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19 思ってない、思ってない

 ◇



 僕たちは、狭い通路を警戒しながら少しずつ進んだ。

 僕は、左手に[カンカンテラ]、右手に槍と、両手がふさがっている状態で進む。

 コルニス姫は、僕とは逆に何も持っていない。スキルで視力を強化して、通路の先を警戒しながら進んでいる。

 周囲の警戒は、ほとんど姫の役割だった。進むか止まるかを、すべて姫の判断で決めている。

 通路は、ほどなくして行き止まりに辿り着いた。行き止まりは、小部屋になっているようだ。この辺りは、地図の通りで間違いはない。

 距離的にはたいしたことがないと思うが、注意をしながら進むと思った以上に時間がかかった。

 一度、通路の途中で止まって、コルニス姫が小部屋の様子を探る。

 その後ろで僕は、[カンカンテラ]の明かりを最低限まで弱くする。

 通路の端からコルニス姫が、少しだけ顔を出した。通路からでは小部屋の全体が把握できない。

 コルニス姫は、小さく体を傾けて中を確認しているらしい。視界の悪い中では、そのくらいの様子しかわからない。


「……どう?」


 僕は、たまらず声をかけてしまった。

 コルニス姫は、それに答えず、素早く傾けていた体を戻した。


「……ちょっと待って」


 怒られた。おとなしく待機することにする。

 再び、コルニス姫が、小部屋の様子の確認を始める。

 僕は、それをじっと待った。今度は声をかけない。あまり怒らせたくないし、危険があるかもしれない。


「……大丈夫」


 コルニス姫が、部屋の中を見ながら言った。


「大当たりみたいだから」


 そして、通路を出た。何の警戒もせず、小部屋の中へさっそうと足を踏み入れた。


「え?」


 あまりにも自然なその姿に、僕は何を言われたのか、とっさに判断できなかった。姫に置いていかれて、一人で立ち尽くしてしまった。

 いや、こんな場所で動きを止めるわけにはいかず、すぐに姫の後を追ったが。

 小部屋の中に入ると、通路にいた時の圧迫感が消えた。[カンカンテラ]の明かりを強くする。

 小部屋ではあるが、狭いとは感じない。広いとは言えないから、やはり小部屋なのだが、何もないから広さは充分に思える。

 すぐに姫の向かった方へ視線を向けて、僕はまた足を止めた。


(大当たりって、そういう意味ね)


 視線を向けた先には、姫と三人の子供たちがいた。姫を中心にして互いに抱き合い、無事を確かめあっていた。

 僕は、それを離れたところで見守った。


(ああいうのは、出遅れると入りづらいし)


 ひとしきり無事を確認したところで、僕も子供たちに近づいた。


「よっ!」


 槍を持つ手を少し上げて、できるだけ明るく声をかけた。

 それを見た三人の様子は、一様に驚きを示していた。


「ユータ!」


「ほんとに?」


「……え?」


「そんなに驚くことなのか?」


 三人の反応に、僕は少し動揺してしまった。示し合わせたように、似通った表情で僕を見上げていたから。


「だって、ユータ弱いし」


 アルが、当然だとでもいうかの如く口火を切った。


「あまり、危ないことをしたらダメですよ」


 ルルミックが、心配そうに見上げて、だが、しっかりとした口調で叱る。


「……怪我してないですか? 直しますよ」


 キールは、本当に僕の身を心配しているようだった。


「お、おう」


 これには、さすがに動揺の色を濃くした。落胆したと言ってもいい。助けに来たはずなのに、こんなに心配されるとは思わなかった。


「あははは……」


 そばで聞いていた姫も、乾いた笑いを漏らしている。何もフォローはできないらしい。

 そこは、気にしない。僕がその立場であったとしたら、同じようにフォローできないと思う。【無策の連敗者】は、伊達ではないのだ。

 僕は、無理やり気分を切り替えた。


「まあいいや。とりあえず、状況確認だ」


 僕がそう言うと、姫も含めて四人の表情が引き締められた。


「こっちは、ほぼ最悪に近い状況だけど、アルたちはどんな状況?」


 僕は、努めて明るく、何でもないことのようにして言った。

 それでも、内容は衝撃的なものだ。いくら取り繕おうと明るい要素は出ない。


「ユータ! そんな言い方は!」


 コルニス姫が、慌てて僕を咎める。

 一気に子供たちの表情が、困惑に染まった。


「さ、最悪って?」


 聞いてしまえば、気になってしまうのだろう。尋ねる内容も、最も悪い単語を抜き出している。

 僕も、こんな中途半端な説明で終わらせるつもりはない。できる限り、客観的に状況を伝えられるように、言葉を考える。


「うん、まずは、一緒に来た兵士の人たちとはぐれただろ。で、その兵士の人たちとは、戦闘中にはぐれたからあっちの状況が予想できない。外で待機してる人たちとの連絡手段がないし、こっちの物資はコルニス姫が持っているので全部。後は、僕の魔工品が半分故障してる。そんな感じかな?」


