18 子供に近いからじゃないのかな?
◇
突風のような音が過ぎ去ったあと、聞いたことのないような轟音が、背後から聞こえた。
「ぐわっ、くっ」
僕は、背中を強く打って、思わずうめき声を上げてしまった。痛みをこらえて、体をこわばらせる。
「……大丈夫?」
僕のごく近くから声が聞こえた。
体の痛みが引いた後、耳を澄まして感覚を研ぎ澄ますと、温かさを感じた。仰向けに倒れている僕の上に別の体温を感じている。
「……たぶん、大丈夫」
僕は、視界がはっきりしない中で声に答えた。
僕の視界には、暗闇しかなかった。落ちた場所は真っ暗で、何も見えない。
おそらく僕の上に姫がいるのだろうと思う。
「ステータスで確認して」
コルニス姫は、小さな声で、心配そうな声音で僕に告げた。
「ああ、その手があるのか」
ステータスを使えば、客観的に自分の状態を確認できる。この世界では常識であるその感覚に、僕はまだ慣れていなかった。
僕は、ズボンから[ステータスピクチャー]を取り出して念じた。[ステータスピクチャー]の画面は、暗闇の中でもはっきりと読み取ることが出来た。
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名前 芳川勇太
性別 男
年齢 15歳
種族 人族 人間種
職業 学生
状態 健康
カラー ブラック
クラス アタッカー
空き
パラメータ レベル 17
HP 23/121
MP 22/63
SP 72/72
心 ■■■
技 ■■■■■
体 ■■■■■
知 ■■
感 ■■■■
徳 ■■■■■■■
スキル 空き
空き
空き
称号 異世界の住人
疾走する変態
自爆芸人
無策の連敗者
王国の実験台
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ステータスを確認して、改めて姫に告げた。
「大丈夫。状態は健康だよ」
背中に痛みがあるが、それは打撲で片づけられる。骨折のような怪我はしていない。HPがかなり減っているが、それは落ちた時の衝撃によるものだろう。
「そう、良かった」
僕の胸にこつんと何かが乗せられた。何が乗っているのか、僕からは暗くて何も見えない。
見えない環境というのは、かなり不安だ。普段は、視覚で周囲のほとんどを把握しているのだから当然でもある。
暗闇の中では、視覚以外の他の感覚で補うしかない。いまの僕は、主に聴覚と触覚にその大部分を割かれていた。
だから、この状況は、いろいろと困る。
「はぁ」
姫の息遣いが、意識していなくても聞きとれる。
姫の重さが、僕の体を緊張させる。
僕の体の上には、姫の体がある。防具も身に着けているから硬い物が乗っている感覚もあるのだが、それ以外の感覚も当然ある。上の方は主に堅いが、下の方はそうではない。硬さと柔らかさの差が、逆にそれを際立たせている。どんな状態で絡み合っているのか、視界のない中で想像だけが先行する。
「あの、いつまでこうしてれば、いいかな?」
僕は、困った状況に説明を求めた。
「えっ?」
コルニス姫が、戸惑った声を上げた。
数瞬の間が、僕たちの間に流れた。
「ご、ごめんなさい!」
素早く謝ったコルニス姫。そして、すぐさま僕の上から重さが消えた。ついでに、困った感覚も消えていく。
「あー、うん、別に、大丈夫」
僕は、体を起して落ち着くために一息ついた。
(何が大丈夫だよ!)
自分のセリフに、自分で突っ込みを入れてしまった。
すぐに頭を切り替えて、いまの状態を認識する。とは言え、僕の視界は真っ暗で何も見えない。
「明かりはないの?」
「あっ、ちょっと待って。《ボックス収納》」
コルニス姫が、何やら腕を動かしている気配がする。その気配が収まると、視界に光が飛び込んできた。
僕は、突然の光に目をひそめた。
「これで大丈夫だよね」
コルニス姫の手には、[カンカンテラ]があった。
僕は、明かりに照らされた周囲を、すぐに確認する。
「……」
そばに兵士が倒れていた。僕たちよりも先に落ちた兵士だろう。首に矢が刺さっている。
僕は、兵士の首筋に触れて状態を確認した。
「……だめ、だね」
「そう……」
矢が刺さった時か、落ちた時か、死因はわからないが、すでに息をしていなかった。
僕は立ち上がって、さらに周囲を確認する。
ここは、空洞の底でいいのだろう。上へ向かうための通路があると思ったが、崩れているのか、通路になるものは見当たらない。ここから上へ向かう方法はなさそうだ。
床には他に、見覚えのある管が落ちていた。それは、魔工品の本体から伸びていた管だ。片方の管が落下の衝撃で折れてしまったらしい。
背負っている魔工品に、どれほどの損傷があるかはわからない。調べたいところだが、ここが安全ではない以上、そういった手間はかけられない。
上に視線を向けると、小さな明かりが集まっているのが見えた。剣戟の音も小さく響いているから、まだ戦闘が続いているのだろう。
(戦闘が終わるのを待つべきか)
どうするべきか相談しようと、亡くなった兵士のそばで祈りを捧げていた姫に声をかけようとして、僕は不意に異音を聞き取った。
(何の音だ?)
