物体は、全体を布でくるんでいるため、平べったい形状しかわからない。

 最後は、松明を持ったゴブリンが、もう一体出て来た。

 計六体のゴブリンが、らせん通路へ現れた。


(まずいか)


 ゴブリンたちが現れたのは、僕たちが向かう通路の一つ上からだった。そして、下に向かって坂を下っている。

 このまま進み続けると、確実にぶつかってしまう。

 ゴブリンの通る場所にもよるが、うまくかわさないといけない。姿は見えていないだろうが、すれ違う時に少しでも触れてしまえば、気づかれてしまう。

 僕は、壁に背中を押しつけ、息を殺してゴブリン達の様子を窺った。

 ゴブリンたちは、慣れた足取りでらせん通路を下りてくる。

 そして、僕のいる場所まで来る前に、らせん通路から逸れて壁に空いた通路の中へ入っていく。


(取り越し苦労で済んだ)


 ゴブリンたちは、僕たちの目的地としている通路の中へ消えて行った。

 そのため、ゴブリンの持つ松明で改めて目的地を確認できた。


(こんなことは、そう何度も体験したくないな)


 僕は、動かす足の速度を少し上げた。

 後で思うに、これがいけなかったのだと思う。

 壁に手をつきながら、先ほどよりは軽快にらせん通路を上がっていく。

 そして、最初に思っていたよりも早く、次の通路へ辿り着いた。

 僕がキールにスキルをかけてもらったのは、遅いほうだった。その前に他の皆は、先にらせん通路を上がっていただろう。もうすでに到着している可能性が高い。

 僕は、通路へ向かって大きく足を踏み入れた。

 その時だった。

 僕の持つ槍が、何かに引っ掛かった。


「きゃ!」


 同時に小さな悲鳴が聞こえた。

 だが、それに気を回している余裕はない。僕は、転ばないように体勢を整えることに気を回していた。

 体のパランスを取るために足に力を込める。


(あれ?)


 ところが、力を込めた以上の効果が表れた。

 それは、僕の体の内側からではなく、外側からの影響だった。何かに押されている。そのせいで、バランスがさらに崩れてしまった。

 僕は、抵抗もむなしく、地面に転がってしまった。その拍子に[カンカンテラ]が手から落ちた。

 地面に転がった僕だが、その身に痛みはない。むしろ、何か柔らかいものに乗っかっている。

 この時の僕は、冷静さが足りなかったと思う。


(何だろ?)


 僕は、自分と地面の間にあるものに手を這わせ、不思議な現象を確かめようとした。柔らかく、すべすべするものの上に手を滑らせていく。


「んっんん」


 耳に届いた苦悶の声を怪訝に思い、顔を上げた。

 視界には、宙に浮かぶ[カンカンテラ]がある。


「……スキル、解きます」


 キールの合図で、僕たちの姿が再び現れた。[カンカンテラ]の明かりが、その姿を浮かび上がらせる。

 アル、ルルミック、キールの三人は、並んで通路の中にいた。皆無事に到着できたようだ。その視線は、倒れる僕を見下ろしている。

 視線を[カンカンテラ]の方から動かして、自分の前を見る。

 そこには、瞳いっぱいに涙を貯めたコルニス姫がいた。

 どうやら僕は、倒れた拍子に姫の上に覆いかぶさっていたらしい。そして、手に握られた槍が偶然にも姫の体を抑え込み、空いたもう一方の手は、姫のスカートの中につっこまれていた。僕が確認していた場所は、本来は見えない場所を探っていたようだ。むしろ、まさぐっていたのかな?

 それを認識した時、僕の体は慌てて腕を動かしていた。姫から遠ざかるように両手を広げる。


「いや、あ、あの、これは、その」


 言葉がうまく出てこない。全く予想していなかった事態だ。

 僕のその様子を子供たちが、覚めた目で見下ろしている。

 そして、目の前のコルニス姫は、拘束が解かれたことで腕を大きく振り上げた。


「ばかああああああー!」


 腹の底からの精一杯の罵倒の声と共に、思い切り僕の顔へ平手を打ち付けた。

 通路だけでなく、空洞の中にも乾いた音が響き渡った。



 ◇



 走っていた。

 僕たちは、狭い通路の中を走っていた。

 もう作戦なんて関係なかった。


「キャ!」


 走る僕たちの後をゴブリンが追いかけて来ている。

 事故によって生じたコルニス姫の叫び声が、廃鉱山にいたゴブリンたちをおびき寄せてしまった。あれだけ叫べば、誰でも異変に気づくだろう。


「ギャ!」


 後ろだけでなく、前からもゴブリンが現れた。通路の中を何体も連なっている。廃鉱山内のすべてのゴブリンが集まって来ているのではないかと錯覚してしまう状況だ。


「はあっ!」


 僕は槍を振って、前にいるゴブリンを切りつける。一体は、それで粉々になった。


「《シャドウエッジ》!」


 僕の隣にいるアルが、次に並んでいたゴブリンに先制で攻撃を加えている。


「《ファイア》!」


「《サンダー》!」


 後方では、コルニス姫とルルミックが、ゴブリンを撃退していた。

 いまの並びは、最初に想定していた形ではない。僕とアルが前に立ち、後ろに姫とルルミックがいる。キールは、中間で周囲を警戒していた。


「……《アイスウェポン》」


 間に挟まれているキールは、援護のためにスキルを唱える。僕の持つ槍に氷の刃が追加された。

 僕は、すぐさま氷の槍を振った。


「はあっ! 前方確保!」


 ゴブリンを倒したことで通路が開け、それをすぐに知らせて、また走る。

 後方も退けることが出来たようで、僕たちに少しだけ余裕が出来た。


「ユータのばか! ばか! ばか!」


「ばかはコルニスだ!」


 僕たちは、何度目かわからない罵倒合戦をしている。前列と後列で離れて行動しているため、言葉は自然と大声となっていた。


「言い合ってないで集中してください!」


「いちゃつくなら後にしろ!」


 後ろからルルミックが、前からアルが、僕たちを注意する声が飛ぶ。


「いちゃついてない!」

「いちゃついてない!」


 そんな間にも僕たちの周囲には、ゴブリンたちが集まって来る。


「つ、次を曲がってください!」


 キールの指示に従って、僕たちは進む先を決めていた。スキルで周囲を把握できるキールは、僕たちの戦いやすい道を探していた。いまは、この状況を抜け出すのを何よりも優先している。

 僕たちは、迷宮を進むかのように、先の見えない中を走り抜けていた。



 ◇



 読んで頂き有難うございます。

 今回の解説コーナーは、ゴーレムです。


 『魔物「ゴーレム」』

 魔物として「ゴーレム」は、存在している。だが、その生まれ方は生物としては特殊で、他の生物によって作成される。生物よりは、ロボットに近い。

 その材料は、核となる素材さえあれば、何でも利用可能である。基本は、石材や鉄材を使われ、比較的硬く作られる。そのため、核さえ無事であれば「ゴーレム」は、動き続ける。

 作成は、使用目的に沿って行なわれ、その用途以外での使用は困難である。最初に作られた役割を最後まで全うする。他の役割を与える場合は、核を回収して作り直すのが普通だ。

 その姿形は、多様にあり、目撃例は最も多彩な魔物である。

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