 僕は、最後に姫に確認を求めた。

 コルニス姫は、仕方ないといった様子で頷いた。

 それを確認して、僕は子供たちに聞いた。


「で、アルたちの状況は? 水とか食料は、どのぐらい残ってる?」


「まだ、大分残ってます」


 質問にルルミックが、答えてくれた。物資の管理は、ルルミックが担当しているのだろう。


「大きな怪我はないね?」


「大丈夫です」


「戦闘はできる?」


「はい」


「僕たち以外に、他に冒険者か、誰かに会った?」


「会ってないですけど、他にも誰かいるんですか?」


「いや、ただの確認」


 行方不明の話は、アルたち以外に聞いていないが、可能性がないとは言えない。

 情報が集まっていないから予想でしかないが、ほとんどの初級冒険者は、廃鉱山の周辺を調べて帰っているのかもしれない。そうであるならば、周辺調査をしている部隊で何か出てくるはずだ。


(いまは、そこを考える必要はないな)


「なあ、ユータ……」


 少しの思考の間に、アルが瞳を左右にさまよわせて、僕に声をかけた。

 僕は、それに視線を向けるだけで受ける。


「ん?」


「俺たち、帰れるのか?」


 アルにとってその質問は、かなりの決意がこもっているものだった。決定的なことを聞くことに、恐れを抱いていたのだろう。

 アルの性格は、かなり強気だと思う。年上の者にも物怖じせずに対応するし、周囲の仲間を引っ張ることもできる。

 そんなアルが、精神的にかなりまいっている。

 ここに閉じ込められた影響が、精神を疲弊させてしまっているのだろう。

 質問をしたアルだけでなく、キールやルルミックも疲弊しているのは同じだ。これ以上抱え込みたくなくて、聞かなかったのかもしれない。

 アルの問いに答えたのは、僕ではなく姫だった。


「大丈夫だよ。そのために私たちが来たんだから」


 コルニス姫は、励ますように笑顔を振りまいている。


「外にお城の兵士たちだってたくさん来ているんだから、すぐに助けも来るよ」


「……はい」


 笑顔で話す姫の言葉に嘘はない。

 だが、それが確実だとは保証できない。僕たちがいれば帰れるのか。兵士たちがいるから大丈夫なのか。本当にすぐに助けは来るのか。

 嘘ではないが、本当でもない。偽りではないが、確かでもない。

 ただ、子供たちが、気持ちを強く持つための言葉だ。それが、帰るための原動力になるならば、必要だと思う。


(そういう気休めも、必要ではあるけど)