異音に注意を向けると、それは、壁に空いた通路から響いているようだ。
暗闇の中から、断続的に響いて来る。
「何だ?」
僕だけでなく姫も異音に気付いたようで、立ち上がって通路の先に視線を向けた。
まだ何の音か判断できない僕の隣で、姫が僕の腕を引いた。
「ゴーレムだと思う。ここにいると戦闘になるから、奥へ行こう」
「知ってるの?」
僕は、速足で歩く姫に腕を引かれながら尋ねた。
「知ってるって言うか、この距離でもスキルを使えば見えるから」
どうやら姫には、この暗闇の中でもはっきりと見えているらしい。ならば、どんな状況なのか情報が欲しくなる。
「どんな感じ?」
「ゴーレムは、人造生物だね。分類は魔物だけど、コア部分以外は石とか金属でできてる。いま迫って来てるのは、小さいかな。私たちの腰ぐらいの大きさだから」
「手強いの?」
「そうでもないと思うけど、数が多いから戦闘は避けたい。君だってちゃんと戦えるかわからないし」
コルニス姫は、すぐ近くの通路の奥を一瞥して、どんどん奥へと進んでいく。
確かにいまは戦闘を避けたい。魔工品の状況によっては、姫一人で複数のゴーレムを相手にしなければならないのだ。
そうは言っても、奥へ進むのも賭けになる。
廃鉱山の序盤で多数のゴブリンに襲撃を受けた。これから奥に進めば、さらに魔物に遭遇する可能性がある。
「いまは、どこかでやり過ごそう」
コルニス姫は、後ろの様子を気にしながら通路を進んだ。
僕は、頷いて姫の言葉におとなしく従った。
◇
僕と姫は、狭い通路で息をひそめていた。
「……」
コルニス姫は、ジッと通路の先を見つめている。
僕は、その姫の背後で[カンカンテラ]の明かりをできる限り弱く調整し、体で隠すように覆い持って待機している。
コルニス姫の見つめる先は、通路の分岐点だ。ここの通路の先には、先ほどまで僕たちのいた別の通路がある。
その通路は、現在、ゴーレムたちが歩行していた。
「……」
僕には見えない暗闇の先をコルニス姫が、緊迫した様子で見つめている。
僕は僕で、反対側の様子を監視する役目があるが、特に気になる変化は見えない。
「……行ったわ」
コルニス姫は、ゴーレムたちが過ぎ去ったことを確認して、肩の力を抜いた。ゴーレムたちは、分岐点を別の方へ進んだようだ。
「とりあえず、一安心かな」
「そうだね」
僕は、現在の状況を確認するため、背負っていた魔工品を下ろした。持っていた[カンカンテラ]は、通路の中央近くに置いて身軽になる。
まずは、魔工品の状態確認からだ。
魔工品をひっくり返しながら、[カンカンテラ]の明かりに照らして見る。
隣には、コルニス姫が座り込んでいた。
コルニス姫は、簡単に口にできる保存食を取り出している。その包みを開けて、僕に一切れ分けてくれた。
「はい」
「ありがと」
僕は、差し出されたそれを口にくわえて、魔工品の確認を続けた。
(ふむ、干し肉みたいなものかな)
何度も咀嚼して味わいながら口を動かす。その間も、魔工品を確認する手の方も止めずに動かす。
魔工品は、片側がつぶれていた。一目でわかる変形具合だった。左側の管が取れてしまっている。
反対の右側の管は、外れてはいないが、曲がっている部分がある。
本体は、よほど頑丈に作られていたのだろう、僕が見た限りでは問題がないように見えた。
別パーツになっている槍にも、特に問題は見られない。
この状態で問題がなさそうなのは、槍くらいだ。
遠距離の瘴気の濃度を変化させるのは、無理だと考えておいた方が良い。どんな不具合が起こるか判断できない。無理をして本体に影響が出たら、槍まで使えなくなるかもしれない。
僕は、隣で干し肉を咀嚼しているコルニス姫の様子を見た。少し緊張した表情をしているが、意気消沈しているような様子はない。
「もう一切れもらうよ」
「どうぞ」
僕は、姫の了承を得て、干し肉に手を伸ばした。
状況の確認はできた。最悪ではないが、最善には程遠い。どちらかと言えば、ピンチと言える。
これからのことを考えないといけない。まずは、姫の考えを確認する必要があるだろう。
僕は、姫の方へ顔を向けて尋ねた。
「それで、これからどうするの?」
「うーん、みんなと合流するのがいいとは思うんだけど、状況がわからないから」
廃鉱山に共に入った兵士たちは、ゴブリンたちと戦闘をしていた。そこまでは確認しているが、それからどうなったのかは判断できない。先に進んでいるのか、退いて戻っているのか。または、戦闘を続けているのか。
「ともかく、ユータのことは私が守るから」
コルニス姫は、僕の顔を正面から見つめて宣言する。
少し、重く考え過ぎているように感じるが、いまの状況ではそれくらいの方がいいのかもしれない。下手に気力を無くしてしまうのよりは良いと思う。
姫の考えを確認したところで、僕から一つ提案してみる。
「アルたちを捜しに行かないの?」
「それはそうしたいけど、見つけても安全を確保できなきゃ。アルたちだって、体を動かせるとは限らないんだし、人手が必要かもしれない」
コルニス姫は、冷静に考えている。今後のことが、ちゃんと見えているようだ。
だが、僕が提案したいことは少し違う。
「アルたちの目的地だけでも確認しておかない?」
「目的地? 知ってるの?」
「ちょっと待って……」
僕は、[ステータスピクチャー]を取り出して、記憶させた情報を探し始める。
その様子をコルニス姫は、不思議そうに見つめていた。
「孤児院でアルたちのことを聞いて来たって、話したよね」
「うん」
「それで、大体の場所はわかってるんだ。それをこの鉱山の地図と照らし合わせて、大体の当たりをつけてある」
「えっ、そんなこと、いつの間に」
「昨日の夜に」
昨日の夜、僕が呼び出された会議室のような様相のテントの中には、地図が置かれていた。その中には、廃鉱山の地図もあった。これから向かう場所の情報だ。地図くらいは準備するだろう。
テントの中が、僕だけになった時に、その地図をこっそり写させてもらったのだ。
「それで該当しそうな場所が、三ヵ所ほどあるんだけど、そのうちの一つが、たぶん、この先」
そう言って僕は、まだ進んでいない狭い通路の先を示した。
通路の先を示しつつ、同時に探していた廃鉱山の地図を見つけ出す。
いままで通ってきた道のりを思い描き、[ステータスピクチャー]の地図と照らし合わせて確認する。
空洞を落下したのが、かなりのショートカットになっていた。該当する三か所の中で、この先が一番奥の場所だった。
とは言え、それは僕たちが使った出入り口の話であり、それ以外の出入り口だと最奥というわけでもない。
アルたちがここに来る可能性は、他の該当場所と同程度の確率で存在する。
「どうする? 行ってみる?」
僕の問いにコルニス姫は、茫然としたように口を開けていた。そして、思わずといった様子で呟いた。
「どうして――」
「ん?」
「どうして、そんなことができるの?」
コルニス姫は、意を決したように僕に尋ねた。
僕は、その姫の考えが理解できず、眉をひそめてしまった。なぜ、そんなことを尋ねるのか。
だが、問い自体は単純で答えられないわけではない。
僕は、素直に思ったことを答えた。
「僕の考えが、子供に近いからじゃないのかな?」
そう答えた僕を、姫はじっと見つめている。
続きを待っていると思った僕は、少し説明するように話を続けた。
「僕は、元の世界では親がいなくて、孤児院みたいな所にいたんだ」
僕が、この世界の孤児院に興味を持ったのは、それが始まりだ。僕の中のどこかに、引っ掛かったからだ。
「全部が同じってわけじゃないけど、似通ってはいるかな。だから、孤児院の子供たちのことは、少しはわかる。どんな風に思うのか、どんな風に考えるのか、どんな風に行動したいのか。正確に全部がわかるなんて言うつもりはないけど。みんなが同じってわけじゃないからね」
僕の考えが、アルたちの考えになるわけじゃない。どんなに考えて、どんなに知ったところで、相手の考えがわかるわけがない。本当に同じだけの経験をして来たとしても、同じ想いを抱くとは限らない。
「それでも、理解の一辺に触れることが、ごく稀にあると思う」
ただの思い過ごしかもしれない。
ただの押しつけかもしれない。
ただの勘違いかもしれない。
そうも思うけれど、同時にそうではないかもしれないとも思う。実際のところなんて、本人に聞かなければわからない。
それでも思うことはある。こう思っているのではないかと。
「それが、今回はうまく触れられたから、だと思うよ」
「……そうなんだ」
コルニス姫は、目を伏せてしまった。僕の返答をどう思ったのか、それを表情から読み取るのは難しかった。
僕は、話を切り上げて、再度、同じように聞いた。
「それで、どうする? 行ってみる?」
コルニス姫は、それを聞いて顔を上げた。
「うん、行ってみる」
そこには、少し微笑んでいるような表情があった。
◇
読んで頂き有難うございます。
今回の解説コーナーは、《ボックス収納》です。
『スキル《ボックス収納》』
スキルとしては、かなり優秀な部類に入る。習得には教えを請う必要があるが、条件はそれだけしかない。
《ボックス収納》で収納できる物は、生物以外であれば何でも収納できる。スキル使用者のレベルによって、収納できる大きさや種類、数量に限界があるが、レベル20で大きさ20㎥、20種類、20個の物品を収納可能だ。レベルが上がれば、それだけ収納可能幅は増えていく。
このスキルがあれば、運搬で困ることはほぼない。そのため、商人や冒険者の必須スキルと言われ、持っていない者は大金を払ってでも習得しようとする。
《ボックス収納》で収納した物品は、この世界から消えてしまう。一時的に別の空間に保存される形だ。そのため、使用者がスキルを使えない状態になると、一生この世界からは消えてしまう。