 気持ちだけでどうにかなるなら、世の中に難しいことは存在しない。


「アルは、本気で帰りたいと思っているのか?」


 僕は、ちょっと試す意味も込めてアルに問うた。

 アルは、それを聞いて、少し表情に苛立ちを見せた。


「思ってるよ!」


「だったら、どうすれば帰れるか考えろ。帰れるのか、なんてことで悩まないで、帰る方法で悩め。帰るために何をするか考えろ。何が必要か考えろ」


「それは、そうだけど」


「アルは、もう冒険者なんだ。一端の冒険者だったら、それくらいできるだろ?」


「……わかった。やってやるよ。必ず無事に帰ってやる」


 そう言葉にしたアルの様子が、変化していた。

 不安や恐怖を取り除いてやれたわけじゃない。それでも、それらを正面から迎え撃てるくらいには気持ちが高ぶりを見せていた。


「おう。どうせなら、僕の分まで考えてくれると助かる」


「いいけど、楽をしようなんて思ってるなら、許さないからな!」


「思ってない、思ってない」


 実際に、楽をして何とかできる状況だとは思っていない。まだまだ、情報が足りない。子供たちに確認したいことは、まだいくつもある。


「それで、ここは安全なのか?」


 僕は、ルルミックへの質問を再開させた。


「安全みたいです。誰もここには来ないです」


「誰も?」


「はい。ゴブリンもゴーレムも、ここには来ません」


「何かあるのかな?」


 ここに来るまでにやり過ごしたゴーレムたち。あのゴーレムたちは、決まった道を巡回しているのだろうか。そうならば、見つからない限り、ここには来ない。

 ゴブリンならば探しに来るかもしれないが、現実には三人を探しに来ていない。


「ルルミックたちは、ゴブリンに見られてないのか?」


「どうでしょう? 何回か戦闘はしてるので、見られてるとは思いますけど、はっきりしたことは言えません」


「ふむ」


 ゴブリンは、アルたちを排除しようとしていない。廃鉱山を縄張りとしているわけじゃないのか。


「……あの、いいですか?」


 遠慮がちに口をはさんだのは、キールだ。


「はい、キール君どうぞ」


 基本的に大人しくしているキールが、意見を言うのだ。僕は、それなりに聞く姿勢を見せた。


「あの、一度、集団のゴブリンとぶつかったことがあったんですけど、そのゴブリンたちは、何かを運んでいるみたいでした」


「何かって?」


「何かの部品だと思います。かなり大きいみたいで、四体がかりで運んでました」


「あー、あの時の!」


 キールが説明をすると、アルが思い出したように補足をつける。


「あれは、確かに何か運んでる最中だった。近づく気はなかったんだけど、かなり盛大に襲ってきたし。すぐに逃げたからいまいちわからないけど」


(ゴブリン達は、何かをしている?)


 それが、アルたちを探すのよりも優先することだから、アルたちは無事でいられたのか。

 それを考えるには、いま一つ情報が足りない。

 僕は、アルたちへの質問を一時中断して、質問を姫に向けた。


「ゴブリンって、何か企んだりする魔物なの?」


「道具を使ったり、集団で行動したりするから、知能はある魔物だよ。作戦とかも考えられると思う。どのくらいのことを考えられるかは、わからないけどね」


「なるほど」


 そうなると、何かあるのは確実と考えて良い。

 それがゴブリンたちの目的なのかはわからないが、それを邪魔しなければ襲われることは少ないはずだ。

 もっとも、それが達成されれば、ここが安全とは言えなくなる。残り時間が多いのか、少ないのか。どちらにしても長居をするのは避けたい。


「アルたちの探し物は、見つかったのか?」


 今度は、アルたちの目的について聞いてみた。これがあるのとないのでは、気持ち的にも違ってくるはずだ。

 聞かれたアルが、少し表情を曇らせた。


「それが、……なかった。なくなってたんだ」


「誰かが、持って行ったみたいなんです」


「もともと、残っているかもわからなかったんだ。一応、来てみたかっただけだから、なかった物は、仕方ない」


 アルの中では、一つの区切りとして区切りがついているようだ。


「そっか、残念だったね」


 コルニス姫が、アルの頭を優しく撫でている。

 もう少し聞いてみたい気もしたが、アル自身が決着をつけたことを蒸し返す必要はない。僕は、この辺りで切り上げることにした。


「とりあえず、僕の聞きたいことはこのくらいだな」


 ここからは立場を逆転させる。


「みんなが聞きたいことはある?」


 そう切り出すと、すぐに質問が飛んできた。


「何でユータがいるの?」


「ここまでどうだった?」


「姫様は――」


「何で――」


「えっと――」


 好奇心の塊が三人もいれば、出てくる質問は相乗効果で増加する。

 しばらくの間、僕たちは、質疑応答で時間を費やした。



 ◇



 読んで頂き有難うございます。

 連日投稿は、本日でラストです。以後は、以前ペースで投稿したいのですが、小説のデータが飛んでしまったのでその復元に時間を費やします。その関係で投稿が遅れますが、ご容赦ください。

 今回の解説コーナーは、魔石の回復についてです。


 『魔石の回復』

 魔石の回復は、それ自体は頻繁に行なわれるわけではない。だが、魔石は戦闘だけでなく、普段の生活の中にもありふれている。そのため、潜在的な必要数は多い。

 冒険者であれば、自力で回復を行なうが、それ以外の者は冒険者ギルドに依頼を出す形で行なう。

 実際の回復は、魔石を放置するだけだが、魔石単体で放置されるわけではない。回復させる魔石を専用の木箱に収めて、放置する。木箱には鍵がかけられ、盗難を防ぐための魔工品が取り付けられている。

 何らかの理由で回収されない魔石が出ることもあるが、そういった物は三年以上の観察を持って、回復場所の管理者が回収する。王国管理場所は、五年の期間を取っている。

 それ以外で魔石がなくなる時は、盗難である可能性が高い。